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47 『関係性』

「お、おぉ……これは中々」


 レイスは目の前にした王城の威容に呑まれ、思わず感嘆の声を漏らす。遠目には何度か見ていたが、近くにまで来て見る機会などこれが初めてのことだ。


 青色の尖塔がいくつか連なり、その下に真っ白な外壁が広がっている。高さは軽く百メートルを超えているだろう。


 見上げるだけでも首が痛くなってくる光景だ。


「ひゃー、相変わらず無駄にでっかいねー」

「そりゃ、一国の主が住む場所なんだからでかいだろうよ。……掃除とか大変そうだな」

「まさに庶民の発想だねー」

「なんで居住者でもない師匠が誇らしげにしてるんだよ」


 突っ込みを入れつつも、レイスは城の外壁を眺め続ける。気分的には物珍しいものを見る観光者だ。


「あ、ちなみに巨竜も城と同じかもうちょい大きかったよー」

「……よく勝てたな」

「まあ、結構大変だったけどねー」


 結構で済むあたり異常なのだが、この師弟には通用しない話だ。レイスもまあ師匠なら、と早々に納得した。常人とは違う独特の感性である。


「さて、入口はっと」


 レイスが不審者のようにきょろきょろと周囲を見ていると、巨大な黒い門を発見する。帯剣した守衛が立っているのも見え、駆け寄った。


「止まれ!」


 警戒を含んだ声が発せられ、本能的にレイスは足を止める。ルリメスは今更のようにお腹の減りを思い出したのか、気怠そうだ。


 少し身構えているレイスとは違い、緊張している様子は皆無である。


「要件は何だ!」

「えー、依頼で来た冒険者です」


 レイスは取り出した指名依頼の手紙を守衛へと渡す。レイスとルリメス、二人分だ。


 守衛の男は慎重にそれを確認すると、やがてレイスへと敬礼した。


 その見事な対応の変化にレイスは面食らう。


「失礼致しました! お話は聞いておりますので、今案内させて頂きます!」

「ど、どうも」


 恐らくは仕事熱心なのであろう男は、部下らしき人間に手振りで命令を出し、門を開けさせる。大きな黒い門がゆっくりと開き、レイスたちは王城内へと招かれた。


 どこか落ち着かない気分でレイスは歩く。城内も外側に負けないほど豪奢なので、庶民には慣れない空間だ。実際に住むとなると、違和感を覚えずにはいられないだろう。


 高そうな壺やら絵画やらが視界に入っては消えていき、それを幾度か繰り返したあと。一つの部屋の前で、守衛の男は立ち止まった。


「こちらで少しお待ちください。準備が整い次第、お呼び致します」

「分かりました」


 レイスは慌ただしくどこかへと向かう守衛の男の背を見送ってから、目の前の扉を開ける。手に少し重い感触を残して扉は開き――


「…………」

「何止まってるのー、レイ君」


 レイスの後ろにいるルリメスは部屋の中を窺えず、扉を開けて立ち止まったままの弟子へ間延びした声をかける。ただ、その言葉はレイスの耳をするりと通り抜けた。


 今、彼の目に映っているのは、灰色の髪を短く刈り上げた男の姿。その鋭い目つきは見覚えがあるどころの話ではない。つい先ほど、嫌な気分を味わったばかりなのだ。


 レイスは無意識に自分の肩に手を触れた。


 予感が的中していたことにため息をつきたくなったが、寸前で堪える。扉が開く音につられて振り返った貴族の男と目が合ったためだ。男は一瞬訝しげに眉をひそめたが、すぐに興味を失ったように視線を外した。


 レイスは何もなかったことにホッとすると同時に、貴族の男以外にももう一人誰かがいることに気付く。その人物は、貴族の男から少し離れるようにソファーに腰掛けていた。


 男にしては少し長い灰色の髪に、どこか頼りない顔つき。ぱっと見ると、女々しいという印象がまず浮かぶだろうか。少年らしさを残した顔つきとも言える。そして、そんな少年の胸元には、貴族の男と同じ家紋が刻まれていた。


