25 『大金を得た男』
「うん、もう大丈夫だ」
シルヴィアがポーションを飲んだ次の日。
約束どおり容態を見に来たレイスは、診断の結果を口にした。
浮き出ていた斑点はすっかり消え、魔力の循環もスムーズだ。無事、魔力晶病は完治している。
レイスも初めて出会う病だったので、上手くいって心中穏やかだ。
「やったぁ!」
シルヴィアは目を輝かせて、我慢できないといった様子でぴょんぴょんと飛び跳ねる。突然身体が不自由になった分、動けるようになった喜びも大きいのだろう。長い白髪を揺らして飛び跳ねる赤目の少女の姿は、愛らしいウサギを思わせる。
その後、レイスはシルヴィアとラフィーから降り注ぐ雨のごとく感謝の言葉を投げかけられた。レイスとしては自分にできる唯一のことなので、感謝されるのは素直に嬉しかったりする。
「あ、そういえば、これ返しとくよ」
そろそろお暇しようかと考えていたとき。レイスが鞄から取り出したのは、紫色に光る石だ。
森でスケルトンを倒した際に手に入れた魔石である。邪魔にならないよう、レイスが鞄に入れて持っていたのだ。
「いや、私には必要ないから持っていてくれ。助けてもらった恩もあることだし」
「そうか。そういうことなら、ありがたく貰うけど」
魔石は錬金術師にとっても役に立つものだ。しかも、拳大の大きさともなると、いろいろなことに使えるだろう。レイスは内心ワクワクしながら、魔石を鞄の中に入れた。
「そういえばあのスケルトン、冒険者ギルドで話が出ていた魔物らしいぞ。なんか前に俺が助けた冒険者を襲ったのも、あのスケルトンらしい」
「……ああ、なるほどな」
「ん?」
「いや、実はコレが届いているのを今日見つけてな」
そう言ってラフィーが取り出したのは、一通の手紙だった。
よく見れば、家紋のようなものが刻まれている。レイスは見覚えのあるその家紋に、思わず頭をひねる。
「何でも、私とシルヴィアに魔物の掃討の手伝いを依頼したいらしい。場所は、王都に近い森。つい最近、私とお前で訪れた森だ」
レイスは、ラフィーの言わんとすることを察する。
「あー、つまり……最近現れて話題になってる魔物が強いから、その討伐を手伝って欲しいと――そういうことか?」
「簡単に言えばそういうことだな。私たちが森に行っている間に、どうも話が進んでいたらしい」
「ちなみに差出人は?」
「知っているかは分からないが……四家ある大貴族のうちの一つ、レディウム家の当主だ」
レディウム家という名を聞いたレイスは、家紋を見てから感じていた既視感の正体に辿り着く。
「いや、知ってるどころか会ったことあるわ、その人」
エリクサーに関する指名依頼が大量に舞い込んできたとき、依頼を出していた貴族の一人だ。直接会ってエリクサーの件をハッキリ断ったので、レイスの中で印象に残っていた。
会う際に貰った書状には家紋も載っていたので、見覚えがあったわけだ。
「……なんというか、お前は凄いな」
「なんかよく分かんないけどやったぜ」
褒められて悪い気はしない。良い意味で褒められているのかは不明だが。
「依頼を貰ったのはいいけど、もうスケルトンは姉さんが倒してるんでしょ?」
「そうだな。まだブラッドウルフは残っているかもしれないが」
ブラッドウルフはまだ森に残っているだろうが、ラフィーが倒したスケルトンのような強力な魔物はもういない。なので、比較的簡単に森の安全は確保できるはずだ。
「まあ、とりあえずスケルトンの件は冒険者ギルドに報告するとしよう。依頼が出ているということは、報酬は貰えそうだし」
「俺もついてくよ。ちょうどギルドに行こうと思ってたし、スケルトン討伐の証明に魔石が必要だろうから」
「私も行く!」
結局、三人で冒険者ギルドへ向かうことに。シルヴィアとしては、早く外出したくてたまらないのだろう。
特に準備するものもないので、三人はすぐに家を出て冒険者ギルドへ。
「お」
レイスたちがギルドの中に入ると、ちょうど受付をしていたアメリアと目が合った。アメリアはシルヴィアが元気に歩く姿を見て、ホッとしたような表情をしている。
レイスたちはそのまま、アメリアの前へ行く。
「よかった、シルヴィアさん。元気になったのね」
「はい。お世話になりました、アメリアさん。ありがとうございます!」
「ええ、いつでも頼ってね」
ラフィーとシルヴィアとアメリアの三人は昔からの知り合いなので、関係性は姉妹に似た感じだ。ラフィーたちが冒険者になったのとアメリアが受付嬢になったのがほぼ同時期だったこともあり、仲は非常に良い。
「今日は指名依頼の件?」
「ええ、それについて少しお話が。依頼にあった魔物の討伐に関してなんですけど、シルヴィアを助けるための素材集めに行ったのが依頼にある森でして……スケルトン、倒しちゃいました」
「それはまた……すごい偶然ね」
「これがスケルトンを倒したときに落とした魔石です」
レイスは鞄から魔石を取り出して、アメリアへ手渡した。
「大きいわね……」
「かなりの強さでしたから。多分、S級冒険者じゃないと厳しい相手でした」
「その相手に単独で勝っちゃうもんね、ラフィーさん。凄いのは昔から知ってるけど……」
付き合いが長いということは、それだけ相手のことを知っているということ。アメリアはラフィーの凄さなんてとっくの昔に知り尽くしているので、余程のことじゃない限り今更驚いたりはしない。
「うん、ちゃんと本物。あとはレディウム家に私から報告しておくから……事実確認の時間を考えると、報酬は三日後になると思います」
「あ、報酬に関してなんですけど、すべてレイスに譲る形でお願いします」
「へ?」
予想外のところで自分の名前が出て、思わずレイスは間の抜けた顔になる。
「ちょちょ、それはやり過ぎじゃ……」
「いや、今回の件に関しては、別に報酬が欲しくてやったわけじゃないからな。お礼も含めて、レイスに渡すのが一番だと考えた」
「うーん、まあ、そういうことなら……」
レイスは、あまり納得はできないが、ラフィーの意志が固そうであることを察してしぶしぶ頷く。
「それじゃあ、三日後にお願いしますね。報酬は金貨二百枚になるので、結構な重さになると思います」
「二百枚……」
ラフィーがお金に困っていないのはレイスも百も承知だが、こうも大きな金額をひょいと譲られると、何とも複雑な気分になる。というか、使い道が思いつかないというのがレイスの正直な気持ちだった。
レイスが腕を組んで唸っていると、突然くいくいっと服が引っ張られる。視線を向ければ、シルヴィアの赤い瞳があった。
「お店をやるっていうのは、どうですか?」
「お店、か……」
「よければ、今回のお礼も兼ねてお手伝いしますよ」
キラキラと目を輝かせて、シルヴィアはそう言う。
もしウサ耳が付いていれば、ひょこひょこ動いていそうだ。
レイス自身もデイジーの手伝いをしながら、自分の店を持つことについて何度か考えたことはあった。
ただ、
「いきなりお店っていうのもなぁ……」
素人にいきなり店の経営は厳しい。デイジーに何度か話を聞いているとはいえ、自分の店を持つとはそう簡単なことではない。
しばらく悩んでいたレイスは、唐突にハッとした表情になると、ぽんと手を叩いた。
「そうだ、工房を作ろう」