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62 『プライド』

 信じ難いという思いが込められた声が自然と出る。レイスは女性陣に囲まれてもみくちゃにされているサラマンダーを見て、何とも言えない気分。


 ラフィーなんて目を輝かせてツンツンしている。その姿を見れば、今度何か可愛い人形でも贈ろうかと思う程だ。


 レイスとセスは目を合わせ、肩を竦めた。


『やめろ! 我に触るな!!』

「そういえばなんで声が変わってるんですかね」

「そういえばそうだねー」


 先程まではくぐもった威厳のある声だったが、今は十歳くらいの少年のような声へ変化している。とはいえ、見た目も変わっているので大して違和感は覚えない。


 強いて言うなら、少年のような声で『我』という一人称を聞くとどうにも気が抜ける。背伸びをしている感じが否めないのだ。


 つい先程までレイスたちを排除せんと炎を放っていた存在とはとても思えない。


「それが本当の姿なのか?」

『そんな訳がないだろう、力を使い過ぎただけだ! お前の頭は空っぽか!』

「なんだこいつぶっ飛ばしていいか」


 レイスは人差し指と親指で尻尾を掴んで、笑顔で訊く。威厳のある声に見合った尊大な態度ならともかく、少年のような声で見下されるとどうにも腹が立つ。


 逆さになっているサラマンダーは、抜け出そうと必死に左右に揺れていた。


「可哀想だよ、レイ君」


 眉を下げてサラマンダーをレイスの魔の手から救ったのはルリメス。

 今となっては小さなトカゲにしか見えないサラマンダーへのこれ以上の攻撃は彼女の良心が痛む。可愛いは正義なのである。


 ルリメスはそっとサラマンダーを両手で包み、聖女のように微笑んだ。


『人間如きが我に同情するな、立場を知れ!』


 ガブリと、サラマンダーはルリメスの指に噛みついた。しかし、彼女の聖女のような笑みは崩れない。


 ルリメスは右手でサラマンダーの胴体を優しく掴むと、肘を曲げたままゆっくりと後方へ。


「よし、やっぱりぶっ飛ばそー」

「落ち着きましょう!?」


 笑顔のまま全力の投擲の構えに入るルリメスを、シルヴィアが羽交い締めをして何とか止める。唇を尖らせるルリメスは、渋々腕を下ろした。


 ホッと一息ついたシルヴィアが、サラマンダーを受け取る。レイスやルリメスが持っていると、いつ空中へサヨナラさせてしまうか分からない。


 ちなみにひっそりとラフィーも受け取ろうとしていたのだが……今は切なそうな表情だ。所在なさげな両手が宙を彷徨っている。


「さて、俺たちはこの山にある金属を取りに来たわけなんだが……そのためにはお前がこの山にかけている魔法を解いてもらう必要がある」

『断る。誰が人間なんぞの要求を呑むものか』

「えぇ……この状況でまだそれ言う?」


 一応、追い詰めているのはレイスたちの方なのだが。サラマンダーは決して心を許そうともしなければ、態度を崩そうともしない。かといって抵抗できない相手にこれ以上何かするのも気が引ける。


