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40 『頼み事』

「ほえで、ふぇふだって欲ひいほとってー?」

「師匠、食べ終わってから喋ってくれ」


 夕食を終え、デザートの蜂蜜パイを頬張りながら話すルリメス。レイスが機嫌を悪くしている彼女のために作ったものだが、レイスが食べる分もなくなるのではないか、という勢いで目減りしていた。


 レイスは幸せそうなルリメスを見て、呆れながらも苦笑する。ここまで喜んでくれるのなら、レイスとしても作った甲斐があったというものだ。


 レイスはいつも文句を言いつつも、師匠のために食事などを作るのが心底嫌というわけではない。手間がかかるのは確かだ。しかし、その分ルリメスが笑顔で食べてくれるので、満足はしている。


 幼い子どもを見ているような気分になるのは何とも言えないが。レイスは、まあいいかと投げやりに思考を放棄し、口の中のものを飲み込んだルリメスへと話しかける。


「手伝ってほしいことだけど、魔道具の作製だ」

「ふむふむ、レイ君でも作れないの?」

「魔法が絡んでくるから、俺一人じゃ絶対に無理」

「なるほどねー、だからボクと」


 ルリメスは得心いったという風にうんうんと頷く。心なしか、少し嬉しそうな表情だ。恐らくは、普段あまり頼み事をしないレイスが頼ってきたからなのだろうが。


 レイスが成長してからというものの、師匠らしいことはまったくできていないのだ。


 ルリメスは自身の豊かな胸を力強く叩き、青色の瞳を爛々と輝かせる。


「師匠に任せてー!」

「ま、まあ、やる気なのは嬉しいけど、そんなに本気出さなくてもいいからな」


 ルリメスが本気を出すと、とんでもないことになるのが目に見えている。わざわざ悲劇を引き起こしたくないレイスは、予め警告する。自分に自重しろと言ってくるラフィーの気持ちが少しだけ分かった瞬間だった。


「具体的には何を作るのー?」

「鞄だな。空間拡張して、色々入れられるようにしたい」

「確かに便利だもんねー」


 ルリメスは自前で空間魔法を使えるので、魔道具の鞄などは必要ではない。しかしレイスはその限りではないのだ。錬金術師は何かと持ち運ぶものが多いので、所持していて損はない一品である。


 とはいえ、レイスは一度シルヴィアと鞄を作製している。今回は万が一使えなくなったときのための、謂わばスペア。ちょうど世界最高峰の魔導師がいるのだから、手伝ってもらうには良い機会というわけだ。


「ボクはどこまでやればいい?」

「師匠は空間魔法だけかけてくれたらいい」

「それだけでいいのー?」

「うーん、まあ大丈夫だと思うけど、失敗しそうなら助けてくれると嬉しい」

「分かったー」


 サポートにルリメスがついているなら百人力だ。失敗したときも安心して任せられる。

 というのも、前回とは違う方法で鞄を作ろうとしているのだ。


 利用するのは、ついさっきルリメスが見て悲鳴を上げたもの。正確には、その虫から生み出される繊維である。


 レイスが役に立つと言った通り、繊維はミスリルには及ばないものの魔力の伝導率が高く、しかも強度も高い。人の手で引っ張っても引き千切るのは難しく、成人男性一人を吊しても余裕で耐えるほどの強度を備えていると言われている。


