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54 『油断大敵』

 場所は変わって、レイスの工房。

 レイスからの提案通り、これから魔道具を作るのだ。


 なぜルリメスとセスが一緒にいるかというと、実験のためである。レイスは魔法陣を開発したはいいものの、魔法を使えないので効力の実験ができずにいたのだ。


 どれほどの威力向上が見込めるか、この機会に知っておく必要がある。


「よーし、それじゃあ始めるか」

「おー!」


 やる気満々のルリメスが声と共に手を上げる。その隣に立つセスは物珍しそうに部屋の中を見渡していた。

 今いる部屋にはミスリル製の台が五つ並んでおり、それ以外には指輪や腕輪などのアクセサリーが壁のいたるところにかけられている。


 床には薄っすらと青く光る魔力の線が走っており、五つの台と繋がっていた。

 完全な魔道具作製専用の部屋だ。


 レイスは鞄の中から大き目の白い布と一つの瓶を取り出す。まず畳んである白い布を広げると、床に敷いた。


「セス、適当に指輪を取ってくれ」

「分かった」


 セスは言われた通り壁にかかっている指輪の一つを取り、手渡した。


 レイスは指輪を布の中央辺りに置くと、指輪を囲うように瓶の中の液体――聖水を使って円を描く。聖水が布に染み込んだことを確認したレイスは、次に赤い粉末が入った瓶を取り出した。


 そして、赤い粉末を聖水をなぞるように撒いていく。


「レイ君、それは?」

「赤々晶の粉末」

「それはまた随分と珍しいものだねー……」


 赤々晶とは『共鳴』と呼ばれる魔力を増幅させて宙に放つ特殊な性質を持つ鉱石である。主に洞窟の深部などの魔力が溜まりやすい場所に存在し、鉱石の状態だと『共鳴』の性質によってほぼ際限なく魔力を増幅させる。


 そのため、赤々晶が存在する場所には人体に害を及ぼす程の魔力が満ちていることが多い。見かけたらその場から離れることが推奨されており、気付かずにその場に留まった場合、感覚器官に障害を残す恐れがある。


 採取する際には魔力を遮断する服や装飾品を身につける必要がある面倒なものだ。一般的に錬金術の素材として利用されるのかというと、そういうわけではない。レイスが『共鳴』という性質に目をつけて、魔法陣の開発に使ったまでだ。


「って言っても、俺が人工的に作り出したやつだけどな、これ」


 レイスは瓶を振って、当時を懐かしむように目を細めた。鉱石のままだと危険すぎて素材として使えたものではなかったので、苦労しながら『共鳴』の調整をしたのだ。それによって、人体に害を及ぼさない程にまで効能を落とし込むことに成功した。


 故に、現状では魔力強化、及び魔法威力向上の魔道具を作れるのはレイスただ一人だ。

 そんな事実には気付かないままレイスは今まで生きてきたわけだが。


「ここをこうしてっと……」


 レイスはルリメスとセスに見守られながら、赤々晶の粉末を使って魔法陣を描いていく。数分もすると、ルリメスでさえも見覚えのない魔法陣が完成していた。最後にレイスが魔力を込めると、魔法陣は赤く輝き出す。


