28 『工房作り③』
レイスが買った工房は、立地的にはそう悪くはない場所だ。冒険者ギルドからそう程遠くもなく、人通りも多い。
店を開くかもしれないということを考えて、レイスが選んだ。もちろん、それなりのお値段はした。
一般的な金銭感覚を有するレイスにとっては、大きな買い物である。錬金術にかける情熱には代えられないと、泣く泣く購入した。
「ここが、俺の工房兼もしかしたら店になるかもしれない場所だ」
「へぇ、結構大きいのね」
レイスの先導の下、工房にたどり着く。
デイジーが漏らした感想は確かで、二階建てのそこそこの大きさの建物である。
一階の正面は商品を並べるための陳列棚などが並び、奥に工房用の部屋や、素材の保管部屋がある形だ。二階は生活スペースになっており、基本的には錬金術とは関係がない。
店をやるにしても、今のところレイスは一人でやる予定しかないので、広さは程々にした。
レイスは鍵を開けて中に入り、奥へと案内する。
レイスもまだ慣れない工房の扉を開けると、中に入った。
「ふむふむ、なるほど……」
現状、レイスの工房にあるものは素材を乾燥させるための棚と、あとは加熱冷却用の魔道具、更には溶接のための魔道具だ。
まさに最低限、といった感じの工房である。
ここからポーションと魔道具作りを重視した工房に作り変えていくわけだ。
ニコラは部屋を練り歩くと、持ってきた計測器で部屋に存在するスペースを測り始める。こまめに紙に記入することも忘れず、しばらく同じことを繰り返すこと数分。
「んー、こんなものですかねー」
工房に残ったスペースを考えて、配置する機材などを記した紙がニコラの手元にあった。もちろん、レイスから聞いた予算も鑑みている。
基本的にはレイスからの要望通り、ポーション作りと魔道具作りに役立ちそうなものばかりである。例えば、薬草を適切に保存するための温度、湿度調節の魔道具など。
「どうですか、レイスさん?」
「なるほど……とりあえず、俺はこれでいいと思います」
「あとは魔石に関してなんですけど、魔力の貯蔵庫にするというのはどうですか?」
「貯蔵庫ですか?」
魔石の主な用途は魔道具の材料、もしくは魔道具そのものになるということがほとんどだ。例えば、魔石に直接術式を刻み、水を生み出す魔道具に変えてしまうなど。
ただ、今回ニコラが提案したのはそのどちらでもない。
「見たところ、レイスさんの工房には魔道具が多いようですし、一々魔力を込めるのは手間だと思います。なので、この魔石を魔力の貯蔵庫として使って、すぐに魔道具を使えるようにするのはどうですか?」
魔道具は魔術的効果を持つだけあって、微量の魔力を消費して動く。貯蔵庫があれば、事前に魔力を込めておいて、その時その時に魔力を消費することなく魔道具を使用できるわけだ。
また、貯蔵庫があれば、魔力を常に消費し続けるタイプの魔道具を手軽に使うことができる。例えば、水や光を出す魔道具などが例に挙げられる。
そういった理由もあり、ニコラは貯蔵庫としての使い道を提案したわけだ。魔道具の材料として使ってもいいのだが、勿体無いというのがニコラの見解であった。
「……確かに、いいですね、それ。お願いします」
しばらく考えていたレイスは、最終的にはそう判断を下した。
「了解です。それじゃあ、いろいろ揃える時間も考えて……工房として整えていくのは、一週間後あたりから始めましょうか」
「分かりました」
話も纏まり、ニコラは計測器など諸々を回収。そのまま帰るのかと思いきや、レイスの目の前で立ち止まり――
「そういえば」
「……?」
「デイジーとは、どういったご関係で?」
ホラーか、と言いたくなるような形容し難い恐ろしい表情でレイスへと問いかけるニコラ。
にこやかな営業スマイルから突然そんな表情を見せられたレイスはたまったものではない。おまけに、いつの間にか肩には手が乗せられており、逃げられないようにがっしり掴まれている。
軽く心臓が止まりかけたレイスは、思わず引きつった笑みを浮かべた。
「や、やだなぁ。ただの依頼主と冒険者ですよー。ははっはは……」
大丈夫、何もおかしなことは言っていない。俺とデイジーの間にやましいことは何もない。超健全な関係性だ。むしろ、友達として上手くやっていけている。……きっと。うん、そう信じたい。
焦ることは何もない。そう自信を持って言葉を返したレイスであったが、魔の手は思わぬところから飛んでくる。
「そうよ。私とレイスは、とても良好な師弟関係を築いているわ。いつも錬金術を学ばせてもらっているわけだし。それはもう――手取り足取りしっかりと、ね」
「……?」
レイスは、コイツは何を言っているんだという表情でデイジーを見つめる。呆けた表情と言い換えてもいいかもしれない。
ただ、目の前で己の肩を掴む女性の顔を見る勇気は、残念ながらレイスには存在しなかった。
「い、いやぁ……言い方の問題って、やっぱりありますよね……?」
肉食獣を前にした草食獣とでも言えばいいのだろうか。恐る恐るニコラの表情を見たレイスは、ゆっくりと言葉を発する。
本能が、命の危機に警鐘を鳴らしていた。
「もし、デイジーちゃんに手を出したら――どうなるか、分かってますよね?」
笑みを浮かべ、声音は弾んでいるというのに、レイスはニコラから発せられる威圧感を感じずにはいられなかった。
脅迫と言っても過言ではない。
「誓って、そのようなことは起きないと約束致します」
「……そう。それなら安心」
威圧感が収まり、肩に乗せられていた手が消える。生きた心地がしなかったレイスは、緊張感の解放から大きく息を吐いた。
そして、危機的状況を生み出すに至った原因であるデイジーへと恨めしい視線を向ける。
ただ、当の本人はそんなことは知らぬと涼しい表情だ。余裕を見せていたデイジーであったが、
「じゃあね、デイジーちゃん! 今日は私はこれで帰るから、またいつでも会いに来てね!」
ニコラは息を荒くして、デイジーをこれでもかというほど抱きしめる。小柄なデイジーはそれに抗う術を持たず、されるがままだ。
しばらくそんな状態が続いたあと、ニコラは満足したのか、デイジーを解放した。
「それでは、また一週間後に」
そう言い残してニコラは立ち去っていった。
残されたのは、地面に倒れ伏すデイジーと呆然とするレイス。
「……お前も、いろいろ大変なんだな」
「……ええ」
立ち上がりながら、疲れたようにデイジーは返答する。
「一週間後も来るのか?」
「もちろん、個人的に興味はあるし。またあのスキンシップがあるのは……まあ、許容しましょう」
「さいですか」
別にデイジーがいて困るということはないので、断りはしない。
「それじゃあ、私も帰ることにするわ。今日はありがとう」
「はいよ」
デイジーの後ろ姿を見送り、工房作成の第一段階は終了した。