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34 『次へ』

書籍化決定致しました。詳しくは活動報告へ。

 レイスには工房が完成したら作りたいものがあった。その一つが瓶である。ポーションを入れたり液体の保存に重宝するので、すぐ数が足りなくなるのだ。


 デイジーの店で何度か補充したものの、これから工房を使用することを考えれば多く持っておいて損はない。レイスは早速、材料を持って工房内を移動。


「よし、初使用だ」


 レイスの前にあるのは、鍛冶に使うような大きな窯だ。正面に半円型の穴があり、中には小さな台座のようなものがある。材質は特殊。幅の大きい熱や冷気に耐えられる鉱石だ。


 ただこれも魔道具であり、魔法の力を利用している。加熱冷却が主な機能だ。ここでは、武具や装飾品の加工に使われる。


 魔力量は適宜調整が可能であり、それによって温度調整なども可能だ。


「よいしょっと」


 レイスは窯の中にガラスの原料を入れ、蓋をする。今回使うのは加熱の機能。レイスが細かい設定を施すと、魔石からの魔力供給を受け、釜は動き出す。


「おお」


 実際に使うとなると、やはり多少の感動は覚える。レイスは子どものように目を輝かせた。ただ、それで作業をおざなりにしていては元も子もないので、窯の中の様子はしっかりと見守る。


「『解析(アナライズ)』」


 中の詳しい様子を錬金術で観察。というより、ガラスの原料が溶けていくのを『解析(アナライズ)』で見ている感じだ。


 温度の変化や状態の変化など、やり過ぎないように念の為にである。


「うーん、そろそろかな」


 レイスは頃合を見て、魔道具の動作を止める。中からガラスの原料を取り出すと、溶けて橙色に光っていた。ここからが、錬金術の出番である。


「『変形』っと」


 レイスが軽く呟くと、溶けたガラスの原料はみるみるうちに瓶の形へとなっていく。レイスはそれを繰り返すと、瓶を再び窯の中へ戻した。


 今度は先程とは真逆。冷却の時間である。


 レイスは加熱のときと同じく『解析(アナライズ)』で見守り、最適な状態で瓶を取り出した。冷却された瓶は透明に近い色合いになっている。


「『浄化』」


 そこへ更に不純物を消す錬金術が加わり、瓶は完全に曇りのない透明色になった。レイスは出来上がった瓶を光に照らして見て、うんうんと頷く。


「悪くない出来だな。よしっ」


 新しい工房の手応えは悪くない。自然と笑みも浮かぶというものだ。


「ふーむ、ついでに保冷用と保温用も作っとくか……?」


 保冷用と保温用とは、魔道具の瓶に関する話だ。言葉通り、瓶それ自体に保冷と保温の効果が付く。レイスが昔から愛用している品であり、何かと便利な代物である。


「いや、それは今度でいいか」


 とりあえずは瓶を作ろうと、せっせと作業を再開するレイス。作業の合間に考えるのは、師匠のことだ。


 ニコラとの話題に上がったせいか、自然と頭の中に思い浮かんだのである。


「師匠を好きだなんて、物好きな人間もいたもんだよなぁ……」


 レイスは口では何だかんだ言いながらも、錬金術を教えてくれたことだけに関しては師匠であるルリメスに感謝している。


 ただ、好きだなんて言葉は口が裂けてもルリメスに言えない。


「あの人、今はどこで何やってんだか……できればこのまま俺に関わらずにどこかで頑張っていてくれ。うん、それがいい。それが一番だ」


 レイスの心からの願いだ。フラグになっているような気もしないが、気のせいだろう。


 ほんの一瞬、レイスの身体を妙な悪寒が襲ったのも気のせいだ。


 ――そのはずだと信じて、レイスはただひたすら作業に打ち込んだ。




 ***




 雪が、降り積もっていた。しんしんとか、そんな生易しいレベルではない。言葉に表すとするならば『豪雪』とか、そういった表現が適切なほどの雪だ。


 そんな雪の中を、苦もなく歩く女が一人。


 二本に纏めた栗色の長い髪を後ろでたなびかせ、手には赤い宝石を握りしめている。女はこの豪雪の中、上半身のみを覆う薄手の紺色のローブに、下半身は少し長めの赤色のスカートと茶色のロングブーツという頭のおかしい格好だ。


