60 『再落下』
時は遡り、レイスたちがループ状態に陥り始めた頃。
ルリメス、ラフィー、シルヴィアの三人は一様に困り果てていた。
行方知らずとなっているレイスとセスが、未だに見つからないためだ。あの後、すぐに合流のために動き出したのは良かったのだが、途中で問題が発生した。
「いやぁ、レイ君たちどこいるんだろう……」
「今、 どうなってるんですか?」
「なんかねー、火山内にいるのはいるんだけど、魔力の場所がおかしいんだよねー」
「と、言いますと?」
目を閉じてレイスたちの魔力の場所を探っていたルリメスは、ピンと人差し指を立てる。
「この感じ、レイ君たちは空間系の魔法に巻き込まれてる気がする。まあ、魔力が感じられる以上、生きてることは間違いないねー」
「でも、ルリメスさんでも魔法を使えないのに、一体誰が……」
尤もなラフィーの疑問。
ただ、答えは非常に簡単だ。ルリメスが答えを口にする前に、シルヴィアはある人形を手に持つ。
サラマンダーを模して作られたその人形が、答えだった。
「まあ、そういうことだと思うよー。空間魔法を扱える魔物なんてそういないし、となるとサラマンダーしかいないだろうね」
ということは、だ。
レイスたちが敵対行動らしい行動をしていない以上、もし本当にサラマンダーがレイスたちに魔法を使っているのだとしたら。
サラマンダーは既にルリメスたちの敵ということになる。話し合いをするという当初の予定の達成は難しいだろう。
その結論にルリメスたちが至ると同時。
『ここは我の庭だ。我の思うままになるのは当然のこと』
不自然に大気が揺らめいた後、ルリメスたちの前に突如炎が現れる。
虚空から津波のように溢れ出る炎は、瞬く間にその場を埋め尽くした。音を立てて激しく燃え盛る炎は、やがてゆったりと人の形を取る。能面のようにパーツの欠けた顔には、取ってつけたように口のような穴だけが開いている。
姿形だけを見れば、壮年の男性を思わせるだろうか。
炎は道を塞ぐように大きく広がり、ラフィーたちの進路を潰した。
「ありゃりゃ……噂をすればってやつだねー」
じわりと汗を滲ませながら、ルリメスは苦笑する。
ラフィーとシルヴィアも、薄らと汗をかいていた。
レイス手製の魔道具を身につけていても、炎の熱を防ぎ切れていないのだ。息苦しささえ感じる。
よく見れば、サラマンダーの周囲の大気が大きく歪んでいる。それ程までの熱量。
「どうも、初めましてー」
『人間よ、挨拶など不要だ。侵入者へ敬意を払う必要性を感じないのでな』
「あのー、勝手に入ったことは謝るので、話を聞いて欲しいんですけど……」
『興味などない』
素っ気なく拒否されることから、対話する気がないことはすぐに理解できた。ルリメスはいつでも『魔法強化』の指輪を使えるよう準備をする。
「……シルヴィアちゃん、いつでも魔法を撃てるように準備してて」
「はい、分かりました」
「ラフィーちゃんは巻き込まれないよう、ボクたちの後ろに」
「はい」
迎撃の態勢を整え、ルリメスは毅然とした表情でサラマンダーを見る。
「ボクたちはただこの火山の金属を取りに来ただけなんです。できれば、魔法で閉じ込めてる男二人組も出してあげて欲しいんですけど」
『侵入者への適切な処置を取ったまで。我が領域を荒らすことは何人たりとも許しはせん』
サラマンダーは尊大な態度を崩すことなく、またルリメスの言葉を受け入れることもなかった。どうあっても聞き入れる気はないらしい。
――まあ、それならそれでもいいんだけどねー。どうせ勝手に出てくるだろうし。
ルリメスは心中で呟きながら、一つため息。できれば穏便に済ませたかったのが本音だ。何せ、たった一人の愛弟子が今に何を仕出かすか分かったものではない。
「まあ、あの二人を出さなくて後悔するのはそっちだと思うよー」