 更に繊維の表面は魔力に対する耐性も備えている。

 つまり、外側からの魔法の干渉を受け辛い。簡単な魔法なら傷一つつかないほどだ。


 これを鞄の材料として利用することで、空間拡張の規模を大きくすることができる。加えて、ある程度の耐久性も保証されるのだ。


 ――という説明をレイスはルリメスへ語ったが、返ってきたのは虫は無理という短い言葉だった。


 饒舌に語っていたレイスは静かに口を閉じ、そのまま準備を始める。目の端に光るものが見える気もするが、それを指摘するのは野暮というものだろう。


「よし!」


 準備を終えたレイスはわざと明るい声を出し、やる気を漲らせる。と言っても、事前に鞄の形には整えているので、あとはルリメスに任せるのみなのだが。


 ちなみに、鞄の底には繊維によって陣が刻まれている。以前はレイスが手ずから筆によって陣を刻んだが、それよりは少し効力は低い。


 とはいえ、今回魔法を施すのはルリメスだ。彼女の力を以てすれば、以前と同じかそれ以上の出来上がりになる可能性は高い。


 一通り鞄を見たルリメスは、静かに手をかざした。 


「始めるよー」


 その言葉と共に、鞄が淡い緑色の光に包まれる。鞄全体を包んでいた光はやがて鞄の底へ向かっていき、繊維によって刻まれた陣に収束していく。


 すべての光が陣に集まったあと、陣は一際強い輝きを放った。レイスは、眩しさからぎゅっと目を瞑る。やがて光が収まると、レイスは恐る恐る目を開いた。


「成功……したのか?」

「多分大丈夫だよー」


 その気軽な声を聞いて、レイスは机の上にあった最後の蜂蜜パイを手に取る。ルリメスの「あっ……」という悲しげな声が聞こえたが、気にせず鞄の中へ入れた。


 すると、蜂蜜パイは鞄の中の暗闇に沈んでいった。レイスはそれを確認して鞄の中に手を入れ、蜂蜜パイを取り出す。


「成功みたいだな」

「ふふん、師匠を敬いたまえー」


 腕を組み、どや顔のルリメス。想像の中の彼女の鼻は、今頃高くなっているだろう。実際すごいのだから、否定しようもない。


「そうだな、ありがとう」

「レイ君が素直に! まさかこれがデレ期……!?」

「妙な言葉を使わないでくれ……」


 レイスは愕然とするルリメスへ呆れの表情を見せ、手に持っている蜂蜜パイを口の中へ放り込む。その光景を見たルリメスは、悲しげな表情で手を伸ばす。ただ時すでに遅し。


 嚥下されたものが戻ることはない。


 ルリメスはガクリと肩を落とし、あからさまに落ち込む。そこまで落ち込まれると、レイスとしても罪悪感がわいてくる。まあ、まだ一つも食べていないことを考えると遠慮する理由は特にないのだが。


 数秒もすると、ルリメスは立ち直った。


「頼みたいことってこれだけー?」

「ん、まあそうだな」


 ルリメスの訪れは突発的なものだったので、頼み事はその場の思いつきだ。元々、ルリメスに対して頼み事をする方が珍しいという事実もある。


「じゃあ、そうだねー……」


 ルリメスは何か思いついた、という表情で悪そうな笑みを浮かべた。思わず身構えるレイス。突拍子もないことを言われたら、即座に断るつもりだ。


「手伝ってあげたお礼に、ボクのお願いも聞いてー」

「内容による」

「ええー……」

「ええー……じゃない。何でもは無理だぞ」


 落胆するルリメスの姿を見て、一体何を頼む気だったんだと戦慄する。レイスは唸っているルリメスに疑心を含む瞳を向けながら待つ。


 少しすると、顎に手を置いて考え込んでいたルリメスは両手を叩いて顔を上げた。


「よし、じゃあお酒を飲みに行こう! もちろんレイ君はお酒は飲まなくていいよー」

「うーん、まあそれなら……」


 力になってもらったのは確かなのだ。本当なら別の頼みがいいと思っているが、多少の妥協は必要だと否定の言葉を飲み込む。


 苦労することが目に見えているとはいえ、だ。まあ、ルリメスの頼みで苦労しないことの方が珍しいので、そこはもう一種の諦めの境地である。


「やったー」


 喜ぶルリメスとは対照的に、憂鬱そうなレイス。面倒事が一つ増えたのだから、仕方あるまい。


 俺はいつから師匠の保護者になったんだろう、などと思いながら片づけを始める。


 もちろんルリメスは手伝う素振りなど見せず、無言でハンモックの上で寝転がっていた。


 小言の一つも言いたくなる。しかし、それすらも億劫に感じたレイスは、苦笑を浮かべるに留めた。

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