「じゃあ僕たちはどうすればいい?」

『大人しく帰るんだな!』

「それができたらとっくにそうしてるよ……」


 依頼のために来ている以上、引き下がるわけにもいかない。ここまで来て

 どうしたものかとセスは嘆息する。


「あの、サラマンダーさん。どうにかなりませんか?」

『むっ……』


 シルヴィアが訊くと、サラマンダーは若干言葉を詰まらせた。

 レイスたちが頼んでも即否定の言葉を言っていたにも関わらず。光明を見出したレイスは、この場はそのままシルヴィアに任せることに決める。


「私たち、どうしても手に入れたいものがあるんです。ダメ、ですか……?」


 シルヴィアはコテンと首を傾げ、少し悲しげな表情を見せる。潤んでいるようにも見える真っ赤な瞳に、サラマンダーの姿が映りこんだ。

 サラマンダーはしばらくぐぬぬと唸ると、やがて大きなため息をつく。


『……手に入れたらさっさと出て行くがいい』


 尻尾をくるりと丸め、投げやりな声で言い放つ。それでも、許可は降りた。

 山全体を包んでいたサラマンダーの力は消え、自由に魔法が使えるようになる。試しにルリメスが魔法を使うと、問題なく水を生み出せた。


「ありがとうございます、サラマンダーさん!」

『やめろ、頬を押し付けるな!』


 シルヴィアの手の中でもがくサラマンダーは、すぽっと脱出。華麗に地面へ着地すると、スススと素早く姿を消した。


『いいか、余計なことはするなよ』


 釘を刺す言葉を残して、サラマンダーの気配は完全に消える。


「……なんか釈然としないな。なんでシルヴィアの言葉は通じたんだ」

「態度の違いじゃないか? シルヴィアは敬語が多いし」

「あー、あの偉そうな精霊様だと有り得そうな理由だな……」


 殺意を剥き出しにしてきた相手に敬意を払うのは無理があるような気がしなくもないが。ともかく、これでようやく目的を達成することができる。


 レイスたちはホッと息をつき、燈銀探しを始めた。




 ***




「はえー、こんな場所あったんだ」


 壁を穿つようにしてぽっかりと開いている洞窟のような穴。薄暗く続く道を見て、ルリメスは光の球を生み出す。ふわふわと空中を漂う光の球が、闇の中を先行する。


「ここにあればいいんだけどな」


 燈銀を探し始めてかれこれ一時間以上経つ。しかし、一向に見つかる気配はない。そろそろ疲労もピークを迎え始めているので、早いところ見つけ出したいのが本音だ。


「気をつけないと転びそうだな」


 ルリメス、レイスの後ろから続くラフィーはゴツゴツと凹凸のある地面の上を慎重に歩く。転びやすい上に、転んだあとも悲惨な末路を辿ることは想像に難くない。


 雑談の話題も尽き、一行は地面を確認しながら黙々と進む。


 やがて、先頭に立つルリメスが黒い影を視界に捉えた。


「お、あれはもしかして」


 燈銀なのではと期待を膨らませ、手元にある光を影に向かって進ませる。すると、ふと光を嫌うように影が動いた。


 それでもさした広さを持たない洞窟内では、前方数メートル程度なら軽く照らす。影は光に晒され、正体が判明した。


「うっ……」


 ソレを見て、シルヴィアやセスは引きつった声を出した。


 黒光りする身体を持ち、無数の足がもぞもぞと蠢く。獲物を求めるようにチロチロと動く触角は、否応なしに生理的嫌悪感を与えてきた。


 虫だ。壁や地面の凹凸の隙間に、大量の虫がいる。


 得手不得手に関わらず、前方の虫の大群を見て気分が良いと思う人は少ないだろう。例に漏れず、レイスたちは表情を凍らせて硬直。


 足だけがジリジリと後ろへ動く。


 ただ、この場にはそもそも数に関係なく虫がとんでもなく苦手な人間が存在する。


「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「おい馬鹿っ、師匠!」


 全力で叫ぶルリメスの声に反応し、虫が一斉に動き出す。進行方向は、真っ直ぐレイスたちに向かって。先頭のルリメスが一番最初に接触する形だ。


 レイスは慌ててルリメスの手を引こうとするが。


「近寄らないで!!」


 ルリメスが心底嫌そうな表情で二度目の叫びを上げた瞬間。今にも足先に触れそうだった虫の大群が、音を立てて凍りついていく。


 ルリメスの身体から漏れ出た冷気が、無意識に全力で放たれたのだ。壁も天井も容赦なく凍らせ、レイスたちの息が白く染まる。


「ひぃ……」


 ルリメスは目尻に涙を溜めて慌てて後退する。その際、ルリメスの手を掴もうとして中途半端な位置にいたレイスとぶつかった。


「あっ、ちょっ……!」


 よろけたレイスは、そのままドスンと盛大な尻もちをつく。臀部から激痛が全身を駆け抜け、喉がキュッと締まった。


「大丈夫ですか!」


 産まれたての小鹿のようにぷるぷると震えるレイスに、シルヴィアが駆け寄る。レイスは手振りで無事を伝えると、立ち上がろうと足に力を込めた。そのとき、何かが地面を伝っているのを見つける。


「液体、か……?」


 レイスが何かを発見したことに他の面々も気付き、同じく地面を伝う液体を見た。出処はどこだと視線を動かしていき――


「あ」


 地面の窪みにひっそりと存在する黒い鉱物。

 虫の軍勢に目を取られて気付かなかったその鉱物が、ルリメスが放った冷気によって青黒い液体へと変化していた。


「これって……」

「燈銀、だよな」


 凍りついている虫を気にせず、セスとレイスは燈銀と思われる鉱物へ近付く。女性陣は虫を気持ち悪がって、後ろから様子を窺っている。


「なんか変な見つけ方をしたな」

「まあ、確かに気持ち悪かったけど……」

「とりあえず、ようやく見つけたんだ。とっとと回収しよう」


 かれこれ一時間以上も探し続けてやっと発見することができた。苦労も報われるというものだ。


 レイスは空の瓶とスポイトを取り出して、十分な量の燈銀を採取する。しっかりと瓶に蓋をして、満足気な笑みを浮かべた。


「これでよしっと」


 あとはこの燈銀を持ち帰るだけだ。


「よし、燈銀も手に入ったしとっとと火山を出よう」

「そうだね、それが一番だよー!」


 ルリメスの激しい同意に苦笑しながらも、レイスたちは転移によって火山を後にした。

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