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81 『偶然の邂逅』

「俺、何やってるんだろ……」


 レイスは天井の染みを眺めながら軽く憂鬱な気分に浸る。本来なら今頃は帰って店のことに頭を悩ませているはずが、現実は何故か喫茶店でぼーっと座っているだけだ。


 今は時間が惜しい時期だというのに、どうしてこんなことになっているのか。存在するかどうかも分からない神様にケチをつけたくなる気分だ。


 現実逃避気味な思考を続けていたレイスは、ふと我に返って目の前を見る。そこには、大量に積まれた食べ物を次々と口に運ぶローティアの姿があった。


 凄まじい程の食べっぷりで、注文したものが見る見るうちに消えていく。おまけに、この代金はレイスが支払うことになっているのだ。


 だというのにも関わらず、ローティアに遠慮する様子は一切ない。ただひたすら無表情でもぐもぐと口を動かしている。既に三人分は平らげたと思われるが、その勢いは衰えることを知らない。


 このままだと支払いも相応の額になるだろう。決して潤っているわけではないレイスの懐がまた寂しくなる。


「それで、誰なんだお前ら……」


 何だかつい数十分前に喫茶店で同じような言葉を言った気がするが、そのことは考えないように努める。ローティアは、レイスの言葉を聞いてようやく食事の手を止めた。


「私、ローティア……」


 静けさを感じさせる紺色の瞳に、レイスと同じ真っ黒な髪が特徴的な少女だ。両手が袖に入るくらいサイズの合っていない黒いローブを羽織っており、常に無表情なのもあってどこか近寄り難い雰囲気を纏っている。


 とはいえ、表に出さないだけで感情は豊富だ。


「僕はミミ。精霊さ」

「精霊……道理で」


 喋る狐なんてどんなからくりかと思えば、答えは単純だった。以前サラマンダーに会ったこともあるので、特に驚きもせず自然と受け入れられる。


「ということは、それは仮の姿ってことか」

「そうだよ、よく分かったね」

「一応、精霊には会ったことあるからな」

「へぇ、それは珍しい」


 基本的に形を持った精霊と出会うなんて、一生に一回あるかどうかといったレベルなのだ。そう考えれば、人間であるローティアと行動を共にしているミミは非常に珍しい精霊と言える。


「そっちこそ、精霊が人間と一緒にいるなんて珍しい」

「この子とは昔からの付き合いさ。娘みたいなものだよ」

「精霊が娘ね……そんなこともあるんだな」


 基本的に精霊は人間より立場的には上だ。これは覆しようもない事実である。そんな精霊が人間のことを「娘みたいなもの」と言うのは珍しいを通り越してミミだけだろう。


 どういった経緯でそういった関係になったのかも気になるところだが。


「多分、竜車に乗って王都まで来たんだろ? 何でまたあんなところで空腹で倒れてたんだよ」

「…………」


 レイスが訊くと、ローティアはプイと横を向いて答える素振りを見せない。というか、あまりに無表情なので何を考えているのかすら分からない。


 仕方なくレイスはミミへ視線を向ける。


「ローティアが商人に持ち金のほとんどを騙し取られたからさ。あからさまに怪しかったのに、何も考えずに買ってね」

「新種って、言ってた……」


 ローティアは不服そうに呟く。


 レイスは新種という言葉に引っ掛かりを覚え、思わず表情を苦くした。意図せずとも、店主のおっちゃんの笑顔が浮かび上がってくる。


 もしかして、あいつに騙されたのか……。


 大体の事情を察して、何とも言えない気分になる。レイスもまた同じように騙されかけたのだから、ローティアのことを馬鹿にはできない。


 おまけに、王都に来た当初にレイスも持ち金を騙し取られて行き倒れているところをラフィーに助けられたのだ。そう考えると、ローティアはレイスと似たような境遇の人間と言えるだろう。


