49 『素質と影響力』
「まあ、口だけで言ってても仕方ないからね。具体的な話をしていこう」
「うむ、そうだな」
とりあえずレイスの持ち上げは落ち着き、ルリメスは冷静に話を切り出した。弱気な発言はしたが、まだ治せないと決まったわけではない。
「あの、衰弱の原因は分かっているんですか?」
「いや、詳しいことは判明していないのだ」
「過去にこういった事例は……」
「そういった事実も確認できておらん」
レイスの問いに返ってきた答えは、あまり嬉しくないものだった。問題が解決できていない以上、原因が分かっていないのは当然といえば当然かもしれないが。
かといってレイスやルリメスが魔物の病に詳しいかというと、そういうわけでもない。
「んー、普段何を食べてるとか、どこにいるとかって分かる?」
「晶竜は基本的に金属しか口にしないし、普段は娘とよく一緒にいる。庭に出たり、王城の中に居たり、どこか遠くに連れていくということはしていない」
「金属……ふーむ、なるほど」
少ない情報では、やはり対処法は判然としない。
「少し近付いても?」
「許可する」
許しを得たレイスはゆっくりと檻へ近付く。檻の中の晶竜はレイスの気配を察してか、緩慢な動作で首を持ち上げた。宝石のような紫紺の瞳が、真っ直ぐとレイスを射抜く。
まるで心を見透かされているようで、少しドキリとする。
「ごめん、少し調べさせてくれ」
誠意を込め、小声でレイスがそう語りかけると、晶竜は静かに頭を下ろした。許可を得られたということだろう。
「ありがとう。『解析』」
レイスはシルヴィアの病を診たときと同じように、錬金術を使用。ただ、晶竜の身体の構造などには詳しくはないので、診る場所は黒く変色した結晶の部分に限る。
レイスがしばらく集中していると、異常を発見した。
「なんだ、これ……?」
結晶の中に、何かがある。おそらくは、普通に観察しているだけでは気付かない細かい何かが。レイスは正体を掴むべく更に集中し、観察を続ける。
王や騎士たちがレイスの姿を固唾を呑んで見守る中――ふとレイスは大きく息を吐いた。
肩の力を抜き、檻から一歩遠ざかる。
「何か分かったのか……!?」
王は待ちきれないといった様子で答えを急ぐ。レイスは焦った様子もなく晶竜の姿を見ると、推測を述べ始める。
「この黒く変色した部分、恐らく中に細かい金属が無数に入ってます」
「金属が……? しかし、晶竜は金属を糧に生きる竜。金属は体内で完全に溶かすはず……」
「溶かせなかったか、或いは溶けたあと、何かがあったのか。どちらにせよ、今の晶竜は詰まってる状態だと思うんです」
レイスは指で丸を作ると、それをキュッと小さくする。砂粒がいくつか通るか、という程の大きさの丸は擬似的に表した晶竜の状態だ。
「こんな風に、溶かした金属を通して身体の表面に流すであろう管の部分が黒い金属で塞がれているんです。すると、後から来るであろう液状化した金属が通れなくなる。結果、液体は管の内部で止まって、溜まっているんだと思います。ちなみに、晶竜は最近金属を取り込んでいますか?」
「いや、最近はあまり……」
「おそらく、本能的に危機を感じ取っているのでしょう。これ以上、管の中に液体を溜め込みすぎると、破裂する可能性もありますから」
人間でいうところの、血管の破裂に値するだろうか。その痛みは想像を絶する。更に、命の保証もない。
今も晶竜は継続的に痛みを感じ取っているはずだ。そんな状態でも騒ぎ立てることなく、こうも落ち着きを見せているのは、三百以上の齢故のものなのか。
レイスは目の前の竜に素直に尊敬の念を抱いた。同時に、助けてあげたいとも。
王は感心したようにレイスを見る。そこには、少し前まで頼りなかったレイスへの疑心は残っていない。何せ、原因も何も分からなかった状況が、数分で進展したのだ。
ルリメスも誇らしげにしており、自慢の弟子だと言わんばかりに胸を張っている。オルダに関しては、気に入らないと言わんばかりに目を細め、レイスを睨んでいた。
王は期待を込めた瞳をレイスへ向け、問いかける。
「治す手立ては?」
「いくつかありますが……一つ、この場で試したいことがあります。よろしいでしょうか?」
「許可しよう」
「ありがとうございます」
レイスは再び晶竜の前まで近づくと、檻の隙間から右手を伸ばした。晶竜は一度警戒するように身をギュッと縮めたが、やがて翼を広げて、結晶の部分をレイスへと曝け出す。レイスはゆっくりと黒く変色した部分に手を触れさせた。
ほんのりとした温かさが、手の平を通じて伝わる。まるで、血液でも巡っているかのようだ。
レイスは目を閉じて小さく息を吸い込むと、右手に意識を集中。晶竜の身体を蝕む金属を取り除くべく、錬金術を駆使する。何も、錬金術はポーション作りにのみ使われるわけではないのだ。鉱物の加工など、まさに領分である。
「『変形』」
結晶が波打ち、その形状が徐々に変化していく。結晶の形を変えて、中にある金属を取ってやろうという考えだ。簡単そうに見えて、その実かなり難易度の高い作業である。
魔力の多寡によって規模が変化する魔法と違い、錬金術は術者が持つ物質に対する『影響力』が関わってくる術だ。自由に形を変えられたり、特定の成分を抽出したり。
その『影響力』は訓練によっても伸びるが、それでも限界はある。そして、その『影響力』においてレイスは師匠であるルリメスさえも凌駕する。極端な話をすれば、レイスはただの鉄を金に変えることだって可能だ。
ただ、その状態を継続させることができるかというとまた話は別なので、行動に移したりはしないが。
ともあれ、その『影響力』を以ってすれば晶竜の結晶から金属を取り除くことができるかもしれないという試みである。着々と結晶の形は変化していき、ついに金属が姿を現すか、というとき。
突然、変化し続けていた結晶の動きが止まる。
レイスは残念そうに手を離すと、一息つく。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないか……」
空気に触れ、ある程度劣化している表層部分は錬金術で突破できた。しかし、中層部分。ここが余りにも硬すぎる。レイスの錬金術を以ってしても、変形させることは厳しい。無理をすれば、晶竜の身体に負担をかけてしまう可能性がある。
「無理そう?」
「まあ、これ以上はやめるが吉かな」
「そう、了解。それじゃあ、別の方法を考えようかー」
師弟二人の会話から失敗を悟ったのか、王は少しだけ残念な表情。とはいえ、今のはあくまでも手段の一つに過ぎない。他にもやりようはある。
「一先ず、この場でできることは以上です。解決する手立てが見つかれば、また後日訪れたいと思います。よろしいでしょうか?」
「うむ、了解した」
「では、私も同じように」
オルダ、セス共にレイスに続き、この場で話すべきことは終了した。あとは形式的に王へと頭を下げ、退出を言い渡される。
門までは最初と同じように守衛の男に案内され、レイスたちは王城の外へと出た。すると、一台の馬車が停まっているのが見える。
側面には、セスたちの服の胸に刺繍されている紋様と同じものが。
「あまり調子に乗るなよ、平民」
レイスが馬車に気を取られた一瞬、オルダはすれ違いざまに言い残し、馬車へ乗った。もはや、文句を言う気すら起きない。
セスも後に続くかと思われたが、一向にその場から動く気配はない。彼は馬車の御者へ身振り手振りで出発するよう告げると、レイスの方へ振り返った。
「少しいいかな」