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20 『不意打ち』

 レイスはスケルトンが起きる前に移動を開始する。

 『手を打つ』とは、現状を打破できるかもしれない可能性を高めるということだ。このまま上手く逃げられると考えるほど、レイスは楽観的な思考はしていない。


 レイスを追うスケルトンが通常の個体だったなら、まだレイス一人でも対処は可能だっただろうが。個体によって実力差はあれど、ここまで強いスケルトンは初めて目にする。


 レイスにとって、あの異常なスケルトンは未知数もいいところだ。常に最悪を想定して動くほかない。


 たとえば、あのスケルトンがレイスを追跡できるような手段を持っていた場合、今度こそレイス一人では太刀打ちできない。


「ここら辺でいいか」


 レイスは移動の途中、木々が開けた場所で立ち止まる。耳を澄ませてみるが、スケルトンが移動するような音は聞こえてこない。


 あれほどの巨体だ。


 ただ移動するにしても、大きな音を立ててしまうのは避けられない。


「急いでやりますか……」


 レイスがそう言って手早く鞄から取り出したのは、真っ赤な色をしたコラの実が三つだ。ブラッドウルフを撃退する際に使用した、染料の材料となる実である。


 しかし、今回は染料として使用するわけではない。


 レイスは続いて小型の鍋を鞄から取り出すと、中にコラの実を入れた。そして、鍋の側面に付いている歯車のようなつまみを掴み、回転させる。


 すると、鍋から熱が発生し始めた。


 この鍋は魔道具の一種であり、火を使うことなく加熱することができる優れものだ。


「『圧縮』」


 レイスは鍋の中のコラの実に対して、錬金術によって圧力を加える。


 コラの実は加工が非常に難しい素材であり、適切な熱量と圧力を加えることによってしか、染料を作るための果汁が得られないのだ。


 ただ、今のレイスの目的は果汁を手に入れることではない。


「……そろそろか」


 レイスは鍋の中のコラの実の状態を見て、ぼそりと呟いた。そして、コラの実に対して加え続けていた圧力を、わざと(・・・)強くしていく。


 適正な値を超える圧力に、コラの実の形は急激に変化。溶けかけだったコラの実は、一気に液状になると――


「やべっ」


 パンという乾いた音が響いた直後、鍋から真っ赤な煙が凄まじい勢いで立ち上った。レイスは煙が上がるギリギリで鍋から離れ、様子を窺っている。


「失敗したらこうなるのか……」


 コラの実の加工に失敗したらどうなるのか。

 レイスは知識としては知っていたが、実際に目にするのは初めてだ。


 コラの実はわずかな圧力、熱量の変化によって、一気に気体へと姿を変える。おまけに、気体には染料としての効能が失われていない。


 加工に慣れていない錬金術師が室内で失敗し、大惨事になった話を思い出し、レイスは何とも言えない気持ちになる。


「さて、俺側からできることはこんなことくらいなわけだが……」


 もくもくと立ち上る赤い煙を祈るように見る。


 レイスがわざわざコラの実の加工を意図的に失敗させた理由は、ラフィーに自分の位置を知らせるためだ。


 もちろん、ブラッドウルフなどのほかの魔物たちにも位置を知られてしまう危険性があるが、このまま一人で行動し続けるよりはマシだ。


「あとは近くに隠れるだけか……早く来てくれよ、ラフィー」


 レイスはブラッドウルフのときと同じように、木の上でやり過ごすことに決める。適当な木を見つけると、駆け寄った。


 ――次の瞬間、空気を切る鋭い音がレイスの耳に届く。


「ッ!?」


 バッと後ろを振り返ったレイスの目に映ったのは、縦に回転しながら飛んでくる大剣の姿。あのスケルトンが持っていた大剣だ。


 迫る大剣の速度は相当なもので、とてもじゃないが回避は間に合わない。


「嘘だろ、おい……!」


 レイスは悪態をつきながらも、咄嗟に右手を大剣へ掲げる。すると、レイスの右手の中指に嵌っている指輪が、赤い輝きを放った。


 直後、大剣はレイスへ衝突。

 ガラスが割れるような音が響いたあと、大剣は弾き飛ばされた。


 指輪に込められていた『衝撃耐性』の効果だ。一度限り、着用者への攻撃を肩代わりする力を持っている。


「これで、最後の保険は使い切ったわけだが……」


 指輪はもうない。


 『衝撃耐性』といった魔術的効果を込められるアクセサリーは貴重な鉱物から作られているので、量産はできないのだ。


 丸腰と言っても過言ではない状態のレイス。


 彼が見つめる先には、あのスケルトンがいた。大剣を投げたので攻撃のリーチは短くなったが、脅威であることには変わりない。


 何より、意表を突かれる形で指輪を使わされたのが痛い。指輪をもう少し有効的に使えたなら、まだ時間稼ぎはできただろうが。


「うん、割とマジで死にそう」


 現状を分析して、レイスは引きつった笑みを浮かべる。


「というかお前、どっから来たんだよ」


 レイスの目の前に初めて現れたときもそうだが、一切気配を感じなかったのだ。普通なら近づいてきた時点で、音で気づく。


 警戒は怠っていなかった。あのスケルトンは、何らかの方法で不意打ちを可能としていると考えて間違いない。


 レイスが見つめる先で、スケルトンが動き出す。顎を動かしてカラカラと音を立て、まるで笑っているようだ。


 とはいえ、レイスにとっては笑えない状況だ。


 迎撃手段はなし、時間稼ぎの手札も切った、体力はとっくに限界を迎えている。


 最後の頼りは、最高峰の実力を持つ冒険者であるラフィー。


「頼む、ラフィー……!」


 視界に走るスケルトンの姿を捉えながら、レイスは大きく息を吸い込んだ。


 そして、叫ぶ。


「ラフィー!!!!」


 叫ぶレイスの目の前で、スケルトンが大きく手を掲げる。大剣を振り回すような膂力を秘めた腕だ。直撃すれば、ただでは済まない。


 思わずレイスが眼を閉じかけたとき――突如スケルトンの腕が、甲高い音を立てて砕け散った。


 レイスが、何が起きたのか一瞬分からずにいると、


「レイス、屈め!」


 後方から聞き覚えのある声が聞こえ、レイスは咄嗟に声に従った。


「【破砕(カイ)】」


 腕を破壊されてたたらを踏むスケルトンの胴体に、赤い髪を揺らすラフィーの蹴りが直撃する。蹴りの衝撃でスケルトンは吹っ飛び、割れた鎧の破片が宙に散った。


 危なげなく着地したラフィーは、安心したように大きく息を吐く。


「間に合って良かった。怪我はないか、レイス」

「うん。それよりやばい、惚れそう」

「お前はなんだかんだ余裕があるな……」


 平然な顔をして小恥ずかしい言葉を使うレイス。ラフィーは呆れ顔で、地面に落ちている剣を拾う。


「……ん? 地面に剣なんて落としてたっけ?」

「あのスケルトンの腕を破壊するのに投げた」


 ラフィーは、さも当然のように言ってのける。


「あ、そうですか」


 レイスは思わず敬語口調で頷く。


 鎧をつけてるスケルトンの腕を剣の投擲で破壊とかどうなってるんだとかは考えていない。決して。


「再生するのか、厄介だな」


 ラフィーの呟きを聞いて、レイスは現実に引き戻される。同時に、地面に倒れていたスケルトンが起き上がる姿も見えた。


 ただし、剣の投擲によって欠損していた腕は、元通りになっている。


「さて、どう攻略しようか」

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