51 『憧れの再会』
「さて、協力することが決まった訳だし、とりあえず今後について話しておきますか」
あの場で晶竜について調べたのはレイスのみだ。レイスとしても伝えられる情報は伝えたつもりだが、確信できていない推測については話していない。
何せ魔物の、それも晶竜という稀有な種類の竜を目にすることなど初めてだ。何か勘違いがあったら困る。情報の共有は優先して行うべきだろう。
「セスは晶竜について何か知ってるのか?」
「僕は今日話に出ていた以上のことは知らないかな。そもそも晶竜自体、僕ら貴族でも目にすることはほとんどないからね」
「へー、そんなもんなのか」
「あんなに綺麗なのに勿体ないねー」
「国の『象徴』ともなれば相応の扱いになるんだろうさ。とまあ、僕の方はそんな感じだけど、レイスはどうなの?」
晶竜の状態を素早く見抜いたレイス。彼ならば、きっと何か手段を思いついているのではないか。そんな期待を込めた瞳が、レイスへと向けられる。
敏感にそれを察したレイスは、申し訳なさそうに首を横に振った。
「ぶっちゃけ確実な方法は思いついてない。師匠の方もそうだろ?」
「そうだねー、実験できたらいいんだけど『象徴』相手にそんなことできないし」
「そ、そうなのか……」
思ったよりも厳しい現状。世の中そう甘くはない。レイスは頬杖をついて、悩ましげにため息をつく。
「問題はあの金属が何なのか、って話なんだよ。晶竜でも溶かせない、もしくは溶かしたあとに元通りになる金属っていうと……」
脳内に存在する知識に該当する条件で検索をかけるが、反応は返ってこない。もちろん、錬金術師として金属系の素材の知識は勉強してきた。
となると、条件自体が間違っているか、レイスが知らない金属なのか。レイスとてすべての金属を知っている訳ではないので、可能性はあるのだが。
「いや、待てよ……」
レイスはそこまで考えたところで、ふと違和感を覚えた。自分の視野が狭くなっているような、何かを見落としているような、そんな感覚。
顎に手を当て、しばらく思考を深める。晶竜の状態、金属を取り込むという性質、それらを鑑みて有り得る可能性を今一度探す。
――得た結論は。
「……セス、王国で液体金属を取り扱ってるところってあるか?」
「いや、どうだろう……もしかして、関係あるのか?」
「可能性としてはあると思う」
言葉とは裏腹に、レイスは自信ありげな笑みを浮かべている。ルリメスもうんうんと頷き、レイスの意見に肯定的な反応を見せていた。
「確かにありそうだねー」
レイスは勝手な思い込みで固体の金属に限定して考えていた。しかし、何も固体だけが金属ではない。
形を変えやすい液体金属ならば、レイスが言っていた条件をクリアできる可能性が高い。となると、すべきことは一つに絞られる。
すなわち、レイスがセスへと尋ねた問い。この国に流通する液体金属を取り扱う場所へ行くことだ。晶竜が王国の外へ出ない以上、口にする金属はすべて王国内のもの、ないしは輸入したものに限られるはず。
ならば、その中から条件と一致するものを探し出せばいい。それで、晶竜の身体を侵しているものの正体が判明する。
「王都で液体金属を取り扱っている場所といえば……」
レイスはまだ浅い王都での暮らしの記憶を辿ってそれらしき場所を探すが、見つからない。薬師の家の生まれであるセスも液体金属なんてものとは縁がなかった。
自然と、この場に残る最後の一人であるルリメスへ視線が集まる。
「私は酒場の位置しか分からないよー!」
満面の笑みを浮かべ、えっへんと胸を張るルリメス。まったく自慢できることではない。レイスは期待もしていなかったので、ルリメスの存在を早々に意識外へ追いやった。
そうして唸ること、数分。
「そういや、あの人なら知ってるかも。……いや、でもなぁ」
「ん、なになに、心当たりあるのー?」
「まあ、知ってそうな人は思いついたけど……」
レイスはルリメスの顔を見ると、静かにため息をこぼす。レイスが思いついた人物とルリメスを会わせた場合、まず間違いなく面倒なことになりかねないからだ。
歯切れの悪いレイスの様子に業を煮やしたのか、ルリメスは勢いよく立ち上がった。
「よし、行こう! 今すぐ行こー!」
呆然とするレイスとセスを置いて、ルリメスは一人先に店の外へ向かった。二人は顔を見合わせ、微妙な表情になる。
「本当に大丈夫なの……?」
「いや、まあ……うん、大丈夫だと思う」
ここで断言できないのが悲しいところ。
セスは額に手を当てて、やれやれとため息。
「仕方ない、行くか……って、あれ」
レイスは席から立ち上がり、ふと気付く。
……師匠、代金払ってたっけ?
時すでに遅く、レイスの財布はまた少し軽くなるのだった。
***
予想通り。というより、嫌な予感が当たったと言うべきか。レイスは心の中でため息をついた。
「ほ、本物のルリメスさん……!? どどど、どうしてここに!? いや、これは夢かも。そう、私が見ている幻覚かもしれない。でも頬は痛いからこれは現実……!? つまり、目の前のルリメスさんは本物!!」
何やら興奮した様子でブツブツと呟いているのは、一度レイスが工房作りの際にお世話になった人物である。その人、ニコラは不思議そうにぱちくりと目を瞬かせるルリメスの周りを忙しなく移動していた。
「こ、この人がレイスが言っていた人かい……? その、何と言うか、随分と個性的な人だね……」
「この前会ったときに師匠が憧れの人って言ってたからなぁ」
ニコラの取り乱し様を見れば、その言葉に嘘偽りがなかったことがよく分かる。反応の大きさで言えば、レイスの想像以上だ。
記憶が正しければ、面識があるとも言っていたが。
「あ、あ、あの、ニコラです。私のこと、覚えてますか!」
「ん、むー……えーと……」
告白をした直後のように真っ赤になっているニコラを見て、明らかに困ったような表情になるルリメス。その表情を見れば、言葉にするまでもなく答えは分かりきっていた。
「ご、ごめん」
「……そ、そうですか」
ニコラは目に見えて気を落とす。それまでのテンションもあって、落差が激しい。
さしものルリメスも罪悪感を覚えたのか、額を押さえて再び記憶を探る。
「いや、ちょっと待って……確か、数年前に王都で飲んでたときに……」
「そ、そうです! 覚えていてくれましたか!」
「ああ、あのときのー! 成長したねー!」
どうやら何とか記憶が蘇ったらしい。というより、お酒を飲んでいたから記憶が曖昧だったのだろう。なんともルリメスらしい理由である。
「いやー、酔っ払ってた昔の私を介抱してくれたのがニコラちゃんでねー。そのときに色々話をしてあげたんだー」
「へー、そうなのか」
酔っ払ったルリメスの相手などレイスはしたくないが、どうもニコラは違ったらしい。そこからルリメスに対してこうまで好意的なのだから、奇跡的な結果と呼ぶ他ない。
しばらく二人は再会を喜び合うように話していたが、今日は別の用件があってここに来たのだ。申し訳なく思いつつも、レイスは話を切り出す。
「とまあ感動の再会は程々にして、今日は訊きたいことがあってここに来たんですけど……」
「りょ、了解です。どうぞ、座ってください」
ニコラは手をぱたぱたと振って顔に風を送り、何とか気を落ち着かせる。それでも足りなかったのか、何度か深呼吸をしてからレイスたちの前に座った。
その念の入れように、思わずレイスとセスの二人は苦笑する。