53 『気にせずに』
レイスたちがニコラの店を訪れて、五日後。三人は経過報告のために喫茶店へ集まっていた。ただ、三人揃って表情は晴れない。
言葉にするまでもなく、結果は察せられた。
「……一応訊くけど、何か収穫あったか?」
「僕は取り寄せできるか試してみたけど駄目だった。王家も残りはなかったらしい」
「ニコラちゃんも調べてみたけどなかったって言ってたよー」
「……まあ、こうなることは薄々分かってたわけだけども」
だからといって落ち込むかどうかはまた別の話だ。三人同時にため息をつき、顔を見合わせる。現状を受け入れ、次の手を考えなければならない。
「どうするー?」
「どうするも何も、もう現地に行くしかない」
「そうなっちゃうよねー」
レイスは現実を認め、腕を組んで唸る。
改めて燈銀についての情報を頭に巡らせた。
燈銀は液体金属であり、温度が高いと固形となり、低いと液体となる。正確な幅は分からないが、今回問題となってくるのはその温度だ。火山には燈銀に酷似した金属があり、『解析』を使用しても識別することは難しい。
となると、燈銀の温度変化による状態の変化を利用するのが最も確実なのだが。火山の活動は精霊の動き次第であり、明確な火山の休止期間は分からない。
「うーん……」
考えること数分。
レイスはふと俯かせていた顔を上げると、ルリメスを見た。
「そういや、師匠の魔法で燈銀を冷やすことってできないのか?」
ルリメス自身が言い出さなかったのでレイスもつい忘れていたが、限定的な温度の変化を起こすだけなら魔法でも可能だ。火山が活動していようがしていまいが関係ない。ルリメスの力量なら可能な話だろう。
至極単純な案だが、名案だとレイスは思った。隣に座るセスもうんうんと頷いている。
しかし、ルリメスだけは苦笑を浮かべ「無理だよー」とでも言いたげに手を左右に振った。レイスとセスは揃って疑問符を浮かべる。
「これが精霊がいない場所ならその案も可能だったけどねー。火山の活動を左右するレベルとなると、ボクの魔法でも火山に対する魔法による干渉は無理かなー」
「よく分からんが……無理なのか」
例えば、魔法によって火山の熱を抑えようとしても、ほとんど意味を為さない。焼け石に水だ。
「まあ、精霊が魔法の干渉の許可をしてくれたらできるけどねー」
「へぇ、精霊って話せるのか?」
レイスの精霊に対する勝手なイメージとしては、空中にふわふわと漂っている光の粒といった感じだ。意志の疎通が可能とは思えない。
実際そのイメージは外れておらず、大抵の精霊は話すことも意志を持つこともない。
「普通は話せないんだけどね。例えば今回の火山みたいに、大きな自然現象には知性を持つ精霊が干渉してる場合があるんだー」
「なら、もし精霊との交渉が可能なら話は早いな」
「精霊が友好的なら、っていう前提がついてくるけどね。もしかしたら燃やされるかも」
ルリメスは後頭部に手を当ててたははーと元気に笑う。
レイスとセスはこんがりと焼かれた自身の姿を想像して背筋を震わせた。
「……つまり、精霊との話し合いが現状の最善手かい?」
「そうなるな。まあ、俺は精霊見えないんだけどな!」
魔法適正皆無の男、悲しみの事実。一人だけ見えない相手に襲われる可能性がある。精霊との話し合いにおいての懸念点はそこだろう。
そう考えて、ふとレイスは思った。
「……というか俺、行かなくてよくね?」
わざわざついて行っても足を引っ張る未来しか見えない。建設的な提案だったのだが、すかさず鋭い声が飛んだ。
「何を言ってるんだい、レイ君! ボクだけを行かせるつもりなのかー」
「いや、セスもいるし、そもそも師匠一人でも――」
「ええい、言い訳はいらないよー! 師匠をこき使って自分だけサボるのは却下だー!」
「えぇ……」
自分のことは棚に置くのか、とか色々文句が浮かぶ。しかし、どうせ受け入れられないのは容易に想像できた。
渋々といった様子でレイスは頷く。
「あのー、なら僕は行かなくても……」
