65 『武具作製』
レイスがプレゼントを購入した翌日。レイスの家には、ラフィーとシルヴィアの二人が訪れていた。
「はいこれ、昨日のお礼」
ほい、とレイスが差し出したクマの人形を二人は受け取る。
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとう」
二人とも笑顔で嬉しそうだが、特にラフィーは感動を隠しきれない様子で心底幸せそうな表情だ。人形一つでそこまで、とレイスが思っていると、シルヴィアがひっそりと顔を寄せてくる。
「姉さん、可愛いものとか好きなくせに自分では恥ずかしがって買おうとしないんです。だからありがとうございます、レイスさん」
レイスはそういうことかと一人納得すると同時に、苦笑する。とはいえ、レイスも恥とは違う感情だがある種の覚悟を決めて店へ突撃したのだ。
ラフィーの気持ちも少しだけ分かるような気がした。
ともかく、プレゼントを喜んでもらえて良かったと満足気に頷く。そんなレイスの肩に、ゆらりと幽鬼のように手が置かれた。
闇のオーラを溢れさせてレイスの傍らに佇むのは、ルリメス。
「で、これはなんなのレイ君ー」
ルリメスが恨みがましい声を発しながら持ち出したのは、化物のような容貌の人形だ。一体なんのハイブリッドだと訊きたくなるようなその人形は、レイスによってルリメスへプレゼント――もとい押し付けられたものである。
不満を隠そうともしないルリメスは、どうやらお気に召さなかったようだ。
「いや、俺も欲しくて買ったわけじゃないからさ……」
「だからってボクに渡さないでよー……」
「じゃあもう飾っとこう」
部屋の片隅に設置された人形。深夜に見かけると不気味に映ること間違いなしだ。
「よし、じゃあ二つ目のプレゼントといくか」
「え、まだあるんですか?」
「まあ、流石に人形一つだけっていうのはな。何がいいか考えた結果、二人とも冒険者だし武器とかどうかなーと。まあ、これから作ることになるんだけどな」
魔導師のシルヴィアなら杖、剣士のラフィーなら剣。それぞれ作るのも悪くないのではないかと思ったのだ。
「いいんですか、私は是非!」
「レイスの作る武器か、確かに気になるな」
王都に来てからポーションや魔道具ばかりで、武器類は一切作っていなかった。久しぶりの作業になるが、まあなんとかなるだろうと楽観的な考えである。
「じゃあ作るか」
***
錬金術における武器の作製は、基本的には鍛冶と似た工程を辿る。しかしすべて同じかというとそういうわけではなく、鍛冶に比べるとかかる手間は少ない。
その分難度が高いのは言わずもがなだが。
武具作製用の部屋で槌などを選び、準備を整えるレイス。炉に火をつけているため、レイスとラフィーとシルヴィアはローブなどを脱いで薄手の格好だ。
ちなみにルリメスは興味が無いという理由で外へ出ていった。おそらくは酒場へ向かったのだろう。
「まずは剣から作るか。ラフィーから何か要望はあるか?」
「んー、私は斬れ味と強度があれば他に特には」
「まあ、ラフィー自身の基礎能力がとんでもなく高いし、それに耐えられる武器でいいか」
振ってすぐ折れる、自壊する代物でなければラフィーは特に問題はない。基本的には剣術と身体能力でどうにかする人間なのだ。
そうなると、使用する素材とあとはレイスの腕次第となる。
「参考に今の剣を見せてくれ」
「ああ」
レイスは両腕を差し出してラフィーから剣を受け取り、その重量に驚く。
「お、重いな」
「軽すぎると振っている気がしないんだ」
「そうか」
重量、刀身と持ち手の厚み、長さ、形状を調べて出来上がりを頭の中に思い浮かべる。
「素材は……そうだな、オリハルコンでいいか。重量も足りるはず」
「ちょっと待て、そんな貴重なもの使っていいのか……?」
