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37 『偉業について』

 眉をひそめ、訝しげな様子のレイス。


「王国の王家に知り合いがいるのか?」

「まあ、昔に色々あったからねー。そのよしみで頼みごとされちゃったんだよー」

「そういえばウィルスさんもなんか師匠のこと『堕落英雄』とかそんなこと言ってたな……」


 レイスは大貴族の男との会話を記憶を掘り起こして、一人得心する。『堕落英雄』という単語は記憶に留まるほど強烈な言葉だった。


 何せ、これほどルリメスの特徴を表した言葉は他にないないくらいだ。レイスがうんうんと頷いていると、突然バンッと軽く音が鳴り、テーブルが揺れた。


 レイスが何事かと音の原因に視線を向けると、シルヴィアが珍しく興奮した様子で身を乗り出していた。


「ちょっと待ってください、ルリメスさんって、やっぱりあのルリメスさんですか!?」


 瞳をこれでもかというほど輝かせて、声は心なしか上擦っている。レイスには、うさ耳がぴょんぴょんと跳ねる幻が見えた。


「おっ、もしかしてボクのこと知ってくれてる感じかな?」

「はい、知ってます! 最高峰の魔導師だって有名ですから!」

「その様子だと、シルヴィアちゃんも魔導師?」

「そうです!」


 シルヴィアとルリメスの会話が弾む一方で、レイスはひっそりと隣のラフィーの肩を叩く。


「ラフィー、師匠ってやっぱり有名だったりするのか?」

「ん、まあ、そうだな。この国でルリメスの名を知らない人間は少ないだろう」

「へー、そこまでなのか。ちなみに師匠は何をしでかしたんだ?」


 興味本位で尋ねるレイス。言い方にそこはかとなく悪意が感じられなくもない。


「王国を襲った巨竜を単独で撃退したらしい。あと、その際に街の復興に尽力したとか」

「巨竜か、なんか言葉の響きからして強そうだな」

「実際強いと思うぞ。噂を聞く限り、私でも一人では倒せないと思う」

「なるほど、そりゃ確かに強い」


 レイスはラフィーが戦う姿を思い返しながら、巨竜という存在の強大さを認識する。そんな生物を単独で撃退したのなら、有名になるのも納得できる。


「へぇ、でも師匠がそんな面倒そうなことをな……珍しいというかなんと言うか、ちょっと意外だな」

「まあ、復興した際に見返りは要求したらしいけどな。しばらく王都の酒場に入り浸っていたらしい」

「師匠め、それが狙いだったな」


 レイスは一瞬で納得し、半目になって師匠を見る。隣のラフィーは苦笑しつつも、同じくルリメスを見た。


「ふんふん、シルヴィアちゃんはレイ君に助けられたんだー」

「はい、レイスさんは命の恩人です!」


 いつの間にかレイスの話になっていたらしい。目の前でそれを聞いたレイスは何となく恥ずかしく思い、ポリポリと頬を掻く。


 師匠はそんな弟子の様子をニヤついた笑みを浮かべながら見ていた。


「……なんだよ」


 目を細め、ぶっきらぼうに言い放つレイス。素っ気ない態度を取られたルリメスの笑みは、ますます深くなるばかりだ。


「べっつにー、ナンデモナイヨー」


 ルリメスの表情とは真逆の言葉にレイスはつい反論を口にしようとしたが、直前で思い止まった。昔からこの手の話で口論をして勝てた試しがなかったからだ。


 代わりにため息をつくと、片腕をテーブルについてその上に顎を乗せる。


「で、その王家からの依頼は受けるのか?」

「んー、まあ内容にもよるかなー。とりあえず話は聞くけど」

「ちなみに俺のとこにも来たぞ、依頼」

「へー、そうなんだ!」

「なんなら師匠が依頼を受けてくれ。そうしたら俺の出番なんてないだろ」

「それは約束できないかなー」


 うへー、と嫌そうな表情をするレイス。田舎で細々と錬金術を研究してきただけの彼にとっては、王族だの貴族だのといった権力者との関わり方はよく分からないのだ。


 というか、できるだけ関わりたくないのが本音である。一応人命に関わる依頼かもしれないので話は聞きに行くが。


「というか、その様子だと師匠もまだ何の依頼か分かってないのか?」

「手紙には、来てくれとしか書いてなかったからねー。まあ、ボクとレイ君を呼ぶってことはまず間違いなく錬金術に関わることだと思うけど」

「ま、そりゃそうだろうな」


 レイスは注文していたジュースをズズーと飲み干し、気怠そうにぼやく。王都に来てからというものの休む暇があまりなかったので、少しだけ気が滅入っているのだ。


 そのまま数秒ボーッとしていると、唐突に忘れていた疑問を思い出した。


「そういえば、師匠はなんで俺の居場所が分かったんだ?」

「レイ君の魔力を感知してここまで来たよー、だから居場所を調べるくらい簡単!」

「え、何それ初耳なんだけど。こっわ」


 数年も弟子を続けていて初めて知る事実。


 レイスは自分の身体を抱いて、青い顔をする。逃げようが逃げまいが、結局見つかるのは時間の問題だったということだ。


 完全に逃亡を諦めたレイスは雑談に興じる。その途中でルリメスは、名案を思いついたという様子で手を叩いた。


「そうだ、シルヴィアちゃん! 折角こうして知り合えたんだし、魔法を教えてあげようかー」

「え、本当ですか!?」


 ルリメスの提案に、シルヴィアはこれでもかというほど瞳を輝かせる。しかし、レイスは信じられないものを見るような目をルリメスに向けた。


「待て待て待て、待つんだ。シルヴィア、考え直せ。俺はシルヴィアに地獄は経験して欲しくない」


 レイスは娘を案じる父親のような表情でシルヴィアを諭す。実体験に基づくその言葉には、確かな重みがあった。


「えー、酷い言いようだなー」

「師匠は今までの所業を思い返してからその言葉を言ってくれ」

「アレだよ、可愛い子には旅をさせよとかそんな感じだよ」

「地獄への旅か、笑えないな!」


 満面の笑みでそう言い切るレイス。ただ、瞳は暗く濁っており、彼の心情を如実に伝えてくる。


 ルリメスはばつが悪そうに視線を泳がせた。


「まあ、無茶なことはしないから大丈夫だよー」

「本当だろうな……」

「ホントホント」


 一切の信憑性がない言葉である。とはいえ、シルヴィアはS級冒険者だ。レイスに心配されずとも、自分の身は自分で守れるだけの実力はある。


 故に、姉であるラフィーは特に口を挟むことなく成り行きを見守っている。今は生暖かい目でレイスを見ていた。


「それじゃあ、いつやりますか!」

「んー、明日とかどうかな?」

「分かりました!」


 話は纏まり、シルヴィアのやる気も十分なようだ。レイスは徐に時間の経過を確認する。


「ん、そろそろ俺は行こうかな」

「私とシルヴィアも依頼の時間だし、ちょうどいいな」

「師匠はどうするんだ?」

「ボク? うーん、やることもないしレイ君に着いて行こうかなー」


 レイスはこれからデイジーのところで依頼だ。なので本来なら一人で行くべきなのだが、師匠が言うことを聞かないことは分かっていた。


 というわけで、どうせならこき使ってやろうという腹積もりである。


「それじゃあ、また」

「じゃあねー、シルヴィアちゃん、ラフィーちゃん!」


 笑顔のシルヴィアと苦笑いのラフィー。対照的な姉妹の表情を見たあと、レイスとルリメスはデイジーの元へと向かった。

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