83 『お試しに』
「ぐおぉぉぉぉ……!!!」
意図せずとも苦悶の声が漏れ、身体は地に伏せるような少し間抜けな姿勢になる。水晶から離れていたローティアは被害が少なく、少し眩しい程度のものだった。
至近距離で直接ダメージを受けたレイスは、いつぞやの魔道具実験のときと同じようにもがき苦しむ。完全なる事故だ。
「大丈夫……?」
こんなときでも無表情を崩さないローティアは、抑揚のない声で言葉をかける。レイスはぜえぜえと息を荒らげながらも、片手を差し出して何とか無事を伝えた。
今回は、前回の魔道具実験のときと比べれば被害はまだマシな方だ。数分もすると、目の痛みも引いてくる。それでも一応目薬をさすと、ホッと一息ついた。
「酷い目にあった……」
レイスは復活した視力でテーブルの上を見る。そこには、中央に亀裂が走り、真っ二つになった見るも無残な水晶の姿があった。これではもう二度と使い物にならないだろう。
そこまで頻繁に使うような品物ではないとはいえ、購入して早々壊れてしまったのは残念だ。
「どうして壊れたんだ?」
レイスは水晶の突然の変化を思い返し、首を傾げる。
「多分、許容範囲を超えたから……」
「許容範囲?」
許容範囲――つまり水晶が測定できる力量を遥かに超えてしまったため、壊れてしまったのだ。水晶がレイスの実力に耐えられなかったと言い換えることもできる。
こればかりは仕方がない。
「普通、有り得ない……というか、壊れるとこ、一度も見たことない……」
そもそも、一々壊れていては測定器として役割を果たすことができないので当たり前なのだが。
ローティアはまるで責めるようにじっとレイスを見る。ドヤっていたら目の前でそれを遥かに超える結果を出されたのだ。レイスとしてはそんな目で見られても困るが。それに、レイスにとっての『普通』が先程の結果なのだから、今更変えようもない。
「えと……ごめんなさい?」
それでもどうしてかいたたまれなくなり、自然と謝罪の言葉が出た。
とはいえ、ローティアもエリクサーを作れると聞いた時点である程度レイスの実力を察していたのか、そこまで驚いているわけでもない。
すぐに無感情な瞳へ戻った。
「それより、魔道具を作るところ、見たい……」
ローティアは、テーブルに並んだままの道具を指差した。
「ポーションじゃなくていいのか?」
「ポーションも作るけど、魔道具の方がメイン……」
「なるほど」
レイスが既に錬金術を教えているデイジーがポーションをメインに販売しているように、錬金術師にはそれぞれ専門とする分野がある。それがローティアの場合は魔道具というわけだ。
ちなみにレイスは特にこれといってメインに据えた分野はない。強いて言うなら万能型だ。
「さて、魔道具と言っても何を作る?」
魔道具の中にも色々種類がある。『魔法強化』のように使い切りのバフ効果を持ったものや、永続的な魔法効果を持ったものなど、用途によって多岐に渡る。
その作り方も様々だ。
レイスのように錬金術と魔法陣を組み合わせて作製したりするのは、実は珍しかったりする。というのも、魔法陣というものはとても複雑なもので、少しでも形が崩れようものなら不発に終わることが当たり前のようなものなのだ。
おまけに、発見されている魔法陣の種類も決して多いとは言えない。その中で安定させられるものといえば、精々ちょっとした火を起こしたりといった程度の小さな現象のもの。
レイスが平気な顔をして作っている『魔法強化』の指輪など、本来なら魔法陣が複雑すぎて開発すら困難な代物なのだ。
そういった理由があり『魔法強化』の指輪に限らず、魔道具作製にあたり何でもかんでも魔法陣を利用するのは非常に珍しい。
一般的な魔道具の作り方の一つとして、魔法を利用するというものがある。これは魔法を使って引き起こした現象を錬金術によって『付与』するという、魔法陣に比べると比較的手間のかからない手段だ。
ただ、レイスは魔法の適性が皆無なので仕方なく魔法陣を利用している。今となっては慣れたものだが、最初は随分と苦労したものだ。何せ、一から魔法陣を開発しなければならなかったのだから。
とはいえ、魔法陣は手間がかかる分、利点もある。例えば、レイスが開発した『魔法強化』の指輪。この指輪は、鉱石の効果を錬金術を使って魔法陣と組み合わせることで作っているため、魔法陣以外では作製不可能だ。
魔法陣は素材との組み合わせによって、理論的にはあらゆる種類の魔道具を作製することができる。また、魔法を『付与』するよりその効果が高い場合が多い。
……まあ、難度が尋常ではない程高いのは言うまでもないことなのだが。
「作るものは……自由で……」
「了解。まあ室内だし、被害が出るようなやつはナシな」
この工房にかけた金額を思うと、もし壊れたら精神的にも金銭的にも大ダメージを負ってしまう。万が一のことを考えてのレイスからの忠告に、ローティアはうんうんと素直に頷く。
そもそも、レイスが作る魔道具に周囲を攻撃するような種類のものはあまり多くはないのだが。ここらへんは完全な作り手の好みで、レイスは補助的な役割を果たすものを作ることが多い。