 どことなく危険を訴えかけるかのようなその輝きに、セスは胸の辺りにじんわりと広がる嫌な予感を覚えた。


「よし、これで完成だ。セスか師匠のどっちか、試してみてくれ」

「じゃあ、ボクがやってみるよー」

「師匠、頼んだ」


 レイスは指輪をルリメスに手渡し、セスの隣へと並ぶ。


「流石に攻撃魔法とかは怖いから、適当な安全そうな魔法にしてくれ」

「んー、なら光を生み出す魔法とかどう? 明かり代わりになる程度の魔法だよー」

「了解」


 ルリメスが指輪を身につけ、魔法の準備へ入る。

 その姿を見て嫌な予感が止まらないセスは、苦虫を噛み潰したような表情。


「なぁ、本当に大丈夫なのか?」

「まあ、光を生み出すだけだし、人体に危害はないだろ。大丈夫だって」

「ならいいんだけど……」


 腑に落ちないままセスが再びルリメスの方を見たと同時、ルリメスの準備が整う。


「じゃあいくよー」


 気軽な声が聞こえたあと、魔法が発動される。


 ――このとき、セスは止めなければならなかったのだ。


 レイスの異常性は先ほど知ったばかりだ。その男が作った魔法を強化する魔道具。十分に警戒するべきだった。内心の予感に従うべきだった。


 そんな後悔が一瞬にして押し寄せてきて――目の前を染めた純白の光に、押し流されていく。


 結局、後を追って聞こえてきたのは。


「目があぁぁぁぁあああ!!!!」


 そんな、悲痛な叫び声だけだった。




 ***




「本当に何をやっているんだお前たちは……」


 もう聞き慣れてきた呆れが多分に含まれた声を漏らしたのは、一本に結った赤い髪を揺らすラフィー。彼女はエプロンを身に着け、料理の乗った皿を持ち、家庭的な姿だ。そんな彼女の後ろからシルヴィアがひょこっと顔を覗かせ、苦笑している。


「大丈夫ですか、レイスさん」

「全然大丈夫じゃないけど、来てくれて助かった……」


 レイスは真っ赤になった目を押さえ、ゾンビのような声を出す。彼の隣では、ルリメスとセスが時折呻き声を漏らしながら同じようにダウンしていた。


 というのも、三人揃って指輪の実験によって目に尋常ではないダメージを負ったのだ。


 全員、油断していた。


 まさか明かりを生み出す程度の魔法が太陽と見間違うほどの光になるとは思えなかったのだ。結果的に叫び声を上げる羽目になり、たまたま近くを通りかかっていたラフィーたちが気付いた形である。


 そして、動くことすらままならないレイスたちの代わりに夕食の準備をした。何も出来ないレイスとしては頭が上がらない。


「ぐっ、だから僕は大丈夫なのかって訊いたのに……」

「正直すまんかったと思ってる……」


 ふらふらとした足取りでセスが立ち上がった。未だに続く目の痛みを思えば、文句の一つも言いたくなるのは仕方のないことだろう。


「でも、これで魔法陣の効力自体は身をもって実証できたわけだし……」

「……僕は身を削りたくはなかったよ。というか、レイスはどれだけ規格外なんだ。普通あんな光にならないだろうさ……」

「悪かったよ、いやほんと。俺も知らなかったんだ」


 言葉を交わし合う二人を、ラフィーとシルヴィアは不思議そうに見る。セスという人物に見覚えがないせいだ。セス自身も注がれる視線に気付いたのか、覚束無い足取りながらも軽く会釈した。


「初めまして、セス・リンフォールドです」

「どうも、ラフィーです」

「シルヴィアです」


 ラフィーはセスの家名を聞いて、一瞬何か言いたげにレイスの方を見る。どうしてまた貴族と知り合いになっているのか、といった意味合いを含んでいるのはすぐに分かった。


 レイスは苦笑しながらも、事情の説明に入る。


「セスは王家からの依頼関係で知り合ったんだ。で、俺たちが揃って倒れたのも、その依頼達成のための実験のせいで……」

「まあ、いつも通りとんでもないことをやっているのは分かった」

「レイスさんは見かける度にいつも大変そうですねー」


 エリクサー騒動に始まり、今度は王家からの依頼だ。何かやらかすことは分かり切っているというような口振り。信用があるのかないのか、レイスは口端を引き攣らせる。


 とはいえ、今の状況はレイスにとっては不幸中の幸いだ。動けないレイスたちに代わってラフィーとシルヴィアが料理を用意してくれたのもそうだが、それよりも。


「なぁ、ラフィーとシルヴィアに頼み事があるんだけど、いいか?」

「……碌でもないことならゴメンだぞ」


 ラフィーは、チラリと未だに倒れたままのルリメスに目を向ける。

 言い訳のしようがないと思いながらも、言うだけ言っちゃえという半ば投げやりな気持ちのレイス。


「ある場所に一緒に来て欲しいんだ」

「どこだ?」

「精霊がいる火山」


 面倒ごとに巻き込む気満々のレイスに、ラフィーとシルヴィアは顔を見合わせ、苦笑した。

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