52 『燈銀』
「それで、訊きたいこととは……」
「えーと、実は今俺たち、とある依頼を受けていまして」
「お三方とも、ですか」
「ええ」
不思議そうな表情のニコラ。レイスとルリメスだけならともかく、貴族であるセスもいるからだろう。ただの錬金術師と貴族が同じ依頼を受けるなんて、そうあることではない。ただ、いちいち事情を説明するのも面倒なので、レイスは用件だけを口にする。
「その依頼に、もしかしたら液体金属が必要かもしれないんです」
「ふむ、液体金属ですか」
ニコラはレイスの知り合いの中で唯一の職人だ。彼女であれば液体金属を所有していなくとも、王国内に流通しているものを知っているかもしれない。そういった考えの下、この場を訪れたわけだが。
「いくつか知っていますけど、レイスさんたちはどの液体金属をお探しで?」
「国内で流通している液体金属の中に、液体と固体の状態の変化が起こりやすいものってありますか? それも、熱せられると固体に変わるものって」
レイスが晶竜の結晶部分に触れたとき、まるで血液が流れているかのように温かかった。表面であそこまでの温もりを感じるとなると、内部はもっと熱いはずだ。だからこそのレイスの発言である。
「そうですね……」
ニコラは考え込む所作を見せ、沈黙。正直、二コラも知らないとなると、あと頼れそうなのは苦手に思っているウィルスくらいしかいない。彼に頼るのは何となく怖いので避けたいのが本音だ。見返りに何を要求されるか分かったものではない。
「そういえば……最近、新しい液体金属が王国内に輸入されたって聞いた気がします」
「名前か、どこから輸入されてきたかって分かりますか?」
現在の晶竜の状態は前例がないと言っていた。ならば、これまでとは違う何かがあったということだ。
新しい液体金属。可能性としては高い。
レイスは期待からか、俄然前のめりになる。
「南の方から取り寄せたって聞いたような……名前は、なんていったかな……」
「南、ですか」
事前に持っていた情報、そして新たに南という情報を得て、一つ、レイスの脳内に浮かび上がった名前があった。
「もしかして――燈銀ですか?」
「ああ、それです、それ!」
「あー、なるほど……」
レイスは見事に正解を言い当てた。しかし、彼の表情は晴れない。むしろ、外れていたほうが嬉しかったという感じだろうか。ルリメスも、うへーと声を漏らし、面倒くさそうな表情だ。
「ちなみに残りってありますか?」
「どうでしょう、数が少なかったらしいですし、もう残ってないかもしれません」
「まあ、ですよね……」
一縷の望みをかけて訊いたのだが、返ってきた答えは想定通りといえば想定通りのもの。レイスは思わず疲れたようなため息をつく。
しかし、なぜレイスが落ち込んでいるのか分からないセスは眉をひそめていた。求めていた情報が手に入ったのだから喜ぶ場面だろう、と。
「確かに手に入らなかったけど、正体が分かっただけいいんじゃないのか?」
「いや、まあこれがただの金属ならそりゃ万々歳だけども。今回のに限って言えば厄介の一言だな」
「一体何が? なんなら僕が家に言って取り寄せても――」
「多分無理だぞ」
レイスはほぼほぼ確信を持って、セスの案を否定する。というのも、燈銀という金属は稀少であるという以前に、手に入らないのだ。
「燈銀は基本的に火山地帯にある金属なんだけど、手に入るかは運次第なんだよ」
「運?」
「燈銀がある火山地帯は必ず活動してて、定期的に噴火はするし、山自体が熱で覆われてる」
つまり、いわゆる活火山にのみ燈銀は存在する。これ自体はほかの金属にもあることなので問題はない。
「で、そこで問題が一つ。燈銀がある火山の多くには、もう一つ金属があるんだ。そして厄介なことに、その金属は燈銀に酷似している。それはもう、見分けがつかないほどに」
燈銀は稀少な金属ではあるが、それ以上にレイスが言った理由のせいで手に入る数が極端に少ない。では、手に入るときはどういう場合なのかというと。
「でも、燈銀は液体金属だ。熱によって固体に変わるとはいえ、温度が変化すれば液体にも変わる。つまり、火山が活動していないときに限り、燈銀は液体で発見される。これなら見間違うこともないわけだ」
液体状態のときに限り、燈銀は簡単に手に入れることができる。要は、火山が活動していない時期を狙えば、手に入れること自体は簡単なわけだ。
……しかし、これで話が終わるならレイスも頭を悩ませることはない。
面倒なのは、この先。
「肝心の火山が活動していない時期だけど……これがまた面倒なことに不明だ。どうも燈銀が手に入る火山には精霊がいるらしく、そいつらの動き次第らしい」
精霊とは自然現象に宿る魔力が形になったもので、魔導師としての素養が高い人間などは目視することもできる。その精霊によって、火山の活動も左右されているのだ。
これがレイスが前述した、燈銀を手に入れる上での運の要素。レイスたちではどうにもできない、最大の敵というわけである。
「……ひたすら面倒なんだね」
「おまけに、そこまで苦労してようやく手に入る燈銀には特に目立った利用価値がないらしいからな。そりゃ誰も手に入れようと思わないし、数も出回らないわけだ。特に最近は王国に輸出したあとっぽいしな」
以上の理由から、レイスはセスに燈銀を手に入れることは出来ないと言うことができた。同時に、心底面倒だと思った理由でもある。
今が偶然火山の活動が収まっている時期ならいいが、そう甘い話はないだろう。となると、燈銀に似た金属が大量にある中、本物を探し当てなければならない。
砂漠の中、落とし物を探すようなもの――は流石に言い過ぎかもしれないが、それに近いものはある。
「……そもそも、本当に現物を手に入れる必要はあるのかい? 金属の正体が分かってるなら、別になくてもいいんじゃ……」
「晶竜を使って実験してもいいならいらないだろうさ」
燈銀はレイスもルリメスも手に入れたことがない金属だ。条件の厳しさ故、入手を諦めた過去がある。故に、燈銀に関する知識は未だ浅いと言わざるを得ない。
そんな状態で下手なことをして、結果的に晶竜を傷付ける事態にでもなれば大事だ。
「……なるほどね」
「世の中ってそう上手くいかないもんだよな」
ままならないことばかりである。
とはいえ、文句ばかり言っていても仕方がない。できる範囲でやれるだけのことはしなければ。
「ニコラさん、まだ王国に燈銀が残ってるか、調べるのをお願いしてもいいですか」
「はい、それはいいですけど……」
「代金も払いますし、結果を聞くときは師匠を寄越します」
「喜んで!!」
有無を言わさぬ条件に、ニコラは目を輝かせて飛びつく。勝手に決められたルリメスは不服そうではあるが、文句は言わない。
「一応、セスも手に入れられるか試すだけはしておいてくれないか。もしくは、王家に残りがないか確認して欲しい」
「ああ、分かったよ」
それでも無理なら、今度こそ現地に赴いて入手することを考えなければならないだろう。正直なところ、一番避けたい結果ではあるが。
「とりあえず、今日の用件はこれだけです。お時間取らせてすみません」
「いえいえ、それじゃあ調べておくので、ルリメスさんが来るのをお待ちしてます!」
欲望に忠実なニコラに見送られ、レイスたちは店を立ち去った。