 普通なら、まず間違いなく数分で凍死する。だというのに、女は余裕の表情で雪をかき分けて進んでいた。


「いやー、やっぱり寒いね、ここはー。素材も集まったことだし、さっさと立ち去るに限るよー」


 本当に寒いと思っているのかと疑いたくなるような格好をしているが、女曰く寒さは感じているらしい。可愛らしくくしゃみをして、白い息を吐く。


「というか、よく私の居場所が分かったなー」


 女がそうぼやきながら取り出したのは、一通の手紙。女の古い知り合いから出されたものだ。内容は助けを求めるもので、知らない仲でもないのでとりあえず向かおうか、という次第である。


「はぁ……こんなことなら魔力を使い過ぎるんじゃなかったなー」


 今、女に残っている魔力は微々たるものだ。先ほどまで実験をしており、そのために魔力のほとんどを費やしていたためだ。


「あー、寒い中歩くのめんどくさいなー」


 魔力が残っていれば転移という手段を取ることができるため、余計に女はそう思ってしまう。そうやって愚痴を零しながら歩いていると、


「ん?」


 突然女の前に現れたのは、巨大な狼。人間を軽く踏み潰せるであろう巨体と身に宿している膨大な魔力は相当なものだ。


 ランクで表すと、軽くSを超えていることは間違いない。出会えば死を覚悟する相手だ。


 狼は存在を主張するかのように咆哮を上げると、女に向かっていき――


「邪魔」


 女が乱雑に腕を振ったかと思うと、狼は一瞬で真っ二つになった。女はそのまま何事もなかったかのように、再び歩き出す。


「うーん、まあそれでも、久しぶりに王国に行くのは楽しみかなー」


 女の行き先は王国。数多訪れた国の中でも、思い入れがある国だ。『英雄』などとも呼ばれていたので、それなりには関わっている。


「それに、レイ君もいるしねー」


 思い起こすのは、いつも死んだような目をしていた弟子の存在。魔法の才能は皆無だったものの、錬金術においては目を見張る才を持っていた少年だった。


 いつも何かと騒がしい彼は、師である女のことを楽しませてくれる。野暮用によって彼を放置して出かけていたので、久しぶりの再会となる。


「ふんふん、楽しみだなー」


 女は上機嫌に鼻歌を歌いながら王国への道のりを進んでいく。再会したときの弟子の反応が楽しみで仕方がない、といった感じだ。


 弟子本人にしてみれば、悪夢以外の何物でもないのだが。


 それに師匠が気付くことはなく――刻一刻と再会の時は近付いていた。




 ***




「それで、完成した工房はどうなの?」

「いい感じだ。特に不備もなかったし」

「そう。それなら良かったわ」


 もはや定例となっている指名依頼。レイスとデイジーの二人は作業の合間に、他愛もない雑談を交わす。話題に上がったのは、つい最近完成したばかりのレイスの工房について。


「今は魔道具の瓶を作ろうと思っていてな、完成したらデイジーにも渡すから使用感を教えてくれ」

「そう、貰える分は貰っておくわ。変なものじゃなければ」

「俺はわざわざ変なもの渡さねぇよ……」


 そもそも変なもの自体作らんと言葉を続けて、レイスは手を止める。今日の分の作業がすべて終わったのだ。


「あら、相変わらず早いのね」

「まあな。それじゃあ、俺は今日はここらへんで」

「ええ、またよろしく」

「はいよ」


 レイスはデイジーへ別れを告げ、とぼとぼと冒険者ギルドへの道をいつも通り歩く。そして、いつも通りギルドの中に入ると、いつも通りアメリアの前へ行き――


「レイスさん!!」

「は、はい。何でしょう」


 ――いつも通りではないのは、アメリアの様子だった。


 突然名前を叫ばれるものだから、レイスも驚いている。いきなりそんな行動をするのは、アメリアにしては珍しいことだ。


「こ、これ!」

「手紙……? 誰からですか、これ?」


 動揺しているアメリアが差し出してきたのは、一通の手紙。思わずレイスが差出人を訊くと、アメリアは手をふるふると震えさせて、


「――王家からの、指名依頼です!」

「……はい?」


 新たな面倒事の予感に、レイスの表情は引きつるばかりであった。

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