44 『煌めき』
「……何やってんだろ、俺」
目の前に並んだ道具を見て、思わずといった様子で呟くレイス。自然とため息が漏れ、余計に気分が落ち込んでくる。
酔ったルリメスによって部屋が荒らされたのが、今から二十分以上前の話。レイスは今、ルリメスのために酔い醒ましのポーションを作っている最中であった。
荒れてしまった部屋に関しては、ラフィーとシルヴィアが片付けてくれている。レイスは自分でやると言い張ったのだが、ルリメスの異変に気付かなかった自分たちも悪い、というのが姉妹の主張であった。
姉妹は引き下がりそうにもなかったので、片付けを頼んだのが現状だ。家に客人を招いておいて片付けをさせるのは、レイスとしても心苦しい。
本来ならば、今頃料理でもてなしていただろう。ただ現実は程遠い。それもこれも、すべてルリメスのせいだ。
「もう二度と師匠に酒はやらんぞ……」
少なくとも、知人がいる場において飲ませることは今後一切ないと言い切れる。これで師匠から何か言われようが、レイスの知ったことではない。
悔やむべきは自身の行動なのだから。
ちなみに、そのルリメスは現在気持ち良さそうに寝ている。また暴れられても困るので起こしはしないが、やらかすだけやらかして呑気に寝ているのは何とも腹立たしいことだ。
いっそ虫部屋に閉じ込めてやろうかとレイスは考えたものだが、起きたときに部屋が消し飛びそうなので実行には移さなかった。今でもルリメスのだらしない表情が鮮明に浮かぶので、非常に悔しい。
「こんなもんか……」
レイスは疲れ切った声を自覚しながら、完成した酔い醒ましのポーションを手に持って確認する。酒好きであるルリメスのために何度作ったかも分からないものだ。
――別に慣れたくもなかったけどな。
心の中で本音を呟き、ポーションを置く。
「ポーションはこれでよしと。あとは……」
レイスは傍らに置いてあるリンネの実を手に取った。ルリメスの魔法に巻き込まれながらも、何とか無事だったものだ。
なぜ今それを持ってきているかというと、ルリメスがラフィーたちへかけた迷惑の尻拭いをするためだ。要は、プレゼントをして感謝を示そうということである。
「本当なら少し試してからやるつもりだったけど……まあ、あんまり時間もかけられないしな」
今回作るものはポーションではない。……と言っても、正確にはポーションの一種なのかもしれないが、少なくとも人体に取り込むものではないのだ。
そこらの定義付けはレイスには分からないので、早々に頭の中から追いやる。
疲れ気味のレイスは思考を止め、目の前の作業に集中。
まず、手に持ったリンネの実の皮をすべて剥く。すると、瑞々しい真っ白な実が姿を現した。フルーツとして見るならこのまま食べるのが正解だが、今回は違う。
レイスはリンネの実のある特徴を利用するべく、鍋の中に実を放り込む。
「『攪拌』」
錬金術を発動すると、鍋の中の実がすり潰されながらかき混ぜられていく。少しすると実は完全に形をなくし、透明な液体となった。
「ここに……これをっと」
レイスは液状になったリンネの中に、ある植物を入れる。薄らと光を放つその植物の名はソソギ草といい、日の当たらない場所に自生している植物だ。
主に森の深部などで見かけられ、王国周辺にも存在している。
暗闇において自ら薄く光を発するこの植物は、多くは地中の微量な魔力を吸い上げてエネルギーとする。通常なら二週間ほどで光を発さなくなり、その後緩やかに枯れるのだが、レイスが鍋に入れたのは特殊な保存処理を施したものだ。
そのため、魔力が尽きない限りは光が絶えることはない。
レイスは鍋の中にソソギ草が入っていることを確認すると、一度部屋の明かりをすべて消した。すると、暗い部屋の中でハッキリと輝く光が一つ。
