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42 『過去話』

本日発売日です。是非ともよろしくお願いします。

 魔法の指南が修了したのは、日が暮れる少し前のことだった。その後、約束はしていなかったが、せっかくなので夕食を一緒にすることに。


 ちなみに、提案したのはルリメスである。


「面倒だし、転移で帰る?」


 その際、ルリメスはそう言ったが、残念ながら同意する人間は一人もいなかった。いくらルリメスが熟練の魔導師といえど、失敗した場合の話を聞いたばかりでは気軽に頷けるはずもない。


 誰だって命は惜しい。頭と胴体がおさらばするような残酷な状態にはなりたくないのだ。


 というわけで、四人は徒歩で王都にまで帰ることになった。そこまで距離はないので、一時間も歩けば十分たどり着ける範囲である。


 その間黙っているわけもないので、現在は歩きながら雑談に興じているのだが。


「ていうか師匠、俺と暮らしてるとき一回も転移が失敗した場合のこと言ってなかったよな」

「あれ、そうだっけ?」

「ああ、そうだよ。そして俺は何も知らずに師匠の転移を何度も受けてたよ」


 レイスはどこか責めるような口調と共に、ジト目でルリメスを見る。記憶の中では、説明もなく問答無用で転移を受けているレイスの姿があった。


 もし何らかの事故が起きて失敗していたら……そう思うと、震えが止まらない。


「ま、まあ、ボクは失敗しないから大丈夫だよー!」

「そういう問題じゃねぇよ……」


 レイスは舌を出し、ウィンクしながらサムズアップするルリメスの頬を容赦なく両手で挟む。そして、そのまま両手をぐりぐりと動かした。


「やめふぇよ、レイふん!」


 ルリメスからの抗議の声が上がるが、レイスの手は止まらない。それから数秒ほど続けて、程よく満足したレイスが手を離すと、ルリメスの頬は真っ赤になっていた。


 ルリメスが鋭い目でレイスを睨むが、本人は素知らぬ顔だ。


「はは……まあ確かに、失敗したときのリスクが大きすぎるな」

「私もどれだけ上達しようと試したくないですねー」


 姉妹の意見にレイスは強く頷き、ルリメスは苦虫を噛み潰したような表情になる。


「でも、結構便利なんだよー」

「まあ便利なのは認めるけど、便利というだけで命をかけたくない」

「大丈夫だよー、ボクもちゃんと練習したし」

「ん、練習……?」


 不穏な言葉に思わず訊き返す。


 レイスは思わずスプラッターな光景を思い浮かべ、青い顔をした。まさか自分の師匠がそんなグロテスクなことをしていたなんて思いもよらない、といった感じである。


 レイスの顔を見てそんな思考を読み取ったのか、ルリメスは慌てて首を振った。


「言っとくけど人体実験とか、そんなことはしてないからね!」

「あ、なんだ、良かった……」


 レイスは胸に手を置き、あからさまにホッとした様子を見せる。


「一体ボクをなんだと思ってるの、レイ君は……」


 弟子からの信用のなさに愕然とする。さしものルリメスもこれにはショックを受けざるを得ない。瞼を伏せて重く息を吐き、悲しげに首を振る。


 なぜだかレイスがルリメスをいじめているような構図が出来上がり、傍らから姉妹のジーッとした視線が突き刺さった。


「うっ……」


 形勢逆転。


 レイスにとっては非常にいたたまれない空間だ。レイスが思わず謝罪の言葉を口にしようか、といった瞬間。


「ボクはちゃんと魔物で試したよー!!」

「それ、どっちにしろグロくないか……!?」


 今度はレイスが愕然とする番だ。魔物の身体がバラバラになる光景が思い浮かぶ。


「まあでも、そのお陰で失敗することがなくなったからー」

「……うん、まあ師匠がいいならいいんじゃないか」


 仲が良いのか悪いのか、よく分からない二人のやり取りにラフィーとシルヴィアは目を白黒させている。


「そういえば、レイスとルリメスさんっていつ頃出会ったんですか?」

「ボクとレイ君が初めて会ったのが七年前くらいかな。まだレイ君がこんくらいのときだねー。ルリ姉ルリ姉って言ってずっとボクの後ろに着いてきててねー、あの頃は可愛かったなぁ」