『衝撃耐性』然り『魔法強化』然り。
あとは水分吸収に長けたスライムの素材を使った乾燥機や魔力の量によって温度調整ができる鍋など、日用品も作られている。これらはルリメスと二人で暮らしていた頃から家事において大活躍だ。
日用品に関しては、一人ですべての家事をこなす以上、効率化が必須だったという背景があるが。
「自由かー……そうだな」
腕を組み、何の魔道具を作ろうかとしばし思案。どうせなら店の商品になるものがいいだろう。
「夏だし、暑さ対策の魔道具でも作るか」
方向性は決定。
レイスは大き目の紙と冷石、更にペンと適当な首飾りを用意する。紙の上に冷石を乗せると、その上に手をかざした。
「『粉砕』」
錬金術によって、冷石は白い粉へと早変わり。レイスは紙を持つと、ペンの上部の穴へ出来た粉を注ぎ込む。
「それは……?」
作業を見守っていたローティアが、見慣れないものに思わず反応する。
「ん、このペンのことか?」
「うん……」
黒一色で上部にちょっとした穴が開いている、一見どこにでもある普通のペンだ。
「これは穴の中に入れた素材の効果を『付与』できるペンだ。魔道具を作るとき本当なら素材を魔法陣の形になぞらえないといけないんだが、このペンを使えばその工程が省略できる」
毎度素材を使って魔法陣の形を作るのは手間だ。故に、描きやすいペンを使って効率化を図った形である。
「よし」
レイスはスラスラと紙に青色の魔法陣を描くと、その上に首飾りを乗せる。すると、魔法陣が薄く輝き、色を失った。
「ほい、完成」
「これ、だけ……?」
「なんだ、もっと派手な作業でも想像してたのか?」
傍から見ればまず間違いなく地味な作業だ。しかし、やっていることはそこらの錬金術師では絶対に真似できない。ルリメスでさえ模倣は不可能だろう。
魔法陣の開発という分野において、レイスは世界一と言っても過言ではない。
「んじゃ、次はローティアが作ってみてくれ。素材は渡す」
「じゃあ……指輪を」
「それだけでいいのか?」
「うん……」
レイスは言われた通りに指輪をローティアへ手渡す。すると、その瞬間「あーっ!」という叫び声が響いた。この場でそんな声を出すのは一人しかいない。
レイスはひどく面倒そうな表情で声の方を向く。そこには、寝ぼけた様子のルリメスがレイスたちの方を指差して立っている姿が。
「まさか、レイ君そんなところまで……!」
「どんな勘違いだよ。そんな雰囲気に見えるか? というかいつまで続ける気だよ」
冷静にそう返され、ルリメスは軽く目を擦ってパチクリと瞬き。夢気分から抜け出すと、嘲るような表情で鼻を鳴らした。
「……まあ、考えてみれば確かにレイ君にそんな度胸ないよねー」
「ん? あれ、もしかして俺貶されてる?」
「それで、何やってるのー?」
「無視ですか、そうですか」
華麗にスルーを決められたレイスは、思わずため息をつく。まあいいかと投げやりに考えると、ローティアへ視線を向ける。
「ちょうど、ローティアの錬金術を見せてもらおうとしてたところ」
「へー、ローティアちゃんっていうんだ。ボクはルリメス、よろしくねー!」
「よろしくお願いします……」
「それと、今日からここの二階にローティアが住むから」
レイスはそれだけサラッと言うと、あとのルリメスの反応は不必要だと判断し、できるだけ視界に入れないようにする。
横から「どうしてそうなったの!?」とかいう声が聞こえるが、反応は返さない。ちなみにローティアも大して興味はなさそうだ。
「中断されたけど、気にせず続けてくれ」
ローティアは頷き、レイスから受け取った指輪を嵌めた。目を閉じると、指先に魔力を集中させる。
「『付与』」
ボソリと呟いたあと、ローティアの指先からふわりと風が吹き出した。風はどんどん指輪に集まっていき、やがて収束する。
これが、魔法陣を使わない魔道具の作り方。魔法を利用したやり方だ。
「私は攻撃系の魔法を込めた魔道具を作ることが多い……魔法も、得意だから……」
証明するように、魔法を込めた指輪から微風が漏れ出す。レイスから部屋に被害が出ないものと言われたので威力は極端に抑えているが、本来ならもっと破壊力がある。
「なるほどな……」
レイスが考え込む素振りを見せると、ずっと無視されていたルリメスが飛び出してくる。
「魔法のことならお任せあれ!」
「いや、ローティアは別に魔法が学びたくてわざわざ王都にまで来たわけじゃないから……」
「でも、レイ君と魔道具の作り方違うじゃん。というか、レイ君が特殊すぎるんだよー」
「まあ、そりゃそうだが……」
確かに、レイスのやり方は一般的とは口が裂けても言えない。そう考えれば、ルリメスの方が適任のように思える。
思わずローティアを見ると、彼女は首を横に振る。
「魔法陣、教えて欲しい……」
「大変だけどいいのか? まあ魔法陣以外にも教えられることは教えるけど……」
「頑張る……」
本人がそう言うなら、レイスやルリメスが口を出すことではない。無表情でやる気を漲らせるローティアは、グッと拳を握った。