66 『試し打ち』
書籍1巻に3刷り目となる重版が決定致しました。これも読者の皆様のお陰です、ありがとうございます。1月25日には2巻が発売されますので、そちらもよろしくお願いします。
喧騒が響く冒険者ギルド。
新しく入った依頼や王国内に現れた魔物の情報、見目麗しい受付嬢を口説く声などが雑多に飛び交う。
声が絶えないギルド内をレイスたち三人は慣れた様子で進むと、依頼が張り出されている掲示板の前へ。腕を組んで、用紙を眺める。
「んー、どうする?」
レイスたちがこの場に来たのは、もちろん依頼を受けるため。どうせ王都の外に出るのだからそのついでに受けていこうという話になったのだ。
とはいえ、目的はあくまで試し打ちなのでそこまで難しいものを受けつもりはない。遠出をするつもりもない。
「これとかどうですか?」
シルヴィアが指を差したのは、王都近辺の森のスライムの討伐。駆け出し向けの依頼なのでそこまで難易度は高くなく、危険性も低い。
理由的な依頼だ。
「そうだな」
ラフィーの同意も得て、三人は依頼書を受付のアメリアのところへ。アメリアはいつものように依頼の手続きをしようとして、その内容に首を傾げた。
「スライム討伐、ですか」
S級冒険者のラフィーたちにとっては珍しい、難易度の低い依頼。何年ぶりに見るだろうか、といった感じだ。
「はい、今日は少し試したいことがありまして」
「試したいこと?」
「レイスさんから新しい杖を作ってもらえたんです。その試し打ちですね」
シルヴィアははにかみながら真っ白な杖を見せる。なるほどとアメリアは頷くと、次いでレイスへチラリと視線を向けた。
意味ありげなその行動に、レイスはつい反応してしまう。
「……何か?」
「いいえ」
アメリアは明らかに何か言いたげだったが、澄ました表情で横に首を振る。内容に予測がついてしまうレイスも、追及することはなかった。
「依頼の受理、完了しました。では、お気をつけてください」
「ありがとうございます」
微笑むアメリアに見送られ、レイスたちは背を向けた。
……小さくサムズアップをしていたのは、見なかったことにする。
「……?」
冒険者ギルドを出る直前。
ふとラフィーは、バッと後方を振り返った。突然の行動にレイスとシルヴィアは目を丸くする。
「どうしたんだ?」
「……いや、なんでもない。多分、気のせいだ」
そう言いながらも、前へ向き直るラフィーの表情は曇ったままだった。
***
燦々と光を振りまく太陽は、森の中さえも明るく照らす。木々は青々しく繁り、夏の訪れが近いことを感じさせた。
パキッと枝を踏み折る音を響かせながら、レイスたちは森の中を進む。
「そういえば、ラフィーとシルヴィアって俺以外によく喋る異性とかいないのか?」
「急にどうしたんだ」
「いや、アメリアさんから話を聞いたからさ。ちょっと気になって」
「まあ、確かに……その通りかもしれないな」
義務的な会話をすることはあれど、よく喋るとなると他に特に思いつく人間はいない。シルヴィアも同じようで、首を縦に振って同意を示している。
「なんか意外だな」
「まあ、そもそも同年代でパーティーを組めるような人もほとんどいなかったからな」
「あー、確かにそれもあるか」
歳が離れているからといってパーティーを組めないというわけではないが、それでも同年代の方が気軽というのは事実だろう。
それに、ラフィーとシルヴィアの場合は実力が突出しているので、パーティーのメンバーを増やす必要がないという側面もある。
基本は依頼を受け、こなすことを繰り返す生活。誰かと知り合う機会もそこまで多くはなく、現在に至るというわけだ。
納得の意を込めてレイスが頷いていると、少し開けた場所に出る。そこには、今回の依頼の目的であるスライムが五匹いた。
