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73 『ネーミング』

「やぁ、シルヴィアちゃんにラフィーちゃん。いらっしゃーい」

「どうも、ルリメスさん!」

「お邪魔します」


 レイスたちを迎え入れたのは、まるで家主のように振る舞うルリメス。彼女は満面の笑みで挨拶を交わし、腕を組んで上機嫌な様子だ。


 レイスは無表情で己の師匠を見つめる。


「師匠、素材の整理は終わったのか?」


 冷たい声で発せられた問いに返ってくる声はない。ルリメスは相変わらずニコニコと笑みを浮かべるのみである。


「……晩飯抜くか」

「ちょっ……! 横暴だー!」


 ボソリと呟かれた言葉にルリメスはギョッとし、手を上げて抗議する。しかし、レイスは嘲るかのように鼻を鳴らした。


「働かざる者食うべからずって言葉があってだな」

「働いてるよー! 今はちょっと休んでるだけ!」

「師匠よ、何年俺が弟子やってると思ってるんだ。騙されると思うか?」


 レイスは聞き分けのない子どもを見ているような態度で、やれやれとばかりに首を振る。弟子のあんまりな態度に、師であるルリメスはムッとした表情。


「何年もやってるなら信用してよ!」

「じゃあ本当に進んでるんだな?」

「…………」

「おい目を逸らすな目を」


 見事に目を泳がせるルリメス。レイスは頭に手を置いて、ため息をつく。


「まあいいや。あとでちゃんとやれよ」

「ういー」

「本当だろうな……」


 両手を伸ばしながら発せられた適当な返事には不安しかない。これにはラフィーとシルヴィアも苦笑。


「んじゃあ、店名を考えますかね」


 これが終わらないと、いつまで経っても店が始められない。それに、まだ商品の作製やらロゴの作製やらも残っている。


「何かいい案あるか?」

「そうだな……」


 ネーミングの手法としては簡単な単語を別の言語に置き換えたり、二つ以上の単語を組み合わせたりするものがある。


 ラフィーとシルヴィアの二人は頭を悩ませる。


「うーん、単純なものだとアルケミアとか?」

「アルケミア……」


 悪くない響きに、レイスは熟考する。確かに単純ではあるものの、錬金術に関する店であることは一目瞭然。そもそも店の名前は覚えてもらうためにつけるのだから、そこまで複雑にする必要性はない。


 レイスは一人頷くと、パンと手を叩く。


「採用!」

「……自分で提案しておいてあれだが、本当にその名前でいいのか? 時間はまだあるぞ」


 随分と早い決定にラフィーは不安そうに訊く。


「時間をかければいいってものじゃないだろうし、これにしよう。即断即決ってね」

「まあ、レイスがいいなら構わないんだが……」


 当人は随分と気に入っているので、気にすることはまったくない。


「よし、どうせならこの調子でロゴも決めてしまおう」

「それでいいのか……と言うか、私は絵なんて描けないぞ」

「私も無理です」

「大丈夫。デザイン見て、意見さえもらえれば十分」


 上機嫌なレイスは素早く紙とペンを用意する。その勢いたるや、断る隙もない。


「実は前々から考えるだけ考えてたんだ」

「そうなんですか?」

「まあ、前までは店をやるかどうかなんて定かじゃなかったけどな」


 レイスは喋りながらもすいすいと手を動かしていく。ロゴもワンポイント程度のデザインなので、複雑なものではないのだ。


「よし、できた」


 十数秒程度でレイスは手を止めた。


「これは……炎か?」

「当たり。まあ正確には鬼火だけど」

「どうして炎なんですか?」


 最もな疑問を受け、レイスは恥ずかしそうに頬をかく。


「俺の名前からなんだけど……」

「レイスさんから……? ああ!」

「――幽霊ってことか」

「まあ、そういうことだ」


 レイスという名前から幽霊を連想し、それで鬼火をロゴにするに至ったというわけだ。自分をモデルにするのは別に悪くないのだが、どうしてか気恥しさがある。


「私は悪くないと思うぞ」

「はい、私も良いと思います!」

「ならこれにするか」


 二人の同意を得て、ここにアルケミアのロゴが決定。サクサクもいいところだ。


「……なんだか案外早く終わりましたね」


 もう少し長丁場になると予想していたのか、シルヴィアは苦笑する。


「そうだなー。……あ、そういや二人って竜車って知ってるか?」


 ふとレイスはアメリアから聞いた話を思い出す。二人は不思議そうに目を瞬かせ、こくりと頷いた。


「竜車って、地竜が引いてるあの竜車ですよね」

「そういえばそろそろそんな時期か」


 王都での暮らしが長い二人にとっては、竜車が来るのは何度目かといった感じだ。初めてのレイスはともかくとして、特に意識はしていない。


 言われて思い出す、そんな程度だ。


「そうそう。二人は見たことある?」

「見かけたことはあるが、そこまでゆっくりと見たことはないな」

「私もですねー」

「そんなものなのか?」

「まあ来る時期が限定されてる上に、特に気になるものもないしな……」


 冒険者として活動している以上、依頼と時期が被ればそれだけでサヨナラだ。それに、わざわざ足を運ぶほど興味があるわけでもない。


 故に、ラフィーとシルヴィアの二人はさほど竜車に詳しくはない。


「良ければだけどさ、明日一緒に竜車を見に行かないか」

「明日か……まあ私は構わないが」

「私も大丈夫ですよー」


 見たいのは竜車というより、どちらかと言うと異国の品の方なのだが。何か面白いものが手に入れば嬉しいな、くらいの淡い期待である。


「師匠はどうする、一緒に行くか?」

「逆に訊こうレイ君。ボクが外に出ると思う?」

「少なくともそんな誇って言うことじゃないのは確かだと思うぞ」


 やたらとドヤ顔で引きこもり宣言をするので、レイスもつい真面目に突っ込んでしまう。いい加減、本気で追い出す時期になったのかもしれない。


 師匠であるルリメスが、弟子であるレイスの完全なヒモ状態なのだ。家事の一つでもできればまだマシだったかもしれないが、生憎とルリメスにそんなスキルは存在しない。


「それじゃあ、明日は三人で行きますか」

「そうですねー」

「それじゃあ、今日はもう帰るか」

「またねー、ラフィーちゃん、シルヴィアちゃん」


 特に約束をしていたわけでもない。レイスからの頼みを無事達成したラフィーとシルヴィアは帰宅した。


「さて、俺も看板の作製に入るか……」


 看板自体は用意しているので、あとは決まったばかりの店名を記すのみ。ついでにロゴも入れようかな、と妄想を膨らませていると。視界の端で、身を隠すように身体を伏せているルリメスの姿があった。


「…………」

「……いつまで休んでるんだ、師匠」

「……あとちょっとかなー」

「…………今日の飯は何になるかな」


 レイスの言葉に苦い表情をするルリメスは心底面倒そうに立ち上がると、部屋の外へ姿を消す。流石にこれ以上サボっていたら、本気で夕飯が危ういとの判断だ。ギリギリを攻めていくスタイルである。


「てか、師匠はいつまでここにいるつもりなんだ……」


 レイスは疲れたようにため息をついた。

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