「へぇ……噂に違わず綺麗だな」
レイスは鍋から溢れる美しい藍色の光に感嘆の声を漏らし、目を細めた。これが、リンネの実の最大の特徴。液状にしたときに、光源によって色の違う光を放つのだ。
その光は芸術品に勝るとも劣らない美しさと言われており、王国内でも人気が高い。レイスも実際に目にするのは初めてだが、想像以上のものだ。
「よし、確認終了」
暗闇の中で美しく輝く光をいつまでも眺めていたい気持ちはあるが、まだやることがある。レイスはグッと堪えて明かりをつけると、鍋の中に入っている液状のリンネとソソギ草を回収。
レイスは液状のリンネを二つの瓶に分けて入れると、その中に微量の聖水を投入。
聖水は魔力を留めておく性質を持っているので、魔力の貯蔵庫代わりになる。これがソソギ草を使用する上で相性がいい。
瓶を軽く振って二つの液体を混ぜ合わせると、中にソソギ草を入れる。
これで完成だ。
「初めてにしては上手くいったな」
レイスは両腕を組み、出来栄えに満足の息を漏らす。しかし、いつまでもそうしている訳にもいかない。
レイスは瓶と酔い醒ましのポーションを手に持ち、ルリメスが荒らした部屋へと戻る。中に入ると、一仕事終えたであろうラフィーとシルヴィアの姿があった。
「あ、レイスさん。掃除終わりましたよ」
「悪いな。……それにしても、よく終わったな」
レイスは部屋の中を見渡し、感心したように呟く。
それもそのはずで、レイスが最後に見た部屋の光景は荒れに荒れていた。それが今は家具は元の位置に戻り、散乱していた調味料などもすべて片付けられている。
レイスとしてもすべて終わるとは考えていなかったので驚きだ。
「ほとんどはシルヴィアの魔法のおかげだぞ」
「へぇ、すごいな、シルヴィア」
「いえいえ」
後頭部に片手を置いて照れつつも、誇らしげな表情のシルヴィア。年相応の反応に、レイスの頬も思わず緩む。
「ラフィーもありがとう」
「ああ。気にするな」
聖人のように優しい二人にレイスは感謝しつつ、手に持っているソソギ草が入った瓶を差し出した。
「礼と言ったら何だけど、これ」
「これは……」
「まあ、見せた方が早いな」
レイスは言いながら明かりを消す。すると、先ほどと同じように液体が輝き出した。
「わぁ……」
パッと表情を輝かせたシルヴィアは、藍色の光に見蕩れる。ラフィーは表情こそあまり変えていないが、静かに息を飲み込む音が聞こえた。
「迷惑かけた礼代わりだ」
明かりをつけ、レイスは二人に瓶を手渡した。
「ありがとうございます!」
「ありがとう」
「まあ、こっちが悪いからな。……さて、飯はどうする?」
まだ少し時間に余裕はあるだろうが、外はすでに暗くなっている。姉妹は外をチラリと見ると、少し残念そうに微笑を浮かべた。
「レイスも疲れていそうだし、私たちは帰るよ。明日には指名依頼の件もあるしな」
「お疲れ様です、レイスさん。ゆっくり休んでくださいね」
「気を遣わせて悪いな……。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらう」
レイスはラフィーとシルヴィアの二人を玄関まで見送り、一言二言言葉を交わしてから別れる。
それからすやすや眠っているルリメスを叩き起こして酔い醒ましのポーションを飲ませ、食事を摂った。風呂やら歯磨きやらを済ませると、その頃には瞼も重くなる。
「何も起きないといいんだけどなぁ……」
レイスは眠る前に王家からの手紙を見て、切にそう願う。何分、ルリメスも一緒なので望みが薄そうなのが悲しいところだが。
せめて、厄介事が師匠にすべて行きますように――。
ルリメスが聞いたら頬を膨らませて怒りそうなことを考えながら、レイスは眠りに落ちた。