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19 『骨の化け物』

 血溜まりの中心で、ラフィーはゆっくりと剣を納めた。周囲には、裂傷を受けたブラッドウルフの死体が大量にある。


 ラフィー自身には、傷一つない。


「思ったよりも時間がかかってしまったな……さて」


 ぐるりと辺りを見渡す。しかし、この森へ一緒に来た錬金術師の姿は見つからない。


「はぐれたのか……?」


 だとしたら、少しまずい。ラフィーと違って、レイスに戦闘能力はない。魔物に見つかったら、逃げるしかないだろう。錬金術を使って、時間稼ぎくらいならできるだろうが。


「早く見つけないと」


 ラフィーが慌てて一歩を踏み出そうとすると――突如、轟音が発生する。


「なっ……!?」


 思わず立ち止まったラフィーは、すぐに剣の柄に手を置き、周囲を警戒する。


「今の音は……」


 視線を巡らせるが、周りに魔物の気配はない。音の発生源は、今いる場所より離れたところだろう。まるで、木を力任せに一気に切り倒したような音だった。


 そんな芸当ができる魔物がいるなんて、考えたくはないが。


「どうするか……」


 最優先はレイスとの合流だ。そして、レイスの家に向かって素材を回収し、森を脱出。


 これが理想的な流れだが、恐らくそう上手くはいくまい。先程の轟音の正体もそうだが、この森には魔物がいる。


「何が起こっているんだか……」


 一先ずはレイスの捜索と辺りの探索から始めることに決め、ラフィーは動き始めた。




 ***




 ――あれは、そう、十四歳のときだったろうか。師匠に錬金術の素材を取ってこい(強制)と言われ、俺はとある古びた墓場に訪れた。


 そして、初めて出会ったのだ。アンデッドと呼ばれる、おぞましい魔物に。


「ぁあぁぁぁぁ!!!」


 レイスは、走っていた。全力で、死ぬ気で、もうそれは風の如く。肺が痛くなってくるのも気にせず、ただ走る。


「ふざっ、けんな……! なんで、久しぶりに我が家に戻ろうとしただけで、こんなに追い回されなきゃならねぇんだよ!?」


 走るレイスの後ろには、白骨化した人型の魔物――スケルトンがいた。頑丈そうな鎧を着込み、手には錆びて毒々しい色をした大剣を持っている。


 スケルトンの大きさは優に二メートルを超え、森の木々を紙でも切るように簡単に切り飛ばす姿は、恐怖しか感じない。


 なぜ、こんな状況になっているのか。


 スケルトンは、唐突に現れたのだ。

 ブラッドウルフから逃げおおせたレイスが木の上で休んでいると、突然どこからか現れ、木を大剣で薙ぎ倒した。


 レイスは、木を切り倒されても運良く大した怪我はしなかったものの、その後スケルトンにずっと追われている。


「どうするかなぁ……!」


 ブンッと大剣が力強く空気を切る音が背後から聞こえる度、背筋にゾクリと悪寒が走る。直撃すれば、レイスの身体は簡単に粉々になってしまう。


 ブラッドウルフのときのように、どうにかして逃げようと考えを巡らせてはいるのだが。


 如何せん、スケルトンには弱点が少ない。


 まず、彼らには五感が存在しない。だから、魔物除けのポーションや染料による視界阻害はまったく効果を発揮しないのだ。


 ハッキリ言って、スケルトン相手ではレイスの錬金術による時間稼ぎは大した効果は期待できない。


 おまけに、レイスを追っているスケルトンは明らかにおかしい。


 通常のスケルトンは、二メートルを超える巨体を持つことはないのだ。もちろん、大剣を持って木を一撃で切り倒すなんていうことも不可能。


 その時点で、普通のスケルトンよりも優れた個体であることは分かった。


 ただ、そんなスケルトンにも致命的な弱点が一つだけ存在する。『聖水』と呼ばれるポーションの一種だ。


 材料が少し手に入りづらいこともあって数は少ないが、聖水はアンデッド系の魔物に対して絶大な効果を発揮する。


 レイスの手元には、そんな聖水が三つ。とはいえ、ただ聖水をぶつけただけでは、アンデッドは倒せない。精々、足止めが限界だろう。


 だから、レイスは聖水を三つ使う間にスケルトンから逃げ切らなければならない。レイスとて、こんな場所で挽肉になるのは御免だ。


「まあ、現実的に考えて逃げ切るのは厳しそうだけど……」


 ブラッドウルフとの逃亡劇からそう時間が経っていないせいか、レイスの体力の限界は近い。息切れも起きており、いつスケルトンに追いつかれてもおかしくはない状況だ。


 レイスは足を動かしながら、チラリと視線を自分の鞄に向ける。そして次に、忙しなく周りを見た。


「……よし」


 レイスは何か決心したようにボソリと呟く。次いで、鞄から一本目の聖水を取り出し、スケルトンに投げつけた。


 顔面に聖水を浴びたスケルトンはピタリと動きを止め、もがき苦しむような様子を見せる。


「今のうちに……!」


 残り少ない体力を惜しみなく使い、レイスはとある(・・・)場所(・・)を目指す。レイスがこの森に住んでいたからこそ、知っている場所だ。


 スケルトンは聖水の効果から解放されると、絶対に逃がさないとでも言いたげに、大剣を振り回してレイスを追う。


 レイスは何度も追いつかれそうになりながらも、聖水と錬金術を駆使して時間を稼ぐ。


 そして――


「頼むから効いてくれよ!」


 レイスは目的の場所に着いた瞬間、地面から生えている草に手当り次第水をかけた。スケルトンはもうすぐそこまで迫ってきているので、必死の表情である。


「『圧縮』『攪拌』」


 レイスは続けざまに錬金術を二つ発動すると、そのままその場を離れる。


 もちろん、スケルトンもそのままレイスを追おうとする。


 しかし、大剣を大きく振り上げたところで体勢を崩した。


 派手に地面に倒れ込むスケルトンを見て、レイスは大きくため息を吐く。スケルトンの足を見てみれば、地面から生えている草が大量に絡まっていた。


 その草の名はクチナ草といい、水と一緒に捏ねることで粘着性のある液体を微量に発生させるのだ。クチナ草が大量にあれば、強力な接着作用を意図的に利用することも可能である。


 まさに、今のレイスのように。


「一応、森の中にある錬金術の素材になりそうなものはぜんぶ覚えてて助かった……」


 レイスはげんなりとした表情で、肩で息をする。

 ずっと拘束するのは不可能なものの、これで時間稼ぎにはなる。


 今のうちに、ラフィーと合流を果たしたいところだ。木が切り倒される音を聞いて、こちらに近づいてくれていれば、レイスとしては嬉しいのだが。


「とりあえず、打てる手は打っておくか」


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