79 『振りの約束』
いやいやいや、待ってくださいラフィーさん……!?
レイスはそんな思いを込めた視線をラフィーに向けるが、彼女は申し訳なさと決意が混ざった謎の視線を返してくる。そんな目をされても、レイスとしては困惑するだけなのだが。
レイスが戸惑っている間に、エリアルは動揺から立ち直っていた。強気に笑みを浮かべ、首を振る。
「ははは、嘘は良くない。俺は君がそこの男といるところなんて見たことないよ」
「それは当然だ。お前が依頼に出ている間に知り合ったんだから」
「へぇ……」
ラフィーはあくまでも付き合っていると主張する。この数ヶ月、依頼で王都を離れていたエリアルにはそれを否定することはできない。
「本当なのかい、シルヴィアちゃん」
「は、はい。確かにレイスさんとはエリアルさんがいない間に知り合いました」
シルヴィアの発言に決して嘘はない。ただ、レイスとラフィーが本当に付き合っているのかどうか、という点に触れていないだけだ。
周囲からの援護の言葉もあり、余計にラフィーの発言の否定は難しくなる。
エリアルは、静かにレイスの前まで歩み寄った。
「レイス、といったか。ラフィーと付き合っているというのは本当なのか?」
エリアルは目を細め、鋭く訊く。対するレイスは、動揺を表に出さないよう必死に抑えていた。ラフィーも緊張しているのか、レイスの腕を握る手に力がこもっている。
レイスは腕が砕けそうな痛みを堪えつつも、返答を考える。ラフィー的には「本当だ」と答えて欲しいであろうことはまず間違いない。
腕の痛みがいい証拠だ。
ただ、目の前で目を細めるエリアルの威圧感も中々のものだった。嘘をつこうものなら殴り飛ばされるのではないかと思わされる程の迫力を持っている。
そして冒険者の一撃に耐えられる自信は残念ながらレイスにはない。
物理的なものと心情的なもの、二重の苦痛に板挟みにされているレイスは必死に頭を回す。あまり長く黙っていると怪しまれるのは自明の理だ。
苦痛の果て、レイスが出した答えは――
「本当だ。俺はラフィーと付き合っている」
心情的なものより、物理的な痛みが勝った。
声が震えていないか、そんなことは気にしている余裕もない。レイスが言葉を発した瞬間、砕ける寸前だった腕がようやく解放される。
時間にしてみればそう長くはなかったが、レイスにとっては一時間以上経過した気分だ。
レイスは痛みのあまり引き攣りそうになる顔を必死に保つ。望んだ結果を得られたラフィーはホッとした表情だ。
「……俺はまだ、信じないぞ」
疑い深いのか、エリアルはそう言って冒険者ギルドを立ち去った。
その瞬間、冒険者ギルドは一気に騒がしくなる。
レイスは謎の緊張感から解放され、ホッと一息つく。
ふとアメリアの方を見ると、彼女は瞳を輝かせてレイスたちを見ていた。
その要因に察しがついてしまうレイスは、死んだ目をする。
「……他人事だと思って楽しそうですね、アメリアさん」
「はい、他人事ですから! だから経過は聞かせてくださいね!」
「さいですか……」
新たに増えた問題の種に、レイスは天を仰いでため息をついた。
***
「で、結局どういうことなんだ?」
カップに入った紅茶を飲み干し、レイスは疲れた表情で問う。場所は冒険者ギルドから少し離れた喫茶店。一気に色々なことが起きて、頭の整理が追いついていない。
「その、すまない……」
対面に座るラフィーは、非常に申し訳なさそうだ。ギルドで見せた必死さは鳴りをひそめ、いつもの落ち着いたラフィーへ戻っている。
「まあ、過ぎたことだしいいよ。それよりも、あいつは誰なんだ?」
「……あの金髪の男はエリアル。同じS級冒険者ということで、昔からの知り合いなんだ」
