72 『準備』
「さて、素材の確保はとりあえず出来たと。となると、まずは内装外装から手をつけるかねー」
セスの家から戻り、一息ついたレイス。
ギルドの審査は終了し、もういつでも店を開ける状態だ。期限は特にないので急ぐ必要はないが、準備を進めておくに越したことはない。
やるべきことは多いのだ。時間は有効に使わなければ。
「外装はとりあえず看板やら装飾品やら用意しないとな。……あれ、そうすると店名も決めないといけないのか」
当たり前だが、看板には店名を入れるものだ。店を開こうとは思っていたものの、名前までは考えていなかったレイスである。
失念していたと、しばらく考えてみる。
折角なのだから、ダサい名前はつけたくない。
「んー……果たして俺にネーミングセンスはあるのか」
店の顔とも言える名前なのだから、悩みもする。ハンモックの上で胡座をかいて考え込んでいると。
「てい」
目を瞑って真剣に思考を深めていたレイスの頭部に、軽い衝撃。レイスが思わず目を開くと、ルリメスの手が頭に乗せられていた。
「…………何やってんだ、師匠」
ルリメスは不思議そうに目をぱちくりさせ、レイスの隣に腰掛ける。
「それはこっちのセリフだよレイ君。なんでそんな格好で瞑想してるの」
「いや、別に瞑想してたわけじゃなくてだな……」
「じゃあ何してたのー?」
「店の名前を考えてた」
「あー、店を開くなら確かに必要だねー」
ルリメスは腕を組んでうんうんと頷く。
「よーし、じゃあ一緒に考えてあげよー」
「変なの考えるなよ……」
「まあまあ、師匠に任せたまえ」
「はいはい」
イマイチ頼りになるか分からないため、意図せずとも生返事となる。弟子の適当な対応に、ルリメスは「良い名前思いついて唸らせてやる」と意気込む。
「うーん、ここはシンプルに『錬金屋』とかどうだろー」
「なんか合ってるようで間違ってる店名だな……そりゃ確かに俺は錬金術師だけども」
「それじゃあ『あなたのためのポーション屋・レイス』とか」
「絶対ない」
ルリメスが次々と店名を挙げては、レイスに否定されていく。そもそもふざけた名前が多いのが原因なのだが。ルリメスは、不貞腐れたように唇を尖らせる。
「じゃあレイ君は何か良い名前思いついたのー?」
「うーむ……」
そう言われてしまえば、大した考えがあるわけでもないレイスには言い返せない。結局師弟揃ってうんうんと頭を悩ませる。
結果――
「……今度、ラフィーたちにでも相談しよう」
困ったときはとりあえずラフィーやシルヴィアに頼ればいいという安直な思考だ。少なくともレイスやルリメスよりはセンスがあるのは間違いないので、選択としては正しい。
「看板とかは後回しにして、それ以外に手をつけるか。師匠、手伝ってくれ」
「えぇ……暑いのに動きたくないんだけどー……」
「少しは働け。追い出すぞ」
「はい、精一杯働かせて頂きます」
レイスの脅しによってルリメスは飛び上がり、敬礼。酷い変わりようだが、これが家主の力である。
「手伝えって言っても、何すればいいのー」
「とりあえず、セスから受け取った素材の整理。ちゃんと分別して保管しといてくれよ」
「うっわ、明らかに面倒そうな仕事を押し付けてきたねー」
「何か言ったか?」
「何でもないです。喜んでやらせて頂きます」
ルリメスはレイスの有無を言わさぬ圧力に負け、あっさりと了承。レイスから手渡された鞄を手に持つと、脱兎のごとく部屋から出ていく。レイスはそんな師匠をうんうんと頷いて見送り、自身も店の入り口に当たる場所へ移動した。
「内装に関しては商品の配置とかそこらへんに気を遣って、あとは最低限でいいかな」
アクセサリーディスプレイやらブラケットライトやらが設置されている室内を見渡して独りごちる。
