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32 『工房作り⑥』

 ――工房作り二日目。


 一日目は素材の保管庫毎の環境設定、更に魔石への魔力貯蓄で日が暮れてしまった。安全面を考慮しながら作業を進めるので、魔道具の設置はどうしても時間がかかってしまう。


 誤作動でも起こそうものなら、素材が全滅しかねないのだ。そういった意味でも、慎重にならざるを得なかった。


「さてと、今日も始めますか」


 二日目の主な作業は、魔道具に関してだ。


 魔道具の生産は、基本的にはアクセサリー系や、レイスが持つ自動加熱の鍋のような簡単な道具が主になる。アクセサリー型の魔道具は、以前レイスが森に行く前に作った衝撃耐性の指輪と似たものだ。


「――そういえば、先に試したいことがあるんですけどいいですか?」

「はい、何かあればどうぞ」


 レイスには、昨日手が空いていた時間に考えていた案が一つ。これが可能であれば、魔道具の生産においてかなりの効率化が図れるであろう代物だった。


 やれることが少ない以上、知恵を絞った結果である。少々ポンコツ気味になるときもあるが、やるときはやる男なのだ。


 ニコラへ許可を取ったレイスは、意気揚々と一枚の紙を取り出した。レイスはその真っ白な紙に、すらすらと文字を書き込んでいく。シルヴィア、デイジー、ニコラの三名に見つめられる中――ピタリとレイスの手は止まった。


 レイスは完成した紙面を、三人の方へ向ける。


「これは……なるほど」


 真っ先に反応を示したのは、その道を専門としているニコラ。やはり商売としてやっているだけのことはあり、一目見て理解したようだ。


 逆に、残った二人は何のことか分からないといった様子で紙面を凝視していた。紙面に描かれているのは、紋様で構成された陣のようなものだ。


「魔方陣……?  いや、でもこんな形見たことないな……」


 魔法関係には詳しいシルヴィアが、ブツブツと小声で推測を口にしていく。とはいえ、魔導師でもないレイスが魔法に関することを扱えるわけもない。


「魔方陣っていうのは合ってるけど、シルヴィアたち魔導師みたく魔法を使うために描いてるわけじゃないかな」


 レイスはウンウンと唸るシルヴィアを見て、思わず苦笑。その隣では、不機嫌そうなデイジーが説明を求めるようにレイスを見ていた。


「じゃあ、これは何?」

「簡単に言うと、魔道具を作るための魔方陣。魔方陣に込められた魔術的効果を、錬金術の『付与』を使ってアクセサリーとかに込めるって感じだな」


 錬金術の中にも種類というものがある。


 ポーションの作製など、薬師の延長線上のような役割を持つ錬金術。武器や鎧の加工、更に魔道具を作り出す錬金術。


 レイスが思いついた案とは、魔道具の作製に関するものだ。


「それで、その試したいことって具体的に何なんですか?」


 興味深そうにニコラが尋ねる。


「できるかどうかは分からないんですけど、この魔方陣にも魔石から魔力の供給ができないかなーっと。可能であれば、魔方陣を作る手間もかからないし、時間の短縮にもなりますし」


 魔方陣は、本来であれば使い捨てのものだ。

 一度魔道具を作るのに使用すれば、魔術的効果を失ってしまう。また魔道具を作る際には、魔方陣を描き直さなければならない。


 だが、魔石から魔力の供給が可能であれば、話は変わってくる。常に魔方陣に魔力を送り続けることで、魔方陣の永続的な使用も不可能ではない。


 その分、維持するための魔力が多く必要になってくるが、それは魔力の貯蔵に関しては一級品であるあのスケルトンの魔石の性能に頼る形だ。


 これが、レイスが思いついた魔道具作製の効率化の案である。


「……あぁ、なるほど、そういうことですか。恐らく可能ですね。ただ、レイスさんの魔方陣は私でも見たことはないので、少しお時間は頂くことになりそうです」


 もはやシルヴィアとデイジーの二人は置いてけぼりで、レイスとニコラの話は進んでいく。なまじ、魔道具に関する知識などは豊富な二人なので、詳細な説明がなくともやりたいことの想像がついてしまうのだ。