『はっ、何を思い上がっている人間。この山に入れただけで図に乗るな。我の魔法を打ち破ることができる人間など存在しない。それよりも、自分の身の安全を考えることだな』
「……うん、まあいいや」
絶対的な自信を持っているサラマンダー。自身の魔法が破られるとは欠片ほども考えていない。普通ならそれも当然のことなのだが。
ルリメスたち三人は、レイスという男の規格外っぷりを知っている。ある意味、信用しているのだ。
どのような形であれ、絶対何かやらかすと。
『さて、お喋りはここまでだ。今すぐこの場から消えてもらおう』
サラマンダーは見せつけるようにして手の平に炎を集める。ルリメスの魔法さえも軽く凌駕するその魔法は、触れるだけですべて灰に変えてしまうだろう。
これに対抗するには『魔法強化』の指輪を使うしかない。身構える両者。魔法と魔法がぶつかり合う直前。
――ドスンと、地を貫く衝撃が駆け抜けた。
『何だ!?』
思わずサラマンダーも魔法を中断し、焦った様子を見せる。完全に予想外の事態だ。
しかし、ラフィーたちはすぐに今の衝撃の原因を察する。
「レイ君だねー」
「レイスだな」
「レイスさんですね」
笑顔で錬金術を使う姿がありありと思い浮かぶ。そして恐らくは、それに振り回されているであろうセスの姿も。ルリメスたちは、ご愁傷さまと心の中で合掌。
「さて、レイ君たちは魔法から脱出できたっぽいし、今どこに……」
ルリメスが再びレイスたちの居場所を探ると、先ほどとはまったく違う場所に魔力が感じられた。
具体的に言うと、真上。
「うおおおおお!! どこだここぉぉぉぉ!!! なんで空中なんだ!?」
「だから無茶苦茶するなって僕は言ったんだ!?」
「いや待て、それよりもこのままじゃまずい!! 『衝撃耐性』の指輪を使え!!」
騒がしい声が上空から響き渡る。誰の声かは言うまでもなく、ルリメスたちは三人揃って苦笑。その直後、ルリメスたちとサラマンダーの間にレイスとセスは落下した。
派手な音を立てて着地した二人だが、セスが身に着けている『衝撃耐性』の指輪のおかげで事なきを得る。
「人生で一日に二度もダイビングする羽目になるとは思わなかった……」
「誰のせいだ誰の……!」
「いや、地形変化で出られるって言うからさ。仕方ないじゃん?」
悪びれる様子もないレイス。
セスは黒い笑みを浮かべて圧力をかける。
「僕が諸悪の根源みたいな言い方はやめてくれないかな」
「……まあ出られたし良しとしよう!」
本日二度目のダイビングを終え、二人はゆっくりと立ち上がる。ルリメスたちの方を見て表情を輝かせ、次いで何かに気付いたのか、視線は逆方向へ。
「……ん?」
目を瞬かせ、二度見。
レイスとセスはルリメスたちの方を見て、一言。
「サラマンダー?」
ルリメスたちが頷くのを確認すると、すぐにサラマンダーから距離を取る。
「探すまでもなく出会えてしまった……で、これどういう状況?」
「とりあえずサラマンダーは素直に話は聞いてくれないっぽいねー。レイ君は何してたの?」
「なんかループ空間に閉じ込められたから地形変化させてた。そしたら次の瞬間、何故か上空にいた」
「よく分からない説明ありがとう」
情報とも呼べない情報を交換する中、サラマンダーの感情を表すように炎がわなわなと震える。尊大な態度の割に、思ったよりも分かりやすい。
簡単に動揺が見て取れた。
『な、何故お前たちがここにいる!?』
「まあ、普通に突破しただけなんだけど……てか、なんで俺はサラマンダーの姿が見えてるんだ?」
「そういえば私も見えてるな」
熟練の魔導師でもないレイスとラフィーは、どちらもサラマンダーの姿が見えていた。まあ、本当はサラマンダーが自ら姿を見せているのだが……今のサラマンダーにそんなことを説明する余裕はなかった。
ただの人間に自分の魔法が突破される。本来有り得ないはずの事態に、完全に動きが止まっている。