27 『工房作り②』
レイスとデイジーは部屋の中央あたりに置かれているソファーに腰掛ける。その対面に、ニコラも座った。
長い金色の髪を小さいティアラ状に三つ編みで纏め、青色の目が特徴的な少女である。年齢はレイスと同じか、少し上といった感じだ。
先ほどまでとは違って、今は落ち着いて大人びた雰囲気を纏っている。黙っていれば、深窓の令嬢と言われても違和感はない。……と言っても、デイジーの姿を見て少し口の端をニヤけさせているので、台無しなのだが。
「それで、工房を作りたいって依頼でいいんですね?」
「ええ」
ニコラは完全に落ち着きを取り戻し、キチンと客としてレイスを扱う。少し変わったところがある人なのは確かだが、店を持つ以上、接客を疎かにすることはない。
「工房を持つのは初めてですか?」
「いえ、作る上での要項は理解しています」
「そうですか。それなら話は早いですね」
工房作りには、大まかに分けて二つのパターンがある。
完全に一から作るタイプと、最低限工房として機能する段階まで作り上がっているものに、工房を使う錬金術師の用途に合わせて手を加えていくタイプだ。
一から作る場合は、ポーション作りに特化した工房や小物作りに特化した工房など、ある用途に特化した工房を作りやすい。
その分、時間や労力が多く必要なのが難点だ。
使用者の好みを色濃く反映できる工房と言える。
逆に後々手を加えるタイプの場合、用途を完璧に絞るのは難しいが、最初から原型ができている分、時間や労力は比較的少なくて済む。
簡単に言えば、ポーションや簡単な魔道具、武器など色々なものを作ることができる工房だ。
色々なものが作れるということで後者の工房の方が人気があると勘違いされがちだが、その実使用者の割合は前者の方が圧倒的に多い。
錬金術師の中でも、ポーション作りなど特定の分野を専門とする人は多いのだ。
デイジーなどが良い例だろう。
逆に、レイスのようなポーション作りや魔道具作り、はたまた武器の加工など様々なことに錬金術を使う錬金術師は珍しい。
多分野に手を伸ばすということは、それだけ習得するのに苦労するということだ。それならば、一つの道を極める方がよっぽど現実的というわけである。
そういう事情もあって、レイスが作ろうと思っている工房は後者の方だ。
「工房の原型はすでに用意してるので、そこから手を加えていきたいと思ってます」
「ん、一から作らないのは珍しいですね」
「まあ、これでもそこそこ色んなものを作れるので」
「分かりました。では、具体的に話を詰めていきましょうか。とりあえず、予算はどれほどですか?」
「金貨二百枚以内が目標ですね。足りなければもう少し追加、という形でお願いしたいです」
「なるほど。それなら、そこそこ揃えられそうですね」
デイジーの定期依頼に加え、エリクサー騒動での報酬によって、レイスの貯金は中々のものだ。更にスケルトン討伐の報酬も加わったのだから、レイスは工房作りに踏み出せたわけだ。
とはいえ、工房の原型の購入と今回の加工の依頼のせいで、貯金のほとんどは吹っ飛んでいってしまう。念願の工房のためとはいえ、少しの間ひもじい思いをすることは確かだ。
「工房の方向性のご希望は?」
「主にポーション作りと魔道具作りをしたいと考えています。それ以外に関しては、自分でどうにかしますので」
基本的にはある程度すべてに対応できる工房を目指すつもりだが、その中でもレイスが重視しようと考えているのはポーション作りと魔道具作りの二つだ。
需要的に主な収入源になりそうなのがこの二つ、というのもあるが、単純にレイスが得意な分野なのである。
「分かりました」
ニコラは用紙にレイスの希望をスラスラと書き込んでいく。レイスの予算を考えて、どういう風に手を施すか考えているのだ。工房作製は錬金術師によって違いが出るので、その都度考えなければならない。
「あ、そうだ」
「? まだ何か?」
「ちょっとこれを使えないか訊きたかったんですけど……」
そう言ってレイスが取り出したのは、紫色に光る石。森で倒した、スケルトンの魔石だ。
ギルドで討伐証明に使用したあと、改めてラフィーからレイスへと譲られたものである。ギルドからの買取の申し出もあったのだが、レイスは手元に置くことを選んだ。
「魔石、ですか。それも結構な代物ですね」
「はい。工房作りに使えないかと思いまして」
「ほほぅ……それは腕が鳴りますね」
スケルトンから手に入れた魔石は、素材としては最上級の部類に入る。お目にかかる機会が少ない分、ニコラのやる気も出るというものだ。
「まあ、とりあえず工房のところに案内して頂いて、それから予算を考慮してどうするか考えるって感じですかね」
用紙への記入が終わり、ひとまずは話は終了する。
あとは現地に行ってからだ。
「工房は今日見せてもらって大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「それじゃあ、軽く確認だけさせてもらいます。準備してくるので、少しお待ちを」
「分かりました」
そう言ってニコラが二階に上がっていく姿を、デイジーは不思議そうに見る。
「ちゃんと接客できたのね……」
「いや、そりゃできなきゃ駄目だろ……というかお前、そんな疑心を持ってたのに俺をここに案内してたのか」
「まあ、腕は保証するわよ。腕はね」
「次があったら腕以外の部分も評価してくれ……というか、どこで知り合ったんだ?」
少々どころか、初対面での印象がかなり強すぎる人物だ。そんな性格だからこそ、ツンケンしてるデイジーと知り合うことができたのかもしれない。
……あれ、この考えだと俺も変わった人間の部類に入るんじゃね?
レイスはそこまで考えて本能的に思考を中断した。自分で認めてしまうのはあまりに悲しすぎる。
「冒険者時代の腐れ縁よ」
「え、冒険者だったのか?」
思わぬ事実に驚くレイス。
「ちょっとした魔術は使えたから、昔はね。すぐに引退したけど」
「なるほど」
レイスも冒険者とは名ばかりで、実際は錬金術師の活動しかしていない。いつか自分の店を持ってお金を稼げるようになれば、冒険者を続ける意味もなくなる。
実際に、デイジーは自分の店を持つときに冒険者を辞めた。
「俺も引退する日が来るのかねぇ」
とりあえず工房を作ることは決意したものの、店を持つかどうかはまだ微妙といったところだ。憧れはあるのだが。
微妙な表情で考え込んでいると、準備を終えたニコラが降りてくる。手には、計測器など、色々な器具が入った鞄を持っている。
「では、案内をよろしくお願いします」