 ルリメスは手で今よりもずっと小さいレイスの身長を示す。十歳の頃なので、まだまだ子どもの時期だ。


 レイスは気恥しさからか、若干俯きがちになる。今の態度とほぼ真逆の時期なので、尚更だ。幼き日のレイスは、それはもうルリメスに懐いていた。


 ただ、ルリメスから手紙が送られてきたときの反応を知っているラフィーとシルヴィアは、半信半疑でレイスを見る。


「まあ、そういう時期がないこともなかった……」


 レイスは片手で顔を覆い、消え入りそうな声で呟いた。頬を赤くしているところを見れば、単に恥ずかしがっていることが分かる。


「それで色々あってレイ君が十二歳のときにボクの弟子になったんだよー」

「なるほど」


 ラフィーは随分と話が端折られたなと思いつつも、相槌を打つ。まあ本当に色々あったので、詳しく話すと長くなるのだ。


 レイスも当時を思い返したのか、重いため息をついている。


「地獄の始まりだな」

「むっ、何を失礼な」


 ルリメスは手を伸ばして、レイスの頭を軽くペシペシと叩く。


「レイ君は最近、師匠に対する敬意が足りないと思うよー、もっと敬いたまえよ!」

「何だよそれ……少なくとも、錬金術の腕と魔術の腕は評価してるぞ。腕はな(・・・)


 レイスはルリメスへ呆れたように白けた目を向ける。ルリメスも負けじとレイスを睨み、謎の空間が生まれた。


 シルヴィアは目線で火花を散らす二人を見て苦笑。


「でも、レイスさんとルリメスさんが出会ったのってすごいことですよね。才能の巡り合わせと言いますか」


 特に師と呼べる存在がいないシルヴィアは、多少の羨ましさを含ませて言う。当のレイスとルリメスは顔を見合わせ、首を傾げた。


「まあ、ボクがレイ君の両親と知り合いだからねー。まさかあの二人からレイ君みたいな錬金術が得意な子が産まれるとは思わなかったけど」

「それは俺も同意だな」


 師弟揃ってこう言うのには、もちろん理由がある。


「と、言いますと?」


 ラフィーに促され、レイスは指を一つ立てた。


「簡単に言うと、俺の両親は冒険者やってるんだよ。それも、多分ラフィーとシルヴィア並に強いか、それ以上。だけど、子どもの俺は一切戦えないから」


 レイスは両親の才を欠片も受け継がず、まったく関係のない錬金術に才を示した。だからこそレイスの両親もレイスとルリメスを引き合わせたのだ。


「まあ、魔物に食われかけたり、そんなこんなで俺は師匠と今までやってきたわけだな」


 詳しく話すとそれこそ語りきれないので、レイスはそう言って締めくくる。懐かしさよりもトラウマの方が大きいので、思い出したくないのだ。


「まあでも、レイ君は口では冷たく言ってきたりするけど、毎年ボクの誕生日にプレゼントを贈ってくれるからねー、こう見えて照れ屋さんなんだよー」


 ルリメスはニヤニヤと笑いながら口元に手を当て、わざとらしくラフィーとシルヴィアに近寄った。


「やめろ、最後にわざわざそれを言うな、俺の精神が耐えられない……!」


 三人分の微笑ましい視線を受け、レイスは必死に顔を隠す。歩調も速まっており、彼の今の心情を如実に表していた。


「師匠思いなのはいいことじゃないか、レイス」

「そうですよ、レイスさん!」

「だってさ、レイ君ー」


 からからうような三人の声に、レイスは苦々しい表情になる。ただ、素直に反応してしまうのも何だか負けたような気分になって悔しいので、耳を塞いだ。


「あー、聞こえない聞こえないー」


 子どものようなその行動に、背後から三人分の笑い声が微かに響いた。

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