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63 『センスの違い』

 火山から帰ってきて数十分。


 元々、護衛役としてついてきてもらっていたラフィーたちはすぐに自宅へと戻っていった。今回のお礼に関しては、またあとでレイスがするつもりだ。


 ルリメスは疲れからか、早々にレイスの家に引きこもった。


 残ったレイスとセスの二人は外に出ている。


「もう二度と行きたくないな」

「同感だ」


 セスの家の方向へ歩きつつ、軽く雑談を交わす。そのほとんどは、つい先程までいた場所への愚痴だ。


 魔物に襲われたり、高所から落下したり、虫の大群と出会ったり。振り返ってもろくなことがない。


「そういえば、セスは大丈夫なのか」

「ん、何が?」

「いや、さ。弟に邪魔されてたんだろ? なら、その……」


 レイスは少し言いづらそうに言葉を濁した。他人の家庭環境にどうこう言うのははばかられる。レイスの煮え切らない態度を見て言いたいことを察したセスは、困ったように笑った。


 考えを言い難いというわけではなく、自分でもどうすればいいか分からない。そんな表情だ。


「まあ、嫌われてるのは分かってたし、そもそも僕を消すつもりだったのか自体まだ完全には分からないし。そうだなぁ……」


 火山に行く前にオルダから聞いたさようならという言葉。果たしてセスを消すつもりで発した言葉なのか、それともただの嫌がらせなのか。


 結果としてセスは死にかけたが、オルダの真意は判然としない。ただ、もし本当にオルダがセスを消すつもりだったなら。


 どう対処すればいいのか、セスは分からないでいる。


「とりあえず帰って様子を窺うとするよ。少しは何か分かるかもしれないし」

「……分かった。何かあったら言ってくれ」

「ありがとう、そうするよ」

「じゃあ、今日はお疲れ。燈銀の実験は明後日にするから、一応セスも来てくれ」

「了解」


 約束を交わし、二人は別れた。

 レイスは雑踏の中に消えていくセスの後ろ姿を見送り、ふぅと小さくため息。


「何もなけりゃいいんだけど……」


 ようやく出来た同性の友人の心配が募るが、強く立ち入れる問題でもない。円満な解決は難しいにせよ、セスに何かないよう祈るのみだ。


「さてと」


 これからレイスは夕食の材料の買い出しと、ラフィーたちへのお礼を考えなければならない。一先ずはセスのことは頭の片隅に置き、歩き出す。


「ふむ、ラフィーは意外に可愛いものとか好きっぽいからなー。人形関係のものとか、そこらで探してみるか」


 お礼の内容をざっと脳内でピックアップ。それに即した店に入り、店内を見渡す。大き目の人形からストラップのようなものまで、幅広い品揃えだ。


 しかし、およそ男性客はほとんどいないであろう雰囲気に、レイスはつい足を後退させそうになる。


「いや、ここが踏ん張りどころだ、レイス……!」


 鋼の意思で足を引き戻すと、そのままズンズンと店内を突き進む。気分は死地に赴く兵隊だ。


 レイスは不思議そうな店員さんの視線さえものともせず、プレゼント選びへ入る。


「むむむ……」


 真剣な表情をして可愛らしい人形の前で唸る。


 サラマンダーの人形の件で判明した感性の違いもあるので、贈り物にはどうしても不安が残ってしまう。このままでは難航しそうな予感がし、店員さんの意見でも聞こうかと思い始めた頃。


「あら、レイスさん?」


 レイスは誰かに名前を呼ばれ、反射的に振り返る。その先には、桃色の髪が特徴的なギルドの受付嬢、アメリアがいた。ただいつものギルドの服装ではなく、私服に身を包んでいる。


「こんなところでどうしたんですか?」

「ちょっとラフィーとシルヴィアへのプレゼントを考えていまして」

「何々、どういうことなんです?」


 アメリアはレイスの言葉を聞くや否や、興味津々といった様子で瞳を爛々と輝かせる。その様子から彼女がレイスにどんな期待を抱いているのかは、大体察しがついた。


「あくまでお礼の意味で贈り物をするだけですよ」


 釘を刺すように極めて平坦な声で言う。


「なーんだ、そうなんですか」

「なんでつまらなさそうな表情をしてるんですか……」


 半目になって本気で残念そうなアメリア。恐らくはレイスがラフィーたちへのアピールという意味でのプレゼントをすることに期待していたのだろう。レイスとしてはそんな期待をされても困るのだが。


