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67 『策謀』

 闇が色濃くなり、青々とした月の明かりが注がれる深夜。ひとたび月が雲に隠れると、たちまち世界は暗黒に包まれる。


 リンフォールド家の館の一室では、頼りなく揺れる蝋燭の光だけが灯っていた。炎の燃える音が控えめに響くと、一室の主は雲に隠れてしまった月を眺めるのを止める。


 窓際から離れ、優雅な所作でソファーへ腰掛けた。主はゆっくりと息を吐き、視線を部屋の扉の前へ。正確には、そこに静かに立っている己の従者へと向ける。


「報告を」


 主から手短に伝えられた要求に従者は恭しく頷く。


「本日はS級冒険者二名と共に冒険者ギルドで依頼を受け、森に行っていました」

「S級冒険者……? それで、何か分かったか」

「スライムを狩っていただけのようですし、特には」


 平坦な声で告げられた芳しくない報告に、主は忌々しげに舌打ちをする。


「手出しは?」

「S級冒険者二名と親しい様子でしたし、一人は私の存在に気付いていた節があります。警戒もしているでしょうし、難しいかと」


 的を射た冷静な分析。


 しかし主にとっては気に入らないようで、忙しなく片足を動かしていた。コツコツとリズミカルな靴音が静かな一室に響く。


「セスのやつも平気な顔をして帰ってきやがったし……ああ、苛つく」


 灰色の髪を乱暴に撫で、主は大きく息を吐き出す。高圧的な態度のまま、濁った目を従者へ向けた。


「とにかく、監視は続けろ。多少無茶をしても構わないから、隙があればお前の判断でやれ」

「分かりました」


 従者は礼をして、部屋を出る。


 扉の閉まる音が響いたあと、部屋の主――オルダは機嫌の悪さを滲ませて鼻を鳴らした。




 ***




 レイスたちが杖の試し打ちをした翌日。

 レイスの家には事前に約束をしていたセスの他に、ラフィーとシルヴィアの二人がいた。


 と言っても、ラフィーたちは完成した剣を受け取りに来ただけだが。


「はい、これ……!」


 レイスが重そうに差し出したのは、黒と銀色で構成された鞘に入った剣。ラフィーの要望に沿って作ったので、そこそこ筋肉があるレイスでも両手で支えるのが精一杯だ。


 レイスが苦労して持ち上げた剣をラフィーは表情も変えずに受け取る。


「軽く振ってみていいか?」

「ああ、違和感がないか確かめてみてくれ」


 レイスたちはラフィーから距離を取る。


 それを確認して、ラフィーは片手で鞘から剣を抜いた。

 刀身は銀一色で、柄の部分はラフィーの髪色と同じく赤色。見た目はシンプルで、しかし不思議な威圧感を与えてくる。


 ラフィーは神妙な表情で剣を眺めたあと、構えを取る。


「ッ!」


 薄く息を吐き出し、一閃。

 目にも留まらぬ速度で振りぬかれた剣は、ちょっとした風を発生させた。


 ラフィーはレイスたちが見守る中で鞘に剣を収め、満足気に微笑んだ。


「良い剣だな。ありがとう」

「やっぱり本職が持つと様になるな。気に入ってくれたなら良かった」


 製作者であるレイスもこれで一安心だ。

 ラフィーは嬉しそうに剣を腰に差す。


「それじゃあ、私たちは依頼を受けてくるよ」

「ああ、気をつけてな」


 ラフィーとシルヴィアを見送り、その場にはレイスとセスのみになる。ちなみにルリメスは二日酔いで寝込んでいる状態だ。昨日、一人で酒場に行って飲みすぎてしまったとのこと。


「さて、俺たちも依頼の続きをしますか」

「そうだね」


 レイスはやっとの思いで手に入れた燈銀を鞄から取り出す。ここから晶竜を救う手立てを考えなければならない。


「とりあえず、融点と凝固点を調べてみるか」


 鞄から魔道具を取り出し、実験の準備を整える。

 さて、本腰を入れて始めようか、というとき。


 突然、部屋の明かりが消える。

 ただ、まだ日中なので真っ暗というわけではない。窓から差し込む光だけが、部屋の中を照らす。


「どうして明かりが……」


 レイスの家のものは基本的にすべて魔道具だ。その動力は魔石から送られる魔力であり、魔力が切れない限りは動き続ける。あとはスイッチのオンオフで自由に操作可能だが、今は誰もそんなことはしていない。


