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56 『精霊話』

 ウルル火山。


 南方に連なるデルクス山脈が誇る最大級の火山であり、有史以前から精霊が棲まう火山としてその地域では崇め奉られていた。この地域の童話などではよく精霊が登場し、子どもが遅くまで出歩いていると『火の呪い』を受けるという脅し文句もあるくらいだ。


 こういった話は大抵は子どもに言うことを聞かせるための眉唾物が多いが、この地域に限っては本当に精霊が存在する。そのため、多少の信憑性はあった。


 そして、そうした童話に限らず、基本的に創作物において精霊は人間より上位の存在――つまり決して勝てない存在として描かれる。特に人に近い形や動物の形を取る精霊は力の強い精霊として強調されることが多い。


 言うならば、この世界の頂点に立つ存在だ。


 ――その一角を担う精霊であるサラマンダーは、敏感な感覚を以て、余所者の侵入を察知した。


 人間の五人組であり、本当に唐突にサラマンダーの住処である火山付近に現れた。


「人の子よ、立ち入ることなかれ……」


 炎が弾ける音を響かせながら、くぐもった声で確かな言葉を発する。サラマンダーは人の形を取っているものの、あくまでも『形』だけだ。あとは顔の部分にのっぺりと口らしきものがあるだけである。


 サラマンダーは何よりも強力な炎を発しながら、余所者への警戒を強めた。




 ***




 一瞬にして景色が切り替わる転移独特の感覚。何度も体験したその感覚に懐かしさを覚えながら、レイスは周囲を見渡した。しかし、そこには予想していたような火山らしい光景はない。


 木々が生い茂る森を背後に、少し先には巨大な火山が屹立している。火山の手前には、村らしきところがあった。


 山の周囲は、何故か少し赤みがかって見える。まるで大気が歪んでいるかのようだ。 


「直接火山に行けなかったのか?」

「山が赤く見えるでしょ、あれのせいで無理」

「つまりあれが精霊……えーと、なんだっけ」


 この場に来る前にルリメスから聞いた精霊の名を思い出そうと唸る。が、中々出てこない。見かねたルリメスから助け船が出る。


「サラマンダー」

「そうそれ。サラマンダーの力か」


 冷静に話し合う師弟の傍らで、セスはバクバクと鳴る心臓を押さえて冷や汗を流していた。恨みがましい視線をレイスへと注げば、彼は口笛を吹いてすぐにそっぽを向いた。


「まったく、酷い目にあった……」

「文句言ってないで早く行くぞー」

「…………」


 セスは腑に落ちないものを感じながらも、すでに歩き始めているレイスたちの背を追う。


「とりあえず、あの村に行ってみるか」


 どうせ火山に行くために通る必要がある。

 反対はなく、数分も歩くと入口にたどり着いた。


 石製の詰め所のようなものが入口の隣にあり、剣を提げた中年の衛士が欠伸をしながら気怠げに立っていた。見るからにやる気がなさそうだ。


「すみません、村の中を通りたいんですけど」

「ああ、はい。どうぞ」

「ど、どうも」


 あまりにすんなり通されたので、動揺が出る。これにはラフィーとシルヴィアも苦笑。


「警備がザル過ぎないか、大丈夫なのかこの村……」

「まあ、位置的には辺境もいいところだから。平和なんだろうねー」


 民族衣装やちょっとした小物などが売られているのを横目で見ながら進む。すると後ろから「あっ!」と声が上がった。レイスが振り返ると、シルヴィアの手に一体の人形が握られている。


「見てください、可愛くないですか?」


 同意を求めるようにグイッと差し出された人形。

 爬虫類のような赤く細い身体に、尾っぽのようなものが一本だらりと下がっている。頭の両脇からは短い角が二本生えており、全体的にコミカルな出来映えだろうか。


 ……それが果たして可愛いのかは置いておくとして。


「え……あぁ、うん」


 レイスは感性の違いに戸惑いながらも、歯切れの悪い答えを返す。元々人形に興味はないが、それにしてもこれはないのではないか。


 レイスはチラリと周囲の反応を確認し、愕然とする。


「か、可愛い……」

「そうだねー」


 可愛いものには興味なさそうなラフィーが、わなわなと両手を震えさせていた。心なしか、ほんのりと頬が赤くなっている。意外な一面。


 ルリメスも目を輝かせ、人形に食いついていた。


「もしかして旅の方ですか? これ、ウルル火山にいるサラマンダー様をモチーフにした人形なんですよー。可愛いですよね!」


 店員のお姉さんがラフィーとシルヴィアの様子を見て、ここぞとばかりに声を上げる。店員さんが本気で言っているのかどうか、レイスには分からない。


 自分がおかしいのだろうか。


 そんな疑問がスッと浮かび、レイスは最後の頼みの綱とでも言わんばかりにスススとセスの隣に忍び寄った。そして、ひそひそと小声で話しかける。


「なぁ、あの人形どう思う……?」

「え、うーん、僕は可愛いとは思わないけど……」

「だよな」


 男二人、女性陣の感性についていけず。店員さんを交えて盛り上がっていく会話をただ見つめる。すると、思わぬ情報が耳に飛び込んできた。


「火山に行かれようとしてるんですか。なら、今は入れませんねー」


 会話の流れでレイスたちの行き先を知った店員さんが、残念そうに眉を下げる。事情を知らないレイスたちは、つい顔を見合わせた。


「どういうことですか?」

「ここからでも見えると思うんですけど、今って火山の周囲が赤く歪んで見えるじゃないですか」


 レイスたちは転移してきた直後に火山の光景を確認している。店員さんの言葉に、肯定の意味を込めて頷く。


「あれはサラマンダー様のお力なんですけど、その影響で火山全体が人が立ち入れないほど暑くなってるんですよ」


 赤く見えたのは、火山を包むサラマンダーの炎の力によって。そのせいで、人間が活動できない環境になっているのだ。火山に近付くだけで、数分もすれば脱水症状に至る。


 登ろうとすることなど、それこそ自殺行為に等しい。


「どうしても火山に入りたいのでしたら、サラマンダー様がお眠りになる時期しかないですねー。その間は、あの熱も収まっていますのでっ」


 サラマンダーが眠る時期に限り、山を包む熱も山の機能もすべて停止する。山に立ち入るならば、普通はその時期しか不可能だ。ただ、眠る時期は不定期なので、狙って山に入ることは難しい。


「うーん、そうなんですか……」


 困ったと言わんばかりに、セスやシルヴィアは眉を寄せる。ここに来て新たな障害だ。しかし、レイスただ一人は澄ました表情。


「多分大丈夫だと思うぞ」

「ん、何か対策があるのか?」


 ラフィーに訊かれ、レイスは鞄から人数分の首飾りを取り出す。青い水晶が目立つ、美しい首飾りだ。


「魔道具……ですか? でも、魔道具だけではサラマンダー様のお力は防げませんよ?」

「まあ、試すだけ試してみます」


 店員さんは心配げな表情だが、レイスは軽く笑う。店員さんもレイスたちの意志が固いと分かったのか、引き止めることはしなかった。


 店員さんの「気をつけてください」という言葉に送られ、レイスたちはその場を立ち去る。ちなみに、シルヴィアの手にはちゃっかりあの人形が握られていた。


 果たして本当のサラマンダーもこんな姿なのだろうかと想像し、レイスは一つため息。どうか、もう少し威厳のある姿であって欲しいと願い、赤く揺らめく火山を見上げた。

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