 こうして今助けるのも、そこまで悪い気分じゃなくなってくる。


「まあ、何で倒れてたかは大体理解できた。それで、このあとどうするんだ?」


 レイスも経験しているので分かるが、昼食を食べるお金すらないということは今夜宿に泊まるお金がないということだ。


 そういう心配もあってした質問である。


「まあとりあえずは冒険者ギルドという場所に行って、ポーションを売ることになるだろうね」

「だからギルドを探してたのか。ポーションってことは、ローティアは錬金術師なのか?」


 ローティアはパンを頬張りながらコクコクと頷く。噛み砕いたパンをゴクリと飲み込むと、紺色の瞳をじーっとレイスへ向けた。


「人を、探してる……」

「人?」

「そうそう、そのために僕とローティアは王都にまで来たんだ」

「へー、顔とか名前とか知ってるのか?」


 聞いたところで王都での知り合いが少ないレイスには分かるはずもないのだが。興味本位で訊いてみる。


「錬金術師で、レイスって名前……」

「…………え?」


 聞き間違えだろうか。そう思ったレイスは、思わずそんな声を出していた。ローティアは不思議そうに首を傾げ、レイスを見つめる。


「だから、レイスって名前の錬金術師……」


 二度言われれば、聞き間違えようもない。レイスは頬を引きつらせ、ゆっくりと自分のことを指差した。


「レイスって、俺のことなんだけど……」


 ずっと無表情だったローティアは、この時ばかりは目を見開き、驚きを露にする。レイスとしてもこれにはビックリだ。


 まさか自分を探している人物に偶然出会うだなんて思いもしない。


「へぇ、すごい偶然だね」

「ホントにな。この広い王都でどんな確率だ……」

「でも、こっちとしては探す手間が省けてラッキーだよ」


 そう言ってミミは上機嫌そうに三つの尾を揺らす。


 ローティアとミミにとっては嬉しい出来事かもしれないが、レイスにしてみれば疑問だらけだ。


「……何で俺を探してたんだ?」


 まだ王都にいる人間ならエリクサーのため、だとか色々と理由は思いつくのだが、他国の人間が一体どんな理由でレイスを探していたのか。


 想像もつかず、レイスは素直に尋ねる。


「弟子に、して欲しくて……」

「で、弟子……?」


 予想外の申し出に困惑。レイスが思わず言葉を繰り返してしまうと、ローティアは真剣な表情で頷く。


「君の噂はある程度流れてきててね。エリクサーを作る凄腕の錬金術師がいるって。まさかこんなに若いとは思っていなかったけどさ」

「他国にまで……」


 よく考えれば、王都にいなかったルリメスもレイスの活躍自体は聞いていたという発言もしていたので、他国の人間がレイスのことを知っていても不思議ではない。


 とはいえ、いきなり弟子にしてくれと言われても、レイスとしては少々困りものだ。店を始めて考えることが増え、尚且つラフィーに恋人の振りをするという約束までしている。


 これ以上他に何かするとなると、まず間違いなく時間が足りない。


 とはいえ、わざわざ国を移動してまで訪ねて来ているので、即刻断るのもはばかられる。


「錬金術、教えて欲しい……」


 あまり感情を表に出さないローティアが真摯に頼み込んでくる姿に、レイスの心が揺れる。考え込むレイスは、ふとある案を思いついた。


「ローティア、王都にはどれくらい滞在するんだ?」

「特に決めてない……」

「じゃあ自由にできるってことでいいんだな?」

「うん……」


 レイスはよしと頷くと、指を二本立ててみせる。


「弟子にしてもいい。だけど、条件が二つある。これを呑んでくれるなら引き受けよう」

「何……?」

「一つ目はローティアが俺の店の従業員として働くこと。その対価に、俺は錬金術を教えよう。もし無理だと思ったら店はいつ辞めてもらっても構わない」


 もしローティアがアルケミアの従業員になったなら、レイスはわざわざ店を離れることなく錬金術を教えることができる。更に、欲しいと思っていた働き手が増えるのだ。


 悪くない取引だろう。


 少し考えていたローティアだが、やがてコクリと頷いた。これで一つ目はクリア。


「二つ目は……?」

「二つ目はそこの精霊が俺の店のマスコットを務めること」


 ――これこそ、レイスの最大の狙い。


 喋る狐、おまけに精霊がマスコットになれば、目立つこと間違いなしだ。下心ありまくりの提案ではあるが、レイスとて慈善事業をやっている暇はない。


 それなりのメリットがなければ。


「マスコットって、何をするんだい?」

「基本的にはローティアと一緒に居てもらうだけでいい。けど、たまに客に話しかけたり、あとは触らせてあげたりとか」

「人間に……? どうして僕がそんなことを……」


 精霊だけあって、やはりサラマンダーと同じくプライドは高い。この条件は流石に厳しいかと思ったレイスだったが。


「お願い、ミミ……」


 ローティアはミミを抱き上げると、短くそう告げた。しかしその威力は中々のものだ。


「うっ……」


 これにはミミも弱ったのか、尻尾がしゅんと垂れる。やがて、諦めたようにため息をついた。


「……分かったよ」

「ありがとう……」


 ローティアは微笑み、ミミへズリズリと頬を押しつける。ともかく、これで交渉成立だ。


「よし、それじゃあ弟子入りを認めよう」

「おおー……」


 イマイチ喜んでいるのかどうか分からない反応を見て、レイスは苦笑する。


「となると、やることは色々あるんだが……ローティアって、今どれくらいポーション持ってるんだ?」


 ローティアは徐にリュックを開く。取り出したポーションの数は五つ。


「道具でスペースが……」

「まあ、そうだよな。素材は?」

「あんまりない……」

「んー……」


 ポーションを売れば多少のお金にはなるだろうが、それだけでは間違いなく暮らしていくには足りない。素材も少ないとなると、ポーションを量産することも難しいだろう。


「そうだな……ローティアが良ければ、生活が安定するまで俺の店に泊まるか?」

「いいの……?」

「二階が丸々空いてるから、そこを使ってくれればいい」


 レイスも王都に来た当初はラフィーの家でお世話になった。それを思い出しての申し出だ。


「じゃあ、お願い……」

「はいよ。俺は今から店に戻るけど、どうする? 一緒に来るか?」

「うん、行く……」

「了解」


 これで、レイスが錬金術を教えるのは二人目となる。未だに教えるのに慣れたとは言えないが、デイジーも問題なく実力を伸ばしていっているので、間違ったことはしていないはずだ。力になることはできるだろう。


「今日は色々ある日だなぁ」


 目の前で食事を再開するローティアを見て、レイスは一人静かに呟いた。

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