48 『国の象徴』
守衛の男の先導のもと、レイスを含む四人はある一室へと案内される。今まで見かけたどの扉より厳かな雰囲気を放っており、一目でそこが目的の場所だと理解できた。
守衛の男は扉の前に立つと、慣れたように扉をノック。
「入れ」
扉の向こうから応える声が届くと、守衛の男は扉を開いた。レイスたちは勧められるがまま中へと足を踏み入れる。
謁見用の場所なのだろう。
長いレッドカーペットが直線に続き、その先には少し高い場所で玉座に座る王の姿が。年齢にしてみれば五十は超えていそうな風貌だが、その目に宿る光は未だ力強い。
まさに、一国の王といった感じだ。
レイスは静かに唾を飲み込むと、ゆっくりと足を進める。やがてセスたちが静止するのに合わせてレイスも立ち止まり、膝をついた。
チラリと横目で周囲を見ると、何人かの騎士が油断なく立ち並んでいる。下手なことをすればどうなるか、想像に難くない。
静かに肝を冷やすレイス。隣のルリメスは、こんな状況でも呑気に欠伸を噛み殺していた。場慣れしているが故の余裕なのだが、いつか不敬罪になりそうだ。
そんなことをレイスが考えていると。
「面をあげよ。楽にしてくれて構わない」
威厳のある声が届き、レイスたちは言われた通り立ち上がる。
「まずは、今日この場に集まってくれたこと、ありがたく思う。早速だが、今回集まってもらった理由を話そう。リンフォールドの二人は聞いているだろうが、そちらの二人はまだ知らぬだろう」
「そうだねー」
王の言葉に軽い調子で返すルリメス。決して王相手に取っていい態度ではない。思わずレイスは正気を疑うようにルリメスを見たが、彼女が咎められる様子はなかった。
王は威厳のある雰囲気を少し崩し、苦笑を浮かべる。
「ルリメス殿はお変わりないですな」
「前会ったのいつだっけな。そっちはちょっと老けたんじゃない、ヴェルバー」
「はは、やはり歳には勝てない」
「病気したときには言ってくれれば手を貸すよー 」
「気を付けたいが、そのときにはお願いしよう」
レイスはルリメスと言葉を交わす王を見て、何故か自分に近いものを感じた。
すなわち――苦労人だと。
きっと、今までルリメスに振り回されてきたのだろう。レイスには分かる。実際に見たかのように、その光景がありありと目に浮かんでくるのだ。
レイスが勝手に王に対して親近感を抱いている間にも、話は進む。
「私から頼みたいことはただ一つ。この国の『象徴』の復活だ」
「『象徴』?」
ルリメスは訝しげな表情で疑問に思う言葉を反芻する。国の『象徴』といえば国旗などがまず思いつくが、どうもそういった感じではない。
ならば何なのか。
王が騎士の一人に手振りで合図を送ると、頑丈そうな檻が運ばれてくる。そして、レイスたちの前に答えが提示された。
「これは……」
思わず声を漏らしたのは、レイス。ルリメスも意外そうに目を見開き、檻の中の生物に見入っている。
――竜だ。
体躯は小さいが、尾や翼を持ち、爬虫類を思わせるようなその姿は間違いなく竜のものだった。それも、普通の竜ではない。
「結晶、なのか」
翼の表面や皮膚の表面に結晶の欠片が散らばっており、厚く重なって全身を覆い尽くしている。欠片は光を受けて美しく輝き、竜の姿に神々しさを纏わせていた。その姿は、神話に出てくる幻獣を連想させる程だ。
ただ、気になる点が一つ。
美しく輝く欠片の中に、所々濁りが混じっているのだ。黒くくすんだその濁りは、美しい絵画に泥を塗ったような、そんな不快感を与えてくる。
心なしか、檻の中の竜にも元気がないように見えた。頭を垂れ、翼を閉じ、じっと身を縮めている。
「その竜は晶竜といって、三百年以上も前から王国の『象徴』として祀られてきた竜なのだ。非常に珍しい竜であり、見ての通り自らの身体に結晶を生成する」
竜は魔物の一種であり、多くは人間に敵対心を持つ。しかし、中には知性を持ち、人間と友好的な竜も存在するのだ。晶竜もそういった竜であり、昔から王国の傍らに在り続けた。
そうしていくうちにいつしか国の『象徴』にまでなり、代々大切にされてきたというわけだ。
しかし、現在。
その『象徴』に、ある異変が起こっていた。
「この結晶、普通なら自然に割れもせず、また変色も一切しない。しかし、少し前から突然、結晶の一部が黒くなってしまった。それに伴って、晶竜の衰弱も始まったのだ」
晶竜は金属を糧に生きる竜であり、食べ物や水を必要としない。体内には金属を蓄え、砕いて加工する器官が存在している。器官内は特殊な液体で満たされており、長時間かけて金属を溶かし、それを身体の表面に纏わせて再結晶化させるのだ。
「つまり私たちにそれを治してほしいと、そういうわけだねー」
「ああ、頼めるか」
「まあ、引き受けるは引き受けるけど……正直、治せると断言はできないよー」
「む……」
ルリメスにしては珍しい、弱気な発言。しかしそれも当然のことだ。おそらく、というかほぼ間違いなく、晶竜はエリクサーでは治らない。
というのも、ポーションというものはそもそも人体に対して作用するように作られたものだからだ。いかに非常に高い効力を誇るエリクサーといえど、それは例外ではない。
魔物には魔物のための薬が必要だ。
王が思わず渋い顔をしていると、ずっと黙っていたオルダが一歩前に出た。
「王よ、ご安心ください。必ずやこのオルダ・リンフォールドが治してみせましょう」
虚言か、それとも確証があるのか。
オルダは澄ました笑みを浮かべ、自信ありげに言い切ってみせる。
「へー、言うね……」
ルリメスとオルダの対照的な発言。
ルリメスは思わず目を細め、オルダを見た。彼は笑みを崩すことなく、涼しげな表情である。
「……まあ、ボクも晶竜なんて珍しい竜を見るのは初めてだからねー。そこにいるボクの弟子が治せないなら、ボクにも無理だよー」
ルリメスはそう言って、投げやりな様子でレイスを指差した。自然とレイスへ視線が集中する。
「えー……」
あまりハードルを上げるような発言はやめて欲しい。失敗したときに怖いから。
レイスは切実にそう思いながら、言葉を探した。
「まあ、精一杯頑張らさせて頂きます」
当たり障りのない言葉で濁す。自信に満ちているとはとてもじゃないが言えない。いかにルリメスの弟子という肩書きがあれど、少し頼りなく映ってしまうのは仕方のないことだった。
レイスの様子を見たオルダは、密かに口角を上げる。まるで自分の敵ではないと暗に示しているかのようだ。まあ、ルリメスはともかくとして、レイスに競争心はあまりないのだが。
「本当に、大丈夫なのだろうな……」
「大丈夫、大丈夫! ウチのレイ君はすごいよー!」
だからそう安易に俺の評価を上げないで……!
レイスの祈りはルリメスに届かず、彼女はレイスを持ち上げる発言ばかりする。その目はチラチラとオルダのことを見ており、張り合おうとしていることが一目で分かった。
「大変そうだね……」
「分かってくれるか……」
セスは苦笑しつつ、小声でレイスへ話しかける。レイスがセスを見て貴族の大変さを察したように、セスもまたルリメスの弟子というレイスの立場の大変さを察したのだ。
競い合う二人と、苦労を分かり合う二人。
その場の空間は、綺麗に二分された。