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22 『S級冒険者』

 中に入ると、長期間離れていたせいか、少し埃っぽさが感じられた。レイスは咳払いをしながらも、奥の方へ進んでいく。

 棚に並んでいるのはポーション類がほとんどで、生活用品などは最低限必要なもののみだ。ポーションはレイスが以前試験的に作ったものや、完成品までいろいろある。


 ただ、レイスが求めているのは素材だ。

 素材は棚に並べているわけにもいかないので、地下にある工房の中に保管されている。


 ちなみに、地下と工房はレイスの師匠の魔術によって作られた。工房の仕上がりは完璧と言っていいほどで、錬金術の研究には最適だ。レイスは、錬金術と魔術の腕に関してだけ師匠を尊敬している。


 久しぶりの地下への階段を降りて、素材を保管している部屋に入る。部屋の中は魔術による温度調整までされているので、外とはまた違った空気が肌で感じられた。

 レイスはそんな慣れた感覚を覚えながらも、素材の回収を始める。


 レイスとしてはすべて持ち帰りたいのが本音なのだが、質量を無視して物が無限に入る鞄なんて便利なものは生憎と持ち合わせていない。


「くそっ……命懸けで取ってきた数々の素材たちよ……不甲斐ない俺を許してくれ。いつか必ず迎えに来るからな」


 涙を流しながら断腸の思いで必要な素材を選別し、鞄の中に詰め込んでいく。

 訪れるのが久しぶりとはいえ素材の配置などは忘れておらず、その工程はよどみないものだ。心情としては、迷いがありまくっているが。


 ガラスの心を傷つけながらも、素早く素材の回収を終えたレイス。もちろん、中にはシルヴィアを救うための素材もある。

 そのまま急いでラフィーのところへ戻ろうとして、視界の隅にあるものを捉えた。


「剣……」


 壁に立てかけられている剣が一本。

 レイス自身が作ったものではなく、師匠から譲り受けたものだ。


『死ぬかと思ったわ、ふざけんなクソ師匠! 大事な弟子をなんちゅう場所に送り込みやがる!』


 それはレイスが初めてアンデッドと出会った日のこと。

 レイスは、とある場所に一人で素材を取りに行っていた。と言っても、レイスが望んで行ったわけではなく、師匠に強制的にお使いに行かされたのだが。


『あ、レイ君帰ってきたんだー。素材はちゃんと保管しといてねー』

『頼むから会話のキャッチボールをしてくれませんかね。というか弟子がボロボロになって帰ってきたのに反応が余りに薄くない? おかしいよね? そこらへんの市場に行ってきたわけじゃないよ、というかアンデッド出るとか聞いてないよ?』

『言ってないからね!』

『さも当然のようにそんなことを言えるのはアンタくらいだよ……!』


 レイスはポーション作製中の師匠に恨みがましい視線を向けるが、当の本人は涼しい表情だった。むしろドヤ顔だった。


 ――このままだといつか死ぬ。絶対死ぬ。


 濁った目でガクリと地面にくずおれるレイス。


『ふふ、冗談だよ。ボクも魔物が出ることは知らなかったんだー。とはいえ、アンデッドなら聖水でもぶつけ続ければ簡単に倒せるよ!』

『俺は師匠みたく魔術は使えないし、投げてる間に挽肉になるのがオチだ』

『んー、なら、そんなレイ君にコイツをやろう!』


 そう言って得意気に差し出されたのは、鞘に収まった一本の剣だった。特に変わったところは見受けられず、強いていうなら鞘が多少装飾に富んでいるだろうか。意図がつかめず、レイスは師匠の顔を見た。


『何これ?』

『ん? 剣だよ、剣! 昔作ったアンデッドに効くやつ。作ってみたはいいもののボクは使わないから、お蔵入りしてたんだー』

『いや、俺は剣使えないけど……』

『まあ、いざとなったらコレを振りたまえ!』

『まずそんな状況になりたくありません』


 苦笑いしか出ず、ロクな記憶ではない。

 しかし、現状では有用なものであることは確かだった。


「あのクソ師匠も、たまには役に立つじゃん……!」


 いっそ感動すら覚える体験だ。師匠から譲り受けたものが役に立つ日が来ようとは。

 レイスは立てかけてあった剣を手に取ると、急いで地下から出る。


「レイス、早くそこから出ろ!!」


「え?」


 地上への階段を上りきった直後に発せられたラフィーの叫びに、レイスは一瞬硬直。その後、何も分からないまま走り出し、扉を突き破る勢いで家から脱出した。


「一体何が――」


 ――レイスの言葉を遮ったのは、真横を高速で通り過ぎた大剣だった。


 背後から轟音が鳴り響いてから数秒後、レイスが嫌な予感を感じながらも後ろを振り返ると、そこには派手に崩落した家があった。崩落の中心辺りに、見覚えのある大剣が突き刺さっている。