というのも、内装は工房を作る際に店を開くことを考慮して色々と手を加えたためだ。
「えーと、ここはエリクサー、ここは毒消しで……こっちは『魔法強化』の指輪……」
木製の陳列棚の各所に文字が書かれた紙を置いていく。場所によって置く商品を決めているのだ。とりあえずは手持ちのものから。
「よーし」
まだまだ完成とは言えないものの、一先ずやれることはやった。
「問題は……」
レイスは扉を開けて外に出る。そして、自分の店の外観を見た。
「……うーむ、完全にただの家だな」
当たり前だが、まったくと言っていいほど店には見えない。店名を入れる看板は後回しにしても、それ以外の部分に手を加えなければ話にならないだろう。
「さてと」
とはいえ、だ。
レイスとて何も準備していないわけではない。こんなこともあろうかと、ポーション用の薬草のほかにも普通の花を育てていたりもする。少しは外観を華やかにするのに役立つだろう。
店の商品(予定)を書いた立て看板なども用意しているし、それなりに整えることはできるはずだ。
レイスは早速外に花を運び出す。ルリメスはまだ素材の整理をしているらしく、一人での作業だ。と言っても、表に大量の花を並べるわけにもいかないので、そこまで手間のかかる量ではなかった。
「よっこいせ」
植木鉢を店の前に置き、一息つく。
「そうだ」
レイスは植木鉢に近づき、蔓に手を触れさせる。
「『変形』っと」
錬金術を使用すると、蔓の形がどんどん変化していく。
やがて蔓は器用にも瓶の形へ変わった。植物を使ったアートだ。デザインとしては割と秀逸と言える。
「俺ってまさか天才か……?」
自己肯定感が高い男、レイスである。
とはいえ、確かに先程までと比べると遥かにオシャレな空間だ。これなら少しは人の目を引くだろう。錬金術師から庭師へ鞍替えするのもいいかもしれない、などと身も蓋もないことを考えていると。
「あ、レイスさーん!」
聞き覚えのある声で呼びかけられる。反射的に振り返ると、笑顔で手を振るシルヴィアの姿。その後ろには同じく微笑を浮かべたラフィーもいた。
「何やってるんですか?」
「おー、ちょうど今、外観を整えてたんだ。店をやるとなったら、元のままじゃ目立たないし」
「なるほどー……へぇ、可愛いですね、これ!」
シルヴィアは今しがた作られたばかりの蔓でできた瓶を指差す。
「だろ? 自信作だ」
「これ、レイスが作ったのか?」
「錬金術でだけどな。なんなら今から作ってみようか?」
「へぇ、見せてくれ」
レイスは言われた通り、目の前で瓶の形を作ってみせる。
「おおっ、地味ですけど凄いですね」
「ハッキリ言うなぁ」
レイスは思わず苦笑。さっきまで自分のことを天才だと思っていたことは内緒だ。
「ほかには何か飾らないのか?」
「いや、まだ色々あるぞ」
レイスはそう言って中に入ると、ランタンを手に持って戻ってくる。しかし、ただのランタンではない。
中には火が灯っているのではなく、橙色に光を放つ液体と植物が入っている。
「これはいつぞやに二人にあげたリンネの実とソソギ草の組み合わせの明かり。飾り代わりには丁度いいと思ってさ」
そう言ってレイスは壁面にランタンを取り付ける。
「まあほかには立て看板やらも用意してるんだけど、問題は店名が決まってないことなんだよ」
「確かに店を開くとなったら名前は必要だな……」
「そんで師匠と考えてみたんだけど、中々良いのが思いつかなくてさ。後回しになってるんだ」
「なるほど」
「というわけで、二人に助言を貰えればと思ってるんだけど……」
両手を合わせて苦笑するレイス。
「まあ、それくらいなら……」
「いいですね、一緒に考えましょう!」
特に用事もなかった二人は、快く了承する。
「助かる。立ち話もなんだし、中で話そう」