61 『正体』
『一体どうやってあの場を……!』
「フッ、優秀な助手の意見を吟味した結果、錬金術で無理矢理突破しただけだ」
レイスは格好つけて髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべる。ただ、優秀な助手認定を受けた当人には不満しかない。
「待て、まさか優秀な助手って僕のことかい? それと無理矢理って言ってる時点でおかしいことにどうか気付いて欲しい」
「細かいことは気にするな」
ビシッと指を差され、セスは思わず言葉を詰まらせる。助手になった覚えはないが、横暴な教授に一つ文句を言ってやりたい気分だ。
『有り得ない、有り得ない! 我が支配するこの火山で錬金術など使える訳がない!!』
「えっ、初耳なんだけど。そうなの?」
「あー、確かに魔法よりはマシだけど錬金術もかなり制限されてるね」
「俺、特に問題なく普通に使えたけども」
レイスとしてはいつもと錬金術を使う感覚は変わらない。制限されていると言われても、イマイチピンと来なかった。
そして、セスは火山全体に衝撃を与えるほどのレイスの暴れっぷりを目撃している。アレで制限されていたのか、と思わざるを得なかった。
「まあ、俺は例外ということでここは一つ」
『そんなことが認められるか!! ええい、馬鹿にしおって……!』
サラマンダーの怒りに呼応して、炎が膨れ上がる。茶番のようなやり取りをしているが、戦力的にはサラマンダーの方に軍配が上がるのだ。
「うーん、俺らは戦う気はないんだけど……」
レイスは困ったように頬をかく。物憂げなため息をつくと華麗なターンを決めて、ルリメスたちの後ろへ。
安全地帯で、まるで指揮官のようにサラマンダーへと指を差した。
「よし、頑張れ師匠たち!」
清々しいまでの他人任せ。ルリメスとシルヴィアは苦笑しながらも先頭に出る。この場においてレイスとセスとラフィーは何も出来ることはない。
精々、サラマンダーを煽ることくらいだ。消し炭にされる覚悟があるならの話だが。
「シルヴィアちゃんはサラマンダーの魔法の相殺をお願い。攻撃はボクに任せてー」
「分かりました」
一言で手順を確認し、じっと攻撃に備える。
サラマンダーの炎が膨れる度に周囲の温度は向上し、比例するように息苦しさも強くなっていく。
レイスの頬を伝った一筋の汗がポタリと地面に落ちた、その瞬間。
『失せろ、人間!!』
サラマンダーの叫びと共に巨大な炎が放たれる。瞬く間に視界は赤一色で染め上げられ、思わずレイスは目を細めた。
薄くなった視界の先では、シルヴィアが落ち着いた様子で魔法を放とうとしている。彼女が付けている指輪の一つ『魔法強化』の効能を持つものが青白く輝いた。
「これって……!」
魔法を放つ直前。
シルヴィアはレイスから貰った『魔法強化』の指輪の力を実感する。
慣れ親しんだ感覚を塗り替えるような、力強い手応え。数字に表せば、恐らくは普段の十倍以上の威力。自然と、頬が引き攣った。
――これは魔導師の立つ瀬がないなぁ。
そう簡単に十倍以上の威力が出せてたまるかと、このときばかりは少し文句が言いたくなった。
熟練の魔導師ほど、この技術は喉から手が出るほど欲しがるだろう。一度きりの使用という制限はあるものの、お手軽に凄まじい火力を放てるのだ。
シルヴィアが感じた手応えを証明するかのように、滝のような水が炎へ衝突した。一瞬の拮抗のあと、すぐに水は炎を呑み込み、噛み砕くようにして押し潰す。
シューという間抜けな音が響くと、視界いっぱいの炎は消えていた。完全な相殺だ。
恐らくはルリメス並の魔導師が全身全霊を込めてようやく発動できるような、そんな威力の魔法。魔法を放った当人であるシルヴィアは、乾いた笑みを浮かべていた。
『…………は?』