緑色の粘液状の身体を緩慢に動かして、落ちている葉や枝をにゅるりと取り込んでいる。一見無害そうにも見えるが、魔物だけあって人間を襲う。
「なんだっけか、スライムは魔法、物理どっちにもそこそこ耐性があるんだっけ。弱そうに見えるけど」
「と言っても、ある程度までだ。剣を速く振れば斬れる」
「根性論みたいな考えだな……」
レイスが剣を振ったところでまず間違いなくダメージは入らない。ラフィーだからこそ言えることだろう。
「ま、今回は剣じゃなくて杖の試しだ。そこそこの性能はあるはずだから抑え目でいこう」
「分かりました」
杖は『魔法強化』ほどの性能はないが、それでも十二分に魔法の威力を向上させる。最初から加減無しで魔法を放てば、何が起こるか分からない。
「それじゃあ、いきます」
シルヴィアは少し緊張した面持ちで杖を構え、息を吸い込む。
そして、魔法を発動した。
選んだのは、初歩的な風魔法。
小さな風の刃で対象を切り裂くというものだ。熟練の魔導師が使用すれば魔物一匹くらいなら真っ二つにできるが、それでも範囲的に一匹が限界である。
……そのはず、なのだが。
杖から発生した風の刃はどんどん膨らみ、スライムの元に到達する頃には五匹すべてに直撃する大きさになっていた。
突然の魔法にスライムは慌てて避けようとするが、叶わず。五匹とも真っ二つに分断され、息絶えた。
風の刃はそれでも勢いを衰えさせることなく、森の木々に衝突する。そのまま何本か切り倒し、ようやく消失した。
意図せず、環境破壊をする結果となる。
音を立てて木々が地面に倒れる中、レイスたちは無言で顔を見合わせた。
「……やっぱりちょっと威力高すぎませんか?」
「まあ、気軽に火力が高い魔法を使うのはやめよう……森が消える」
この場で火魔法を使った日には、瞬く間に森は火の海に包まれるだろう。やはり、扱いには気をつけなければならない。
「どうする、まだやるか?」
「まあ、依頼を終えるまでにしましょうか」
「了解」
そう言ってシルヴィアは真っ二つにされたスライムへ近付き、体内に存在する核を取り出した。これを提出することで、依頼達成の証となる。
レイスも手伝い、オレンジ色の核を麻布に入れる。
レイスは回収を終え、ふとラフィーを見た。彼女は訝しげな表情をして来た道にじっと視線を注いでいる。
「どうしたんだ、ラフィー」
「いや、何か……視線を感じた気がしたんだ」
「視線?」
レイスは思わずシルヴィアの方を見る。シルヴィアはふるふると首を横に振り、否定を示す。レイスも、視線らしきものは感じなかった。
「まだ感じるのか?」
「いや、私が振り返ったと同時に消えた」
「もしかして冒険者ギルドのときも?」
レイスは突然ラフィーが振り返っていたことを思い出す。
「あのときは勘違いかと思ったんだけどな……」
人の多い冒険者ギルドならともかく、この場にはレイスたち三人しかいない。間違いなくレイスたち、もしくは三人の内の誰かを見ていた。
「どうします?」
「次に視線を感じたら私が追う」
「まあ、それなら確実か……」
単純な身体能力の勝負においてラフィーから逃げ切れる存在は貴重だ。少なくとも、そこらの冒険者などでは足元にも及ばない。
「てか、何が目的なんだ」
「もしかしたらレイスさんのエリクサー狙いの方かもしれませんね」
「確かに有り得るなぁ」
苦い表情で一度鞄を盗られかけたことを思い出す。とはいえ、今はラフィーとシルヴィアがいる。レイスから盗むよりも買った方が遥かに楽だ。
「まあ、気にしても仕方ない。とりあえず依頼を終わらせようぜ」
「そうですね」
レイスたちは森を破壊しない程度に杖の実験を繰り返し、同時に依頼も進めていった。
ラフィーが常に警戒はしていたが、結局森を出るまで再び視線を感じることはなかった。