 呆然とする二人の前でレイスとニコラの話し合いは熱中していき――やがて終わりを迎える。


「――じゃあ、話した通りにお願いします!」

「ええ、任せてください!」


 話が終わったあとの二人の間には、どこか一体感のようなものが感じられた。熱く握手を交わし、ニコラは作業へと入っていく。


 レイスはというと、突っ立っているシルヴィアとデイジーの前に立つと、


「悪い、話に熱中しすぎた。シルヴィア、今から手伝いを頼んでいいか?」

「あ、はい、大丈夫ですよ!」

「助かる。じゃあ、昨日話してた魔道具の鞄作りを頼みたい」


 工房作りの作業のほとんどは、ニコラにしか任せられないようなものばかりである。手が空いているレイスたちは、それ以外のことをするしかない。


「具体的には、私は何をすればいいんですか?」

「シルヴィアには、魔力の注入を頼みたい。と言っても、ただ魔力を込めるだけじゃないから、そこはあとで説明する。まあ、基本的に面倒な部分は俺が担当するから身構えなくていいぞ」


 レイスはニコラからすでに魔道具の鞄を作製した際の話を聞いていた。そのため、作り方に関してはあらかた理解している。


 問題は制作の過程でレイスが失敗をしないかどうか、という話だ。


「さてと、やりますか」


 制作のための準備を終えたレイス。

 彼が手に持っているのは、細い筆と仄かに青色に光る液体で満たされた瓶、そして普段から使っている鞄だ。


 瓶の中に入っているのは、シルヴィアを治療する際に使用したヴェットから取れる、魔力を吸収する特殊な液体である。


 液体はすでにレイスの魔力を吸収済みだ。


 レイスは手に持つ筆を、瓶の中の液体に入れる。そして――


「むぅ……」


 悪戦苦闘。


 慣れない筆を動かし、鞄の表面へ魔方陣を描き込んでいく。


 今描いている魔方陣は、魔力で構成された紋様のみで機能する特殊な魔方陣であり、レイスも描くのは初めての経験だ。


 知識上では知っていても、初見となると苦労はする。


 それに、普段は使わない筆を使っての作業だ。片手間で済ませられるような工程ではない。


 シルヴィアとデイジーに見守られる中、黙り込み、静かに筆を動かすレイス。三十分ほどそうしていただろうか。


「よしっ、これでいいはず!」


 静寂を破ったのは、歓喜に満ちたレイスの声。


 彼の手元には、無事魔方陣を刻み終えた鞄があった。慎重に慎重を重ねた甲斐あって、特に目立った失敗もない。


「ここからはシルヴィアの出番だ。この魔方陣に、空間拡張の魔法を使ってくれ」

「空間拡張の魔法、ですか。簡単なものでも大丈夫ですか?」

「ああ、この魔方陣は魔法を吸収するためのものだから、魔法の規模は大きくなくていい」

「分かりました」


 シルヴィアは目を閉じると、精神を集中させる。そして、静かに魔法を発動した。


 すると、鞄に描かれた魔方陣が強く青色に光る。数秒もすれば光は収まり――何の変哲もない鞄が姿を現した。


「……成功、なのか?」


 レイスは何とも言えない表情で呟く。心情としては、成功したと信じたいところである。


「試してみましょう」


 デイジーの一言にレイスは頷き、手近にあった瓶を鞄の中に入れた。すると、まるで異空間に飲み込まれるかのような錯覚を起こした。


「うおっ!」


 驚き、思わず鞄から手を引き抜くレイス。ただ、今の感触で理解した。


「成功だ……!」

「本当ですか、やりましたね!」


 工房作り二日目。


 初の試みにして、魔道具の鞄を無事入手したレイスであった。


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