 魔石側の誤作動かと一瞬考えたが、明かり以外の魔道具は動いていることに気づく。つまり、魔石側の問題ではない。


 思わずレイスが訝しげな表情で天井の明かりを見つめていると。


「レイスっ!」


 突然セスに突き飛ばされ、レイスは思いっきり尻餅をついた。突然の行動に眉をひそめて顔を上げると、レイスのすぐ後ろにあったハンモックが真っ二つに切り裂かれている。


 もしセスに突き飛ばされていなければ、ああなっていたのはレイスの方だ。


 想像をして、身震いする。


「僕たち以外に誰かいる! それも、魔法で攻撃してきてる!」

「誰かいるって、どこに!?」


 今は工房の中でも実験用兼生活スペースの部屋にいる。それなりの広さがある室内を見渡しても、誰の姿も見当たらない。


「多分魔法で姿を隠してる! 相当な魔導師だ!」

「そんな魔法もあんのか!?」


 レイスが驚愕の声を飛ばすと同時に、ヒュッと風を切る微かな音が発生。慌てて回避行動を取ると、壁や床に次々と傷がつく。


「どうにかならないのか!?」

「任せてくれ!」


 セスは風の刃を避けた直後、圧縮した水の球を何もない空間へ放つ。すると、ドゴッと鈍い音が響き、何もいなかったはずの空間に人が現れた。


 黒いローブに、顔は真っ白な仮面。低い姿勢で、腹部を片手で抑えている。どう見ても不審者全開の格好に、レイスとセスは身構えた。


 仮面の人物はゆらりと立ち上がると、そのまま素早く距離を詰める。片手には、いつの間にか黒塗りのナイフが握られていた。


「魔法だけじゃないのか……!」


 セスは慌てて魔法を放とうとするが、その前に仮面の人物の右足が鋭く伸び、セスの腹部に突き刺さった。抵抗もできずに吹き飛ばされたセスは、苦悶の表情で床を転げる。


「セス!」


 レイスは咄嗟に仮面の人物とセスとの間に割り込んだ。しかし、仮面の人物はセスへ追撃はせず、方向転換。その先にあるのは。


「狙いは燈銀か……!」


 狙いに気づいたものの、制止は間に合わない。思わずレイスは表情を苦悶に歪め――


「はい、動かないでねー」


 間延びした声がレイスの耳に届くと、仮面の人物の手の動きがピタリと止まった。よく見れば、仮面の人物は何かを堪えるようにぷるぷると身体を震えさせている。


 横から伸びた手が、ひょいとナイフを取り上げた。


「……助かった、師匠」

「いえいえ」


 仮面の人物の行動を阻止したのは、ルリメス。今、仮面の人物は重力魔法によってその場から一歩も動けないでいる。


「大丈夫か、セス」

「うん、大丈夫……」


 痛みはあるものの、特に傷はないセス。レイスの手を借りて立ち上がる。


「それで、これどういう状況ー?」

「さぁ、俺たちもよく分かってない。急に明かりが消えたと思ったら、魔法で襲われたんだ」

「ふーん、とりあえず顔は確認しておこうか」


 ルリメスは動けないでいる仮面の人物へ近づくと、顔を覆う仮面を手に取った。

 仮面の下は、男。年齢は三十代前半といったところだろうか。頬に目立つ大き目の傷がある。


 セスはその男を見て、大きく目を見開いた。


「お前は……確か、家の」


 見覚えがあった。

 リンフォールド家に仕える従者のうちの一人だ。頬の傷が印象的だったので、セスの記憶の中に残っていた。


「どうして僕たちを……!」


 セスはつい男に詰め寄るが、男は口を開こうとしない。チラリとセスに視線を向け、すぐに興味を失ったように目を閉じる。


「セスの家の人間なのか?」

「僕の家の従者の一人だ。……もしかしたら、オルダの差金かもしれない」


 セスの中で心当たりのある要因は、それくらいしかなかった。というか、それ以外に理由は存在しないだろう。


「どうする?」

「……とりあえず、先に実験の方を進めよう。妨害の失敗がオルダに知られたら、また何かしてくるかもしれない」

「了解。師匠も手伝えよ」


 嫌そうな表情のルリメスだが、拒否権はなかった。


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