控えめに発せられた声。それは逃亡を意味する言葉だ。
こちらもまた、素早く言葉が飛ぶ。
「いやいや、何を言っているんだセス君! 俺たちにはお前の力が必要だ!」
「待て、さっき見たぞこの流れ……! お前、変わり身が早すぎないか!?」
「ははは、友人なら地獄に落ちるときも一緒だよなぁ!」
「知るか、一人で落ちるんだな……!」
レイスは満面の笑みでセスの肩をがっしりと掴んで離さない。強制的に承諾させる流れにセスも抗おうとするが、素材採取ツアーによって鍛えられたレイスの筋力は中々のものだ。
――結局は振り解けず、レイスと同じく折れる。
攻防の末、二人して息を荒らげる。レイスは額に流れる汗を拭いつつも、ルリメスを見た。
「で、仮に精霊と敵対した場合、師匠は勝てるのか?」
「うーん、多分無理じゃないかなぁ」
「なんだそれ、どれだけ強いんだよ精霊って」
「長生きだからねー」
強力な精霊ほど寿命という概念が薄れていくため、そういった精霊には人間は勝てない。種族差による絶対的な力の差だ。いかにルリメスが人間を逸脱した力を持っているといっても、生まれ持った能力差は大きい。
――だというのに。
「それじゃあ、もし敵対した場合は俺が何とかするか」
レイスはまるでそこらに散歩でもしに行くか、くらいの気軽さでそう言った。
セスとルリメスは思わず自分の聞き間違いを疑う。
「今、何とかするって言ったのか……?」
「ああ、そうだけど」
「いや、話を聞いてたのか!? ルリメスさんでも勝てないって言ってるのに」
「別に俺が戦うわけじゃないぞ。そもそも俺じゃ見えないし。戦うのは師匠か、もしくはセスだ」
ビシッと指を差され、いよいよセスはレイスが言っていることが理解できず、眉をひそめる。不思議に思っているのはルリメスも同じことだった。
「何か手があるってことー?」
「いや、そんな大それたことじゃないけどな。俺はただ魔道具を作るだけだし」
「魔道具を?」
魔道具一つで精霊に勝てるのか、という疑問が即座に湧いてくる。少なくとも、ルリメスにはそんな代物は思いつかなかった。
「何を作るんだ?」
答えを急ぐように、セスが訊く。
レイスは言葉の代わりに右手を差し出すと、人差し指に嵌まっている指輪を見せる。
「魔法陣を刻んだ指輪……?」
「そう。師匠たちが勝てないなら、勝てるレベルにまで引き上げる。具体的には魔力の向上、及び魔法威力の強化の効果を付与した指輪を作る」
一瞬、静寂が訪れる。
「……いや、ちょっと待って、レイ君。ボク、そんな魔法陣知らないんだけど」
ルリメスは右手をレイスへ伸ばし、左手をこめかみに当てる。頭痛を堪えるような仕草。
レイスはきょとんと不思議そうに首を傾げると、目をパチパチと瞬かせる。
「まあ、師匠がいなくなってから新しく作ったからな。でも、師匠でも簡単に作れるだろ?」
レイスはそう言ってなんてことはないと言うように笑いかける。しかし、ルリメスはジト目を向けて首を横に振った。
「いやいや、そんな複雑そうな魔法陣はボクでも無理。レイ君だけじゃないの、そんなことできるの……」
またもや、静寂が訪れる。
レイスは真剣な表情になって、ぽつりと。
「……マジ?」
「マジ。というか、新しく魔法陣を作るとか普通無理だよー」
「そうなのかなぁ……」
レイス自身そこまで苦労して作った覚えはないため、いまいち実感が湧かない。ふとした思いつきで試したらできてしまったのだ。
もちろん、ルリメスが言ったとおり普通は無理だ。思いつきで新しい魔法陣を作れるわけがない。
魔導師であるセスもレイスの異常性を認識して、口の端を引き攣らせている。
「……ちなみにレイ君、それ以外にももしかして新しく作ったものってあったりするの?」
「あー、幾つかあるぞ」
さして自慢する様子もなく、気軽に答える。
「……まあ、レイ君本人が気にしてないならいいんだけどね」
追及するのも馬鹿らしくなり、ルリメスは閉口。思わぬところで、自分の弟子が予想以上に成長していたことを知るのであった。