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70 『審査』

 アメリアに案内されるまま、レイスはギルドの二階へ。幾つかの扉を通り過ぎたあと、錬金術のための道具が並ぶ部屋に通される。


「少し待っていてくださいね」


 そう言い残して、アメリアはトテトテと小走りで部屋を出ていく。


「ギルドにもこんな部屋があったんだな」


 レイスは部屋を見渡しながら一分ほど待つ。すると、アメリアが同じギルド職員を一人連れて戻ってきた。


「お待たせしました。この方が審査役です」


 アメリアの隣に立っているのは、眼鏡をかけた三十半ばの穏やかそうな男性だ。落ち着いた喫茶店のマスターでもやっていそうな雰囲気である。


「どうぞよろしくお願いします。キールと申します」

「レイスです。よろしくお願いします」


 キールから差し伸ばされた手を取り、握手を交わす。


「では私はレイスさんの手続きの書類の用意をしてくるので、キールさんよろしくお願いします」


 アメリアはぺこりと頭を下げて部屋から立ち去る。

 残されたレイスは、キールに示されるままソファに腰掛けた。


「あのー、俺、まだ審査終わってないのに書類を用意してもらって大丈夫なんですかね」


 ふと疑問を口にすると、キールは穏やかな笑みを浮かべたまま頷く。


「アメリアさん曰く、レイスさんならまず間違いなく審査はクリアするので大丈夫、とのことです。凄腕の錬金術師とは私も聞いています」

「なんというか、気恥ずかしいですね……」


 真正面から称賛の言葉を受け、レイスは苦笑する。これで審査に落ちでもしたら笑えないが。


「それで、審査って何をするんですか?」

「ちょっとしたペーパーテストと、ポーション作製をお願いします」

「ペーパーテスト……」


 ポーションを作るとは聞いていたが、ペーパーテストは想定外だ。それなりに知識を蓄えているレイスではあるが、あくまで錬金術に関することだけである。


 それ以外の分野の問題が出ようものならお手上げだ。


「では早速、ポーション作製の方からお願いします」

「あ、はい」


 ――まあ、なるようになるか。


 諦観めいた考えで思考を放棄するレイス。開き直りとも言う。


 そんなレイスの前に、道具と薬草が差し出される。薬草はラム草という止血効果を持ったありふれた素材だ。これを使ってポーションを作れということだろう。


「では、私は完成するまで他の仕事をしていますので、終わったら声をかけてください」


 キールは審査役だけあって、錬金術にも薬学にも精通している男だ。故に、ポーション作製には時間がかかることも知っている。その間何もしないわけにもいかない。そう考えたキールだったが。


 ふと、目の前で光が漏れる。


「え?」


 そんな間抜けな声が自然と出るが、キールの思考はそんなことを気にしている暇はなかった。目の前に、有り得ない光景が広がっているのだから。


 キールの前にいるレイスの手に握られているのは、赤い液体が詰まった瓶。それは紛れもなくポーションで。


 キールは目を点にして、レイスの手に握られているポーションを眺め続ける。


「え、えーと……終わったんですけど……」


 レイスは注がれ続ける視線に耐え切れなくなり、ぎこちない笑みを浮かべながらポーションをテーブルの上に置いた。キールの視線もそれを追う。


 やがてキールはわなわなと肩を震えさせ――


「お、終わったって、まだ数秒しか経ってませんよ!? いつ終わらせたんですか!?」

「それは道具とラム草を受け取ってからで……」

「いくら凄腕の錬金術師といっても速すぎますよ!!」


 勢い凄まじく、キールの眼鏡がズレ落ちている。久しぶりに他人のこういう反応を見た気がする、などとレイスが考えていると、キールはテーブルの上のポーションを素早く手に取った。


「最上級ポーション!? どうしてこんな高品質のものがほんの数秒で作れるんだ……! 有り得ない、一体どうやって……」


 ズレた眼鏡を直しながら何事かブツブツと呟いていたキールは、やがて頭を抱え出す。最初に穏やかそうという印象を抱いたが、それとは程遠い姿だ。


 どう声をかけるか、レイスが躊躇っていると。


「レイスさん、失礼ですが年齢は!?」

「じゅ、十八ですけど」

「成人はしていない……しかし、この実力なら……」


 顎に手を当て、興奮気味に考え込むキール。置いてけぼりのレイスは、膝に手を置いて彫像のように固まっている。できれば早いところ審査の結果を伝えて欲しいのが本音だ。


「レイスさんなら学院の講師も……いや、それどころかギルドでも……」


 尚も一人で盛り上がり続けるキールはどうやらレイスの将来設計を勝手にしているらしく、色々な場所の名前を挙げていた。レイスはこのままだと収まりがつかないと判断し、声をかける決意をする。