「ラフィーさんやシルヴィアさんと仲の良い同年代の異性ってレイスさんくらいしかいないですから」

「へー、そうなんですか。どっちもS級冒険者だし、人脈は広そうですけど」


 レイスでさえ色々な人物と関わりを持っているのだ。王都での暮らしが長いラフィーたちの人脈は、優にレイスを上回るだろう。


「まあ、ラフィーさんは美人だし、シルヴィアさんは可愛いし、言い寄る冒険者もそれなりにいるんですけどね」

「確かにモテそうですよね。なのに俺以外に仲の良い異性がいないんですか?」

「そうなんですよ! だから私は『そういうこと』なのかなと」


 アメリアの言葉が事実なら、確かに恋仲かもしれないと思われても仕方がない。その場合、ラフィーとシルヴィアどっちとなんだと尋ねたくなるが。


 とはいえ、もちろんレイスとラフィーたちはそんな関係ではない。


「まあ、その辺は直接本人たちに尋ねてください。俺たちは期待されているような関係じゃないですし。というか、そもそもなんでアメリアさんは期待してるんですか」

「だってレイスさんだったら私も人柄は知っていますし、ほら、応援しやすいじゃないですか」

「と言われましても……」

「私の勘違いなのは分かりました。それで、プレゼントは決まったんですか?」

「それが決めあぐねていまして。俺、ラフィーにとっての可愛いものとかよく分からないので」


 アメリアはレイスが悩む姿を思い出したのか「なるほど」と一言。すぐに人の良い笑みを作り、提案する。


「もしよければ手伝いましょうか?」

「いいんですか?」

「はい、なんだか面白そうですし」

「理由がおかしい気もしますけど……お願いします」


 レイスとラフィーたちがそんな関係ではないと知ったばかりなのに、ならくっつけてやろうというアメリアの気概が見られる。


 レイスとしては変な方向に努力しないで欲しいと願うしかない。


「人形を贈ろうと思ってるんですけど」

「確かにラフィーさん、可愛いもの好きですもんね」

「ですね、意外でした」

「ああ見えて、ラフィーさんは結構乙女なんですよ? 間違っても男っぽいとか言っちゃダメですからね。あとで静かに泣きそうですから」


 普段の口調や佇まい、S級冒険者の実力を見て自然と可愛いものなどには興味が無いと思っていたが。その実、女の子らしさというものもかなり持ち合わせているのだ。


 そう考えると、はて、レイスの中で不自然な記憶が蘇る。


「でも、以前にアクセサリーを贈ろうとしたら得意じゃないって断られましたよ」

「…………」

「なんですかその目やめてください」


 口元に手を当て、半目になるアメリア。

 レイスとしては面白がられているのはどうにも不服だ。


「そうですね、真面目に話すと趣味じゃなかったか、もしくは照れていたかのどちらかですね」

「じゃあ、俺の選択が悪かったってことですかね。まあ今回はアメリアさんもいますし、大丈夫なはず」

「お任せを! 心をグッと掴むもの、選んでみせます」

「いや、無難な方向でお願いします」


 レイスの諫言を聞いていないのか、アメリアは張り切った様子で商品を見ている。


 そもそも心をグッと掴む人形なんて存在するのか。レイスよりもラフィーとの付き合いが長いアメリアには、もしかしたら何か見えているのかもしれない。


「これなんてどうですか?」

「なんですかそれ」


 自信たっぷりという風に差し出された人形を見て、レイスは素直な感想を口にした。


 なんと呼べばいいのか、近いものを挙げるとするなら合成生物(キメラ)だろうか。とりあえず色々な動物を混ぜ合わせて作りました、というような雑な出来にも思える人形がアメリアの手に握られていた。


 可愛いかと問われると、決してそうは思わない。


 それは感性の違いとか、そんな問題で片付くような話ではなかった。誰がどう見ても気味が悪いとしか思えない容貌だ。


 レイスはまたアメリアの冗談かと思いつつ彼女の顔を見た。ニコニコと純粋な笑みを浮かべて「可愛いですね」なんて言っている。


「……?」


 これは、もしかして。

 嫌な予感が胸を過ぎる。レイスは試しに可愛らしいクマの人形を手に取った。


「アメリアさん、これとかどう思います?」

「んー、良いとは思いますけど、こっちの方が可愛いと思いますよ。ラフィーさんの心を掴むこと間違いなしです!」


 ――あぁ、ヤバイ人だ。


 意見を聞き入れたが最後、贈り物ではなくなる。正直、嫌がらせだ。少なくともレイスは目の前の化物をプレゼントされて喜べる自信はない。


 ただ、手伝って欲しいと頼んだ手前、意見を突っ撥ねるのもはばかられる。何故か追い詰められたレイスは、ぐぬぬと心の中で唸った。


 何か、解決法はないか……!


「……じゃ、じゃあ二種類買おうと思います」


 レイスが選んだのは、ある意味逃避の一手。言葉で上手くアメリアを言いくるめる自信はなかった。


 ――ごめんなさい、アメリアさん。俺にはその人形を贈る勇気はないです。


 レイスはお手頃サイズの無難なクマの人形を贈ろうと決める。この際、センスがどうだとかは気にするまい。無難が一番なのだ。


「そうですか? まあ、別に一つじゃなくてもいいですしね」

「そ、そうですね」


 無垢な善意に心を痛めながら、レイスはプレゼントを入手した。

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