「まあ、俺はそこまで使わないからなぁ」
魔道具作りに関する鉱物は多用するが、武具に関する鉱物は滅多に使用しない。そのため、余るとまではいかないものの、余裕はある。
「よいしょっ」
火をつけた炉に木炭とオリハルコンを入れ、熱せられるまでしばらく待つ。折を見て温度を上げ、抽出されたオリハルコンを取り出した。
それを再び加熱し、レイスは槌を持ち出す。
ここからが、少し鍛冶とは違う点。
レイスは通常の鍛造とは違って、何度も槌を振り下ろす必要がない。
「『材質強化』」
槌が薄く青白い光に包まれると、オリハルコンへと振り下ろす。カァンと甲高い音が響き、大量の火花が宙へ散った。
打ち付けられた槌からオリハルコンへと光が移り、吸収される。レイスは二、三度それを繰り返すと、一度錬金術を解除。
ここからは、刀身の形へ整えていく作業だ。
「『変形』」
レイスは槌で叩きながら、錬金術によってもオリハルコンの形を変えていく。オリハルコンは見る見るうちに刀身の形へ整えられていき、やがてレイスは槌を持つ手を止めた。
刀身の形となったオリハルコンを持ち、水の中へ入れる。ここから、一先ず常温まで冷えるのを待つ。
「とりあえず、待つ間に杖の方も作るか」
「なんだか、随分作業が早い気がするんだが……」
「まあ、錬金術で補助してるからな。さて、シルヴィアから何か要望はあるか?」
「そうですねー、移動の邪魔にならない程度の重さのものであれば大丈夫です」
魔導師が持つ杖というのは、魔法の発動を補助する以外に威力の増大の役割を担っている。故に、杖には魔力の通りやすい鉱石が使われることが多く、どうしても重くなってしまうのだ。
レイスはシルヴィアの注文に頷く。使用する素材は、最初から決めていた。
「ミスリル……」
「魔力伝導においては一番だからな」
あっけらかんと貴重な素材を出すレイス。ストックがあるからこそ出来る行為だ。
「さて、まあ杖の場合は魔力の出口に気を遣わないといけないわけだけど……」
杖を作るのには、剣のように槌を振ったりする必要性はない。
最も重要なのは、杖に通した魔力が出ていく場所。つまり、魔力を高める場所だ。一般的にはそこに魔石を取りつける。
しかし、今回レイスは魔石を使うつもりはない。
「『変形』っと」
ミスリルに錬金術を使い、一分ほどで形状を杖へと変える。全長はそこまで長くはなく、腰に差せる程度だ。
レイスはそこで鞄から赤い粉末が入った瓶を取り出した。赤い粉末の正体は『魔法強化』の指輪の作製にも使用された、赤々晶の粉末。
「それは?」
「『魔法強化』の指輪を作るための素材。こいつを……」
レイスは杖の先端の形を弄り、砂時計のようにする。そこに赤々晶の粉末と聖水を流し込むと、蓋をした。
「シルヴィア、ちょっと持って重さを確認してみてくれ」
「はい」
シルヴィアはレイスから杖を受け取ると、少し振ったり上下に動かしたりして感触を確かめる。
「大丈夫です」
「よし、なら滑らないようにテープを巻いてっと」
持ち手の部分にテープを巻き、杖が完成する。
時間にして十分もかかっていない。剣に比べれば手間は圧倒的に少ないが、その分素材を消費している。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
不思議そうな表情でレイスから真っ白な杖を受け取るシルヴィア。イマイチ杖が出来たという実感が湧かないのだろう。
「まあ、ラフィーの剣はもうちょい手間がかかりそうだし……今からシルヴィアの杖の試し打ちでもしてみるか?」
「えっ、いいんですか!」
シルヴィアはパアッと表情を輝かせ、頬を上気させる。
「ラフィー、剣は明日でもいいか?」
「ああ、私は大丈夫だ」
「了解、なら行こう」