「へぇ、S級冒険者なのか。そりゃ凄い」
年齢はラフィーやレイスとそう離れてはいない。それだけの才能の持ち主というわけだ。
「姉さん、出会った当初からエリアルさんに今日みたいに言い寄られてたんです。ずっと断ってはいたんですが、一向に諦める様子がなくて……」
パフェを頬張っていたシルヴィアが補足。ギルドでの流れを思い返すと、確かにシルヴィアが言っていることと符合する。
エリアルはラフィーに断られようとも、決して諦めようとはしていなかった。
「このままではずっと諦めないと思って、考えついたのが……」
「――俺を恋人だと嘘をつくってことか」
「そういうことだ。……頼むっ、この通りだ。エリアルが諦めるまで恋人の振りをしてくれ!」
ラフィーは頭を下げて真剣に頼み込む。こうしてレイスへ何かを頼み込むのはシルヴィアの件以来だ。
レイスはぽりぽりと頬を掻きながらも苦笑。
「まあ、もう恋人だって言っちゃったしな。それまでは手伝うよ」
「すまない、助かる……!」
「でも、いいのか? 俺が言うのもあれだけど、顔だけ見ればかなり格好良い方だと思うんだけど……」
「悪いやつではないのは確かなんだが、ちょっと性格がな……」
エリアルには少し……いや、かなりナルシストな一面がある。顔が良いのは確かなのだが、本人がそれを常時誇っているのだ。付き合うとなると、確かに苦労しそうである。
「というか、俺以外にもちゃんと同年代の男の知り合いいたんだな」
「まあ、本当に知り合いだけどな。友人と呼べるほど仲が良いわけじゃない」
「そんなもんか」
ラフィーやシルヴィアの同年代の異性の友人となると、それこそ王都には今のところレイスしかいない。故に、レイスに恋人という大役が回ってきたわけだが。
「そういえば、恋人の振りって言っても何するんだ?」
今まで錬金術の研究ばかりで色恋沙汰などとは縁遠い生活を送ってきたレイスだ。恋人と言っても、何をすればいいのかなんて分からない。
純粋な疑問に、ラフィーは「へっ!?」と驚いたような声を出す。
「そ、それは、その……デ、デート、とか」
ラフィーは頬を赤らめ、搾り出すようにして声を出す。声も若干上擦っており、恥ずかしがっていることが見て取れた。もじもじと指を絡めて動かす様は、いつもの凛々しいラフィーの姿とはかけ離れている。
そんなラフィーを見て、思わずレイスの顔も熱くなる。
「も、もちろん振りだぞ!?」
「あ、ああ、うん! 大丈夫、分かってる!」
お互いにやけに早口で勢い良く喋り、その後、気まずくなってどちらからともなく目を逸らす。シルヴィアは、パフェを食べながらそんな二人をジト目で見ていた。
「……何やってるんですか、二人とも」
見ていて随分と胸焼けするような光景だ。超純情のラフィーはともかくとして、レイスまでこうも恥ずかしがるのは少し珍しかった。レイスは咳払いをして、その場の雰囲気を元に戻す。
「と、とにかく分かった。とりあえずデートの振りとかしとけばいいんだな」
「そ、そうだな。多分、あの様子だとエリアルはまだレイスの言葉を信じきっていないだろうから、探りは入れてくると思う。そこでボロが出ないようにしよう」
「ボロが出ないように、か……」
レイスはエリアルの圧を思い出し、苦い表情。果たして次もS級冒険者からの圧力に耐えることができるのだろうか。ただの錬金術師のレイスには、そこまで大した自信はない。
「まあ、やれるだけ頑張ってみる。それじゃ、店のこともあるし今度こそ俺は家に帰るよ」
「ああ、本当にありがとう」
「困ったときはお互い様だ」
レイスもつい最近デイジーに相談に乗ってもらったばかりなので、余計にそう思う。店のこともあるが、何とかやっていけるだろうと前向きだ。