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31 『工房作り⑤』

 工房作りには、使用者の好みが色濃く反映される。

 今回だと、ポーション作りと魔道具作りに重きを置いた工房。


 ポーション作りにおいて重要視されるのは、素材の適切な保管と正しい加工法である。

 特にレイスの頭を悩ませていたのは、素材の保管について。


 レイスが森の家から持ち帰った素材に関しては、すでに正しい保管法が施されている。しかし、それ以外はそうもいかない。


 これからも錬金術師としての活動を続けていく以上、いつかは手持ちの素材も尽きる。そうなったとき、どうするのか。店売りの素材を使うことでも、一応はポーションは作製可能だ。


 とはいえ、レイスとしてはなるべくその選択肢は取りたくなかった。


 第一に、レイスが知る正しい素材の保管法と世間一般で正しいとされている保管法では違いがあるからだ。レイスが知る保管法のほとんどは、師匠から教わったものである。


 効能を最大限引き出すことを考えられた保管法は、レイスの師匠の独自の研究によって判明したものだ。それを昔から利用している以上、今更効能で劣ると分かっている市販の素材を使いたくないというのがレイスの本音。


 というわけで、今回の工房作りにおいてはどちらかというと素材の保管を重視している。素材さえ何とかなれば、まだポーションの作製は錬金術の腕で何とかなるという考えだ。


 資金に余裕があるというわけではないので、今は取捨選択は必要である。いずれは、加工のための設備も充実させるのが理想だ。


「なんか、すごい光景だな……」


 工房にたどり着き、神妙な表情で呟くのはレイス。現在、彼の目の前では、ニコラが工房作りのために購入したものを取り出している最中であった。


 ただ、その光景は不思議なもので、鞄に明らかに入らないような大きさのものまでひょいひょい出てくる。レイスとしては、奇術でも見せられているような気分だ。


 感心しているレイスとは対照的に、シルヴィアは大した驚きもない様子。


「やっぱり、魔導師にとっては珍しくもないもんなのか?」

「どうでしょう、空間系の魔法は難度が高いですから。少なくとも私は似たようなことはできますね」

「へぇ、いつも重い荷物を持ち運ぶ俺としては羨ましい限りだ」


 素材やら、道具やら。毎度、移動の度に持ち運ぶのは正直言って手間だった。


 特に、日が照っている中を移動するときなんて地獄だ。


「そうだシルヴィア、よければだけど、後で魔道具の鞄を作れるかどうか一緒に試してくれないか」

「あ、いいですね、面白そうです!」


 ニコラによると、魔道具の鞄は魔導師と協力して作ったという話だ。シルヴィアならば腕は申し分ないし、成功する可能性は十分ある。成功すれば、これから楽ができる。


 人間、楽をするためなら全力を尽くすというものだ。悲しいかな、怠惰な生き物である。


 完璧な計画に、レイスの頬は緩む。


「気持ち悪い」


 それを傍から見ていたデイジーからの簡素な一言。簡素であるが故に、心に突き刺さる。おまけに、その口調はまるで朝の挨拶をするかのような気軽なものだ。


「…………」


 レイスは顔を手で覆い、その場にしゃがみこむ。まだ、軽蔑するような表情をしてくれたほうがマシだった。さも当然のように気持ち悪いと言われると、最近メンタルに自信を持ち始めてきたレイスでも辛いものがある。


 十八歳、男子。豆腐メンタルは変わらなかった。


「げ、元気出してください……!」


 健気にも、シルヴィアだけが落ち込むレイスを励ます。小さく両拳を握り、精一杯の笑みを浮かべる様子は、レイスから見れば天使のようだった。


 レイスは、致命的なダメージから何とか立ち直る。


「とりあえず、ポーション関連から始めていきますか」


 会話もそこそこ、作業を開始する。

 まずは、素材の保管室すべてに湿度、温度調整の魔道具を設置するところから。


 薬草類などは湿度、温度の細かい調整が必須であり、工房を構える以上、これに対する手抜きは一切したくないというのがレイスの意志だ。


 こちらは全員がニコラから指導を受け、別れて作業を開始する。設置自体はそこまで難しいことではないので、やり方さえ理解すれば素人でも問題はない。


 もちろん、もしものことというのはあるので、取り付けたあとはニコラの点検が入る。


 時間がそうかかる作業でもなく、設置自体は三十分程度で完了。点検の結果も何も問題ない。


 試しに魔道具を動かしてみると、問題なく作動した。


「さて、次は――」


 素材の保管室の使用目的に応じて、適切な環境を整えていく。


 例えば、エリクサーの素材となるキュクラ草は、充分な魔力と光量を確保し、干からびない程度に乾燥させた状態が最も良いとされている。


 素材の保管室には窓はないので、光を確保するには人工のものを利用する他ない。


 となると、便利なのは魔道具であるわけで。


「よいしょっと……」


 脚立に乗るニコラが、手に持った魔道具を天井部へと埋め込んでいく。


 現在は、光源を確保するために、光を放つ魔道具をニコラが設置している最中だ。しかもこの魔道具は、光を放つと同時に魔力も放つようになっている。


 形状としてはスプリンクラーのようで、粒子状の魔力を空気中に放つよう設計されている。


 というのも、余りに多くの魔力を放ちすぎると、かえって薬草の状態が悪くなりかねないからだ。加えて、こちらのほうが部屋全体に魔力が循環しやすい。


「ふいー、孤独な作業だなぁ……うぅ、デイジーちゃんの柔肌が恋しい」


 ニコラはデイジーが聞いたら身震いしそうな発言をしながら、目尻に薄く涙を溜める。


 魔道具の取り付けは、ニコラただ一人で行われていた。天井部への取り付けなど、素人には不可能だからだ。


 では、レイスたちは何をしているかというと。


「……思ったよりしんどいな、これ」


 三人揃って椅子に座り、魔石に魔力を込めること三十分。なかなか魔力が溜まらず、魔導師でもないレイスはげっそりとした表情である。


「大丈夫ですか、辛いなら休んだほうがいいですよ」

「うん、悪い、そうさせてもらう……」


 一流の魔導師であるシルヴィアはまだまだ余裕といった様子で、デイジーもレイスみたくへばってはいない。


 この場合、レイスがだらしないというよりも魔石の性能を褒め称えるべきだろう。魔力の貯蓄という面において、この魔石は一級品だ。


 この様子なら、当初の予定通り問題なく魔力の貯蔵庫として機能できる。


「というか、思ったよりも俺ができることが少ないな……」


 初めての工房作りに、レイスは思わずそう呟く。


 現状、設置に複雑な工程を要する魔道具などはすべてニコラに一任する形であるし、魔力の貯蔵に関しても一流の魔導師であるシルヴィアがいる。


 工房の所有者であるレイスにできることといえば、精々細かい要望を出すことくらいだろう。それが普通なのだが、何だか複雑な気分になるのは確かだった。


「ふーむ」


 とはいえ、できないことはできないので仕方あるまい。レイスは早々に思考を切り替え、残る工房の設計に想いを馳せた。

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