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84 『契約』

25日に3巻が発売となります。今回もひづきみや先生の素敵なイラストがいっぱいですので、是非ともよろしくお願いします。

 ローティアが店に訪れてから約五時間。


 錬金術を見せたり、逆に見たり、魔法陣について多少教えたりしていると、それだけの時間が経過していた。明るかった外もいつの間にかすっかりと暗くなり、時刻はすでに夕飯時だ。


 夕食はいつものようにレイスが作った。ポテトサラダや豚肉の塩炒め、デザートにはアイスもある。


 ちなみに、ルリメスは別として、ローティアは料理を手伝おうとしてくれた。しかし、レイスは手際を見た瞬間に全力で止めた。料理に向かない人間というのは一定層存在するのだ。


 自分の手を切られても困るだけである。


「おお、可愛いー!」

「ちょっ、そんなに頬を押しつけないでくれるかな……!」


 食卓についたあと、そんなやり取りがレイスの目の前で繰り広げられていた。


 果てしなく鬱陶しそうにしているミミへ目を輝かせて容赦なく頬ずりをしているのはルリメス。彼女はミミの姿を見た瞬間、ずっとあの調子だ。ミミは自分が精霊であることを何度も伝えて離れようとしているのだが、そう上手くいかないのが現実であった。


 レイスとしてはある程度予想できた光景なので大した反応はない。むしろ、常に偉そうなミミが困っているところを見るのを楽しんでいる節がある。


 ローティアに関しては、そもそも食事に夢中でミミやルリメスのことなど視界にすら入っていない。というか、意識すらしていないだろう。完全に自分の世界に入り込んでいた。手と口を動かす速度が尋常ではない。


「そろそろやめてくれないかなっ……!」


 そう言って、ミミはスポンとルリメスの腕から抜け出した。残念そうなルリメスの表情を無視して、定位置であるローティアの頭の上へと戻る。


「そういえば、ミミはなんか食べないのか。用意できそうなら頑張るけど」

「僕は精霊だから軟弱な人間と違って食事は必要としないのさ」


 ミミは呆れたようにため息をつく。事実、精霊は食事を必要とせず、魔力のみを糧として生きていくのだ。より厳密に言うならば『生きていく』ではなく『存在する』なのだが。


 精霊には基本的には終わりというものが存在しない。魔力が尽きると記憶を失ってまた精霊として生まれ変わるのだ。こういったところも、精霊がこの世界の頂点に立つ存在とされる理由である。


「さいですか」


 レイスにしてみれば善意からの申し出だったのだが、精霊相手に口論をしても意味がない。黙って大人しく料理に手を伸ばす。


「そういえば、ローティアちゃんたちはどこから来たのー?」

「そういや聞いてなかったな」


 ローティアは、料理が並んでからずっと動かし続けていた手をようやく止める。ちなみに、その間に料理の約二分の一が消えていた。恐るべし胃袋だ。


「『和の国』っていう場所……」

「俺は聞いたことないかなぁ。師匠は?」

「ボクは確か一回だけ行ったことあるよー。不思議なところだったねー」


 レイスはルリメスに連れられて王国以外のいくつかの国を訪れたことはあるが『和の国』という名前には聞き覚えすらなかった。


「どんなところなんだ?」

「美味しいもの、多い……」

「お、おう……」


 別にそういったことを訊きたかったわけじゃなかったのだが、ローティアにとってはそれが一番重要なことなのだろう。仕方なく、彼女の頭の上に乗っている存在へと目を向ける。


「ま、こことはかなり違った場所だよ。建物の構造から見た目までね。あと、ローティアも言った通り料理も割と違う。礼儀を重んじる風習が強い場所だね」

「へー、礼儀ねぇ……」


 言葉に含みを持たせ、ニヤニヤしながら思わずミミを見るレイス。威嚇するように三つの尻尾を振るミミは、鋭くレイスのことを睨んだ。


「なんだい?」

「いや、何でもないから気にするなー」


 表情と目線を考えると、どうしても煽っているようにしか見えない。


「レイ君もそうとはいえ、ローティアちゃんってかなり若いよねー。ずっと錬金術を学んでたのー?」


 険悪なムードを醸し出すレイスとミミを放置し、ルリメスが訊く。レイスを探すためだけに他国まで来るのだから、相当錬金術に入れ込んでいるのだろうという推測だ。


 しかし、予想に反してローティアはふるふると首を横に振る。


「どちらかと言うと、魔法……」

「それじゃあ、どうして錬金術を?」

「本当は錬金術に興味あった……けど、両親に魔導師育成の学院に入れられた。だから、自分でここまで来た」

「となると……ローティアちゃん、結構なお嬢様なんじゃ……」


 魔導師育成を目的とする学院というものは、それなりの費用がかかる。生徒のほとんどは貴族であり、そこはどの国も似たようなものだ。


 となると、ローティアもそれなりの家の娘ということになる。おまけに、発言からして両親に許可を取っているのかは微妙なところだ。


「ローティアがお嬢様……?」

「レイ君じゃ釣り合わないね」

「そのネタいつまで引っ張るつもりだよ……」

「ごめんなさい」


 謝罪までの流れが非常にスピーディーである。悲しいかな、これが長年の付き合いの賜物だ。


「へー、まあ俺たちがどうこう言うような問題じゃないけどさ」


 お嬢様と言われてみれば、確かにレイスと同じで世間知らずの部分が垣間見える。簡単に騙されてしまうのも頷けるというものだ。


「そういや、ミミはなんでローティアと一緒にいるんだ?」

「まあ色々理由はあるけど、簡単に言うとローティアがまだ子どもの頃に僕と契約を結んだって感じだよ」

「精霊と契約なんて本当に珍しいねー、初めて見たかも」


 精霊と契約すると、魔力を代償にしてその精霊の力を借りることができる。精霊の力だけあって通常の魔法よりは遥かに規模、威力共に高い。


 しかし、そもそも人間と契約を結ぶ精霊など人類の長い歴史を見ても非常に稀だ。


「子どもの頃に契約って、なんか詐欺みたいだな」

「君は僕にバラバラにされたいのかい?」

「誠に申し訳ございませんでした。猛省しております」


 テーブルに頭を打ちつける勢いで頭を下げるレイス。精霊相手に抵抗する手段なんて持ち合わせていない。それこそ、ミミにしてみればそこらの蟻を踏み潰すようなものだろう。


「こりゃまた凄い子が来たもんだねー」

「そうだな……」


 本格的にレイスの知り合いに一般人らしい一般人がほとんどいなくなってきた。該当するのはデイジーやアメリアやニコラくらいだろうか。


 それ以外は四大貴族やらS級冒険者やら精霊契約者だ。揃いも揃って知り合おうと思って知り合えるような存在ではない。


「ま、そんな存在が明日から店の従業員になるんだ。力強いってもんだ」

「へー、レイ君の店で働くんだー」

「錬金術を教える代わりにな」

「なるほどねー。可愛いもんねー、ローティアちゃん」


 ローティアはアイスを口にしながらも、コテンと首を傾げる。無表情という点を考慮しても、その姿は確かにとても可愛らしい。


 明日からの集客に期待が募るばかりだ。


「どうせだし、チラシでも作ってみようかねー」

「いいんひゃない、ふぇんでんは大事だよー」

「アイスを食べながら喋るな……」


 呆れた様子でレイスが言うと、ルリメスは黙ってもぐもぐと口を動かす。


「このあとにでも作っとくか」


 食後の予定を立てたレイスは、パクリとアイスを一口。


「んじゃ、ローティアとミミは明日からよろしくな」

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