「あ、あのー、結局審査の方は……」

「あ……そ、そうでしたね」


 レイスの声かけによってようやく我に返ったキールは、ゴホンと咳払い。隠し切れなかった動揺を抑えつける。心なしか、少し恥ずかしそうだった。


「問題ないです。あとはペーパーテストだけして頂ければ」


 キールは道具を片付け、用紙とペンをレイスの前へ。悩みながら問題を解き始めたレイスを見て、ようやく落ち着いたように息をつくのだった。



 ***



「終わりましたかー……ってあれ、キールさん、随分と疲れてますね」

「目の前であんなものを見せられてしまえばね……道理でアメリアさんが審査のクリアを疑わないわけだ」

「あははは……お疲れ様です」


 アメリアは何があったのか大体察して、空笑いを浮かべるキールへ苦笑を向ける。


「さて、私はこれで失礼するよ」

「はい、ありがとうございました」


 役目を終えたキールが部屋から出ていくのを見届けたあと、視線をレイスの方へ。


「レイスさんもお疲れ様です。それで結果のほうは……」

「問題ないらしいです」


 多少の不安があったペーパーテストは、幸いにもなんとかレイスの知識でも対応可能な問題だった。特定の素材の保管方法や加工の仕方など、錬金術に関することが多かったのだ。


「……まあそうですよね。書類の準備ができたので、後はこちらのご確認と記入をお願いします」

「分かりました」


 何枚かの書類を手渡されたレイスは、難しい表情をしながら内容に目を通す。記入するべき書類も中々多く、少し時間がかかりそうだ。


 レイスの記入が終わるまで手持ち無沙汰となったアメリアは、机の上に置かれたままのポーションを見る。審査をクリアするためだけに作られたものだが、完成度は非常に高い。濁りなど一切ない、真っ赤なポーションだ。


「改めて見てもすごいですねー」


 才能に年齢は関係ないが、それでもこの若さで一つの分野に関する技術を極めているのは驚嘆に値することだ。エリクサーを作れるのがまだ成人さえしていないと言って、誰が信じるだろうか。少なくとも、錬金術に関する知識を欠片でも有しているのならば、馬鹿馬鹿しい話だと一笑されるのがオチだ。


 アメリアはレイスの規格外っぷりを再確認。


 書類に筆を走らせるレイスを見て、ふとあることを思い出す。


「そういえばレイスさん、ラフィーさんへのプレゼント、喜んでもらえましたか?」


 唐突な問いにレイスは一瞬だけ考える素振りを見せると、何故か焦ったような表情を見せる。


「は、はい。喜んでもらえましたよ」

「そっか、それは良かった。私が選んだものはどうでした?」


 瞬間、レイスの脳裏に蘇るのはキメラのような容貌の人形。渡すどころか見せることすらしていない代物だ。今でも部屋の隅にひっそりと存在している人形は、捨てるにはあまりに忍びなかった。


 レイスは内心でアメリアへ平謝りする。


「も、もちろん喜んでもらえました!」

「良かったー!」


 嬉しそうに笑うアメリアを見て、レイスは逆に心にダメージを負う。ただ、この笑顔が守られるなら嘘をついても構わないとも、同時に思うのだった。罪悪感から胸を押さえて苦しそうなレイスを見てアメリアが首を傾げるが、真実が告げられることはない。


「……よし、できました」

「はい、お疲れ様です。記入は……大丈夫ですね。お渡しする書類などもあるので、また一週間後にでも来てください。あ、お店はもう始めてもらって大丈夫です」

「了解です」


 ひどく疲れた様子のレイスは不思議そうな表情のアメリアに見送られ、ギルドを後にした。


「さてと、次は……」


 疲れてはいるものの、まだ行く場所がある。レイスは次の目的地に向けて歩き始めた。

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