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29 『デイジー』

 デイジー・サリエル。十七歳、女。

 生まれは特にこれといった特徴のない平民の出であり、また突出した才能もないごく普通の少女だ。


 強いていうなら、年齢の割には少しばかり――いや、かなり幼い外見をしている。


 その外見故に子ども扱いされることも多く、デイジーにとっては不愉快極まりない話。そのため、本人は未だにこれからの自分の身体の成長を信じて疑わない。


 ちなみに、十四歳の頃から身長はまったく変わっていない。凹凸の少ない身体も変わらぬまま。……十七歳合法ロリ、なんとも悲しい話である。


「ふぁぁ……」


 デイジーの朝はいつも早い。早朝に目を覚ましては、自分で朝食を用意して食べ、店の開店準備を始める。


 錬金術師として店を経営するデイジー。その評判はなかなかのものであり、客足はそう悪いものではない。少なくとも、生活していくには十分な稼ぎだ。


 そんな毎日を送っていたデイジーであるが、珍しく今日の目覚めはいつもより一時間ほど遅かった。


 理由は本人にも分かっていた。


「あの同性愛者……」


 昨日、久しぶりに顔を合わせた知り合いのせいである。ニコラという名の少女。


 彼女は昔から真正の同性愛者(レズ)であり、事あるごとにデイジーへ引っ付いてきていた。


 冒険者として活動していたときにパーティを組んでいたこともあったが、ものの数週間で解散の流れとなったのは仕方のないことだ。


 黙っていれば美少女というのが、デイジーのニコラへの評価であった。


 久しぶりに会ったせいか、思ったよりも疲れていたらしい。

 夢にまで出てきたニコラの顔を思い出し、デイジーは朝から一つため息。


 別にニコラを心底嫌っているというわけではない。ただ、苦手な人という項目においてトップを独走しているだけなのだ。


 腕が立つのは確かなので、技術という面においては尊敬しているのだが。


「んー」


 憂鬱な気分を晴らすように大きく伸びをすると、ベッドから降りる。

 今日は営業日のため、そう長く休んではいられない。


 デイジーはいつものように朝食の準備を始める。今日はパンだ。小柄な彼女は胃袋も小さく、朝から胃に重いものは食べない。


 ちぎったパンを小さな口に放り込み、もきゅもきゅと動かす。寝起きということもあって、寝巻き姿のまま朝食を摂る様はまさに子ども。


 レイスあたりがこの光景を目にすれば、失言の一つや二つ漏らすことだろう。彼は見え見えの地雷を容易く踏み抜く男だ。一種の才能といってもいい。


 最近、改善の兆しが見られてきたのは喜ばしいことだ。


「さて、そろそろ準備をしましょうか」


 顔を洗い、歯を磨いたあとはすぐに開店準備にかかる。なるべく余裕を持っていつも起きているため、一時間起床が遅れても業務への影響は少ない。


 素材の保管庫の一つに足を運び、薬草を手に取る。在庫が少なくなりつつある解毒ポーションを作るためのものだ。


「…………」


 朝早く、物音の少ない部屋で、黙々と解毒ポーションを作るデイジー。その手並みには、レイスの教えによる成果が確かに見られた。


 毎日、怠ることなく取り組みを行い続けたのが着実と実を結んでいる。当人にもそれは実感できており、最近は出来上がったポーションを見て笑みを浮かべることもしばしば。


 レイスと出会った当初よりは、間違いなくレベルアップできている。


「こんなものかしら」


 集中すること数十分。


 完成した解毒ポーション数本を持って、部屋を出る。次に足を向けた先は、既に完成しているポーションを保管している部屋だ。


 部屋に入ってすぐ隣にある大きめの箱に、持っていた解毒ポーションを入れる。続けて部屋に置いてあるポーションを手際よく回収すると、同じく箱に入れた。


「んっしょ……」


 デイジーは割と重量のあるその箱を持ち上げると、店の入り口へ向かう。たどたどしい足取りは、隣に人がいれば心配されそうなものだ。


 そんな不安定な足取りで、デイジーは店頭にあるポーションの補充を行う。同時に、棚にあるポーションを綺麗に並べ直した。


 整理整頓も、店を経営していく上で欠かせない。


 そして、何か不備はないか、チェックを終えると、朝の勉強の時間に入る。


 使うものは、レイスから渡された錬金術に関する資料だ。これは毎日欠かさず行っていることで、もはや習慣となっている。


 資料に書かれていることはデイジーの知らない知識ばかりで、覚えるのは大変だ。


 デイジーがよく取り扱う薬草でも、最も効率良く効能を引き出せる加工方法が載っていたり、今まで常識だと思っていたことが根底から覆されることも多々あった。


 新しく知識を得る度、友人であり師匠のようなものでもある少年との差を意識せざるを得ない。


「はぁ……」


 自然と、ため息が漏れた。

 同年代の人間が自分よりも優れていると、少なからず嫉妬を覚えるものだ。


 ただ、そんなことを一々気にしていても現状は変わらないので、こうして知識の獲得に励んでいるわけだが。


「ほんと、どう育ったらああなるのかしら」


 脳天気な性格をしながらも腕は確かなレイス。

 いつの間にやらS級冒険者と知り合っていたり、魔物と出会って死にかけていたり、忙しない男である。


 興味はあるものの、デイジーは未だに彼の出自に関して詳しくはない。


 彼いわく、地獄の素材ツアーで成長したらしいが。


 あまり深いところまでは語られていない上に、いつものその話題に触れるときは目が死んでいるので、デイジーは意図的に質問は避けるようにしている。


 そんな彼もどうやら最近、自分の店を始めることを視野に入れているらしく、珍しくデイジーがレイスへと何かを教えるという図が出来上がっていた。


 店の経営という点に関しては、デイジーの方に一日の長がある。少しだけ優越感を覚えているというのは、彼女だけの秘密だ。


「――ん、もう時間」


 資料を眺めていると、いつの間にか開店の時間の数分前になっていた。


 デイジーは資料を片付けると、店の扉にかかっている鍵を開ける。そして『準備中』と書かれている看板を裏返して『営業中』の文字へと変えた。


「よし」


 一つ頷き、カウンターへと座る。

 一週間後からはレイスの工房作りの手伝いに行くため、それまではしっかり働かなければならない。


 やる気を入れ、デイジーは一日の業務を開始した。



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