 つまり、この少年もまた貴族。レイスは一瞬で状況を把握すると、無言で部屋の中へ足を踏み入れる。続いてルリメスが部屋の中を見て、こちらはレイスと違って分かりやすく表情を歪ませた。


 部屋の中にはソファーが二つ、一人用の腰掛けが二つ、それぞれ中央に置かれたテーブルを囲うように設置されている。男は腰掛けの一つ、少年はソファーの一つを利用しており、レイスたちは自然と使われていないソファーに隣り合って腰掛けた。


 誰も言葉を発さず、壁にかけられた時計の針の音だけが静かに響く。端的に言えば、重苦しい雰囲気だ。


「……何、この状況。新手の苛めか何か? もしかして俺嫌われてる? もう帰っていいか?」

「ボクが訊きたいくらいだよー」


 隣にだけ聞こえる声量で、レイスとルリメスは囁き合う。依頼のために来てみれば、貴族二人と同室で待たされているのだから当然の疑問だろう。おまけに、片方とはどうにも仲良くなれそうにない。


「というか、お腹空いたなぁ」

「師匠はこんな状況なのに緊張感ないな」


 お腹を押さえてガクリと肩を落とすルリメスに感嘆の念を抱く。

 どうしたものかとレイスが考えていると、突然少年がソファーから立ち上がった。


 少年は迷いのない動作でレイスたちの前まで歩み寄ると、立ち止まる。


「初めまして、僕はセス・リンフォールド。あなたたちは?」


 身構えるレイスたちの警戒を解すためか、少年は朗らかな笑みを浮かべた。敵意は感じられない。


「俺はレイス。冒険者をやっています」

「ルリメス。旅人的な人」


 無駄なエネルギーの消費を避けるためか、ルリメスはひたすら簡略化された挨拶を返す。ただ、セスは不愉快な思いはしていないらしく、ルリメスの名を聞いて納得したような表情をしていた。特段、騒ぎ立てるような反応はしない。


「その、失礼ですが、あなたは……」


 セスは言葉を濁しながら、何か言いたげにレイスへ視線を向ける。レイスはすぐにセスの言わんとすることを察した。


 ――そりゃ、王城にただの冒険者がいたら疑問に思うよな。それも、有名な英雄と一緒に。


「俺はルリメスの弟子で、依頼を受けてここに来てる」

「なるほど、あのルリメスに弟子が……ということは僕たちと同じなのかな?」

「同じ?」

「ええ、僕も、あそこの僕の弟のオルダも王家からの命でここに来ているので」


 そこまでセスが言ったところで、突然部屋の中に乾いた笑い声が響く。セスは静かに、笑いを放ったオルダを見た。険のある瞳だ。


「兄上様、お戯れはそこまでに。由緒ある血統である我ら貴族が平民と馴れ合うなど……冗談にしても、少し性質(たち)が悪いというものです」

「お前には関係ないだろ、オルダ」

「私は兄上様の身を案じて言っているというのに……嘆かわしい限りです。人には立場というものがあります。それをいつまで経っても理解できないから、私に勝てないんですよ」


 オルダは愉快そうに喉を鳴らしながら、やれやれと首を左右に振る。

 レイスは数回目を瞬かせ、居心地が悪そうに身を捩った。勘違いでもなく、数段雰囲気が重くなった。


 睨み合う兄弟に挟まれるレイスは、今すぐ帰りたい気分だ。

 そんなレイスを救ったのは、響き渡ったノック音だった。


「準備が整いました」


 義務的な声が扉の外から聞こえると、重苦しい雰囲気は一気に霧散する。オルダは誰よりも早く立ち上がると、足早に部屋から出て行った。それを確認すると、セスは申し訳なさそうに苦笑する。


「見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ないです」

「あ、いや、俺たちは別に構わないんだけど……」


 何と返すべきか、レイスは言葉を詰まらせる。その困ったような表情を見て内心を察したのか、セスは一礼をするに留めて背を向けた。


「貴族っていうのも、大変なんだな……」


 レイスの意見に同意するように、ルリメスのお腹の音が鳴った。

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