 レイスが思わずラフィーの方を見ると、申し訳なさそうな彼女の表情が目に入った。


 現状を整理すると。


 素材の回収は無事終了。しかし、大剣の投擲により家が崩落。犯人は言うまでもなくスケルトン。家が崩れたため、地下にある残った素材の回収は極めて困難……


「スケルトン、お前だけは絶対に許さん……!」


 レイスは怒り心頭といった様子で、スケルトンをキッと睨みつける。そして、スケルトンが動き出す前にラフィーに駆け寄り、持っていた剣を手渡した。


「これで切れば、多分あいつを倒せる。……多分」

「随分と曖昧なんだな……」

「まあ、作ったのは俺じゃなくて師匠だからな」


 そういえばこの剣を使ったことがないなと、レイスは今更ながら気づく。


 性能も確認しないで師匠を信用するのは、やや早計だったかもしれない。これで何の効果もなかったら、次あのクソ師匠と会ったときに盛大な嫌がらせをしてやろう。うん、そうしよう。


 心中で謎の決断を終えたレイスは、戦闘に巻き込まれないよう離れる。あとは精々ラフィーを応援することくらいしかできない。


 レイスに期待を寄せられる当のラフィーは、受け取った剣を鞘から抜いて油断なく構えている。


「……軽いな」


 が、いつも使用している剣よりも重みが感じられず、違和感を覚えていた。

 剣の刀身は日の光を呑み込みそうな『黒』だ。一般的な鉱石で作られたものではなく、特殊な鉱石と魔術を組み合わせることによって誕生した。


 剣にはアンデッドのもう一つの弱点である神聖魔術が組み込まれており、対アンデッドに非常に有効的な武器となっている。


 ただ、レイスの師匠であるルリメスは自分で神聖魔術を使えるため、剣は無用の長物となった。そもそもこの剣は、元々物体に魔術を込める実験の過程で生まれたものなので、最初から使う気はなかったのだが。


 ともあれ、ルリメスの実験が巡り巡って今レイスたちの役に立っているのだから、喜ばしいことだろう。

 生活面において迷惑をかけられまくったレイスとしては、今回ので迷惑料くらいにはなるかもといった次第だ。


 レイスの内心など露も知らないラフィーは、無手のスケルトンに対し、果敢に攻め入っていく。


「はぁ!」


 声と共に放たれた一撃は、スケルトンの腕に受け止められ――そのまま腕を切り落とした。

 ここまでは先ほどから何度も繰り返されている光景だ。厄介なのは、切っても切っても元通りになる再生能力である。


 しかし今は。


「再生……しない」


 今までは数秒で再生していた腕が、いつまで経っても元通りにならない。異変を察したスケルトン自身も、驚いたように自分の腕を見ていた。


 そして、ラフィーが持つ剣が自分に致命傷を与えかねないものだと理解したのか、強く警戒する素振りを見せる。


「そうか、剣が効くならこっちのものだ」


 悪どいとまではいかないものの、それなりに威圧感のある笑みがラフィーの口元に浮かぶ。


 男らしさすら感じられるその笑みに気圧されたのか、スケルトンは怯えたように徐々に影の中に沈んでいった。


 完全に影の状態となったスケルトンは、迷うことなくラフィーと真逆の方向へ移動し始める。


 つまり……逃げた。


「……む?」


 完全に予想外の行動に、ラフィーも思わず呆然とする。魔物が逃げるということ自体、非常に珍しいのだ。


 一秒ほどラフィーが静止した間に、スケルトンはどんどん離れている。


 ただ、S級冒険者であるラフィーが、そう簡単に敵を見逃すはずもなく。


「悪いが、逃がさないぞ」


 ラフィーは剣の柄を握ると、そのまま影の方へ思いっきり投擲した。風を切って進む剣は、狙い違わず影に直撃。


 ついでに地面も粉砕すると、たまらず影の中からスケルトンが這い出てくる。


 片足が今の衝撃で吹き飛んだようで、欠損していた。もはや骨の身体では動くことすらままならない状態だ。


 となると、影で移動するしか手段は無くなったわけだが。


「さて、随分と手こずらせてくれたものだ」


 スケルトンの目の前には、いつの間にか剣を持って佇むラフィーの姿。


 ――ここから助かる可能性は、もはや絶望的なものだった。

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