サラマンダーはポカーンと口を開け、意味が分からないというように声を漏らす。目の前で、正面から自分の魔法を打ち破られた。
サラマンダーを支えていた絶対的な自信は、すでに見る影もない。周囲の炎はクエスチョンマークとなって、サラマンダーの頭の上をぐるぐると回っている。
「おお、器用だな」
呑気な感想を口にするレイスを他所に、場が膠着する。
「まだやる?」
固い声でルリメスが呼びかける。
サラマンダーはパチンとクエスチョンマークを消すと、全身から炎を溢れさせた。先ほどまでが可愛く見える炎の量。
言葉にするまでもなく、サラマンダーの意志は明確だった。
『加減は止めだ。我を挑発したこと、後悔するがいい』
精霊の本気。
マトモに攻撃を受ければ、確実に骨も残らない。
サラマンダーがその一撃を放つ前に。ルリメスの指に嵌っている『魔法強化』の指輪が輝きを放つ。
「先手必勝!」
手筈通り、シルヴィアが初撃を相殺し、ルリメスが攻撃をする流れだ。
ルリメスの方が基礎能力が大きく上回っている以上、シルヴィアより魔法の威力が圧倒的に高くなることは明白である。そういった理由もあってルリメスは攻撃役を選択したのだが。
先ほどの光景を見て、一つの疑問が浮かんでいた。
もしかしたらオーバーキルになりかねないのでは、と。
それはルリメスの中にある慈悲とも呼べる感情が働いた結果だった。ほんの一秒ほど、レイスの魔道具の餌食になる精霊にそんな憐憫の情を抱いたのだ。
ここでサラマンダーが戦う意志を見せなければ、或いは助かった未来もあったのかもしれない。しかし、依然として炎は大きくなるばかりで。
ルリメスの決断も早かった。
「ま、いっか」
情を切り捨てたルリメスの魔法が、容赦なく放たれる。
――簡単に表現するならば、大瀑布とでも呼べばいいだろうか。
シルヴィアの魔法よりも規模も威力も上を行く魔法は、完璧な制御の下、サラマンダー目掛けて勢い良く突き進む。
『は? いや、ちょっ……!』
魔法の準備をしていたサラマンダーは、突如出現した殺意の塊のような大瀑布に情けない声を上げる。最早、威厳のある態度など欠片も残っていない。
慌てて炎を前方に展開し、渦を巻いて迫る大瀑布を防ごうとする。しかし、炎の防壁は大瀑布と接触した瞬間、まるで何も無かったかのようにかき消された。
『ぬおおおおおお!!!』
盛大な叫び声と共に大瀑布の中に呑まれたサラマンダー。レイスたちが見守る中、やがて大瀑布は薄い霧に変わって消失する。ぽたぽたと水の滴る音が響く中、霧は風に押し流されていった。
サラマンダーはどうなったのか。レイスたちは目を凝らして観察する。
しかし、晴れた視界にはサラマンダーの姿はなかった。
「……あれ?」
「いない、ですね」
特徴的な派手な炎も一つも残っていない。
もしかして存在ごと消し飛ばしてしまったのかと思い始めたとき。ふとレイスは視界の中でひっそりと動く小さな影を捉えた。
赤く細い身体に尻尾のようなものがついており、頭の両脇からは短い角が二本生えている。
「あれって……」
どこか見覚えのある姿に、レイスは首を傾げた。
記憶の中を探り、さした時間もかからずに解答に行き着く。
――火山に来る前に通った村の中で見た、よく分からない人形。それと姿形が酷似している。……というか、ほぼ同じだ。
「おいおい、まさか……」
レイスが人形と同じ姿の生物の正体を察すると同時に、シルヴィアが我慢できないといった様子で駆け出した。慌てて逃亡しようとする生物だが、願い叶わずシルヴィアの手にすっぽりと収まる。
「か、可愛い……!」
『や、やめろ! 離せ!』
少年のような声が発せられたあと、シルヴィアの手の中でモゴモゴと動く。
つまり、今、シルヴィアに容易く捕えられた生物は。
「こいつが、サラマンダー……?」