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18 『危険地帯』

 せめてもう少し草むらに入るのが遅ければ、先にブラッドウルフの存在に気づくことができたかもしれない。


 そんなことを考えながら、レイスは必死に足を動かす。なるべくラフィーがいた場所に向かって走ってはいるが、愚直に直進するとすぐに追いつかれるのは自明の理。


 速力で劣っている以上、うまく木々を使って逃げるしかなかった。


「てか、何匹いるんだよ、クソッ……!」


 ラフィーが相手をしているブラッドウルフの数は相当なものだ。レイス自身、あれで全部だとは思っていなかったが、愚痴をこぼしたくもなる。


 間一髪で避け続けている牙や爪を見るたび、背筋が凍る思いだ。


「っ、使うか……!」


 レイスは走りながらも鞄に手を伸ばし、魔物除けのポーションに手を触れる。数に限りがあるが、そんなことは言っていられない状況だ。このままでは体力が尽きて食われるのが先になってしまう。


 レイスは尻目でブラッドウルフとの距離を確認しながら、ポーションをぎゅっと握り締める。そして、タイミングを計り、投げつけた。


 ポーションが入った瓶がブラッドウルフの目の前でパリンと音を立てて割れ、独特の臭気を発する。


 狙い通り成功し、レイスの表情は一瞬緩んだ。


 しかし――


「……なんで、そのまま追ってくるんだよ!?」


 レイスの予想と反して、ブラッドウルフは怯むことなく走り続けてきた。臭いを嫌がる素振りすら見せていない。


 獣系の魔物には効果抜群のはずが、効き目なしという結果だ。


 とはいえ、ブラッドウルフが止まらない以上、レイスも休んでいる暇はない。レイスは一瞬緩んだ気を引き締め直し、再び逃亡劇を開始する。


 ただ、闇雲に逃げ続けても先はない。どうにか撒く方法はないかと、レイスは思考を巡らせる。


「魔物除けのポーションが効かないってことは、嗅覚が麻痺してるのか……? だとしたら……」


 ポーションには嗅覚に訴えかけるような物質しか入っていない。なら、何らかの理由でブラッドウルフの嗅覚が麻痺していると考えるのが自然だろう。仮にそうだとすると、まだ逃げ切る手はある。


 レイスは再び鞄に手を突っ込み、目当てのものを発見する。


「鼻がダメなら、こっちはどうだ!」


 レイスはそう言って、後ろに瓶の中身をぶちまけた。空中に飛び出したのは、赤い液体。

 液体はそのまま、ブラッドウルフたちの顔面に直撃した。


 すると、ブラッドウルフたちの動きが急に止まる。ブラッドウルフたちは煩わしそうに顔を左右に振るい、顔面に付着した液体を払おうとする。しかし、真っ赤になった視界は回復しない。


「コラの実とハクラ草を練り合わせた俺特性の染料だ。そんなすぐには視界は戻らないぜ。んでもって――」


 コラの実の汁には染色性が含まれている。それを高い吸収性を持つハクラ草と練り合わせて液状にすることで、強力な染料となるのだ。


 レイスは、染料が入っていた空の瓶を自分とは真逆の方向に力いっぱい投げる。地面へ直撃すると、当然、ガラスの割れる派手な音が響き渡った。


 何も見えていないブラッドウルフたちは、鋭い音に敏感に反応。一斉に音のした方向に駆けていく。


「――鼻が利かないなら、視界と聴覚を何とかすればいいだろ」


 もしブラッドウルフたちの嗅覚が正常ならば、今頃レイスの位置は簡単にバレていたはずだ。まあその場合、魔物除けのポーションを投げた時点で逃げ切れていた話だが。ともあれ、今は命の危機を乗り切ったことを喜ぶべきだ。


 染料のおかげで、時間は稼げる。


「流石に疲れたな……」


 レイスはその場を離れつつ、ため息をつく。


 レイスはスタミナはあるほうだが、ずっと走り続けていただけあって、かなりの疲労が溜まっていた。できれば少し身体を休めたいのが本音だ。


「そうだ」


 レイスは、妙案を思いついたと言わんばかりにポンと手を叩く。

 そして、きょろきょろ辺りを見回すと、一つの木に近寄った。


「よっと」


 レイスは躊躇することなく木に登り、あっという間に太い枝の上までたどり着く。


「ふぅ……ここなら休めるだろ」


 森に住んでいたこともあって、木に登ることは何度か経験があった。木の上なら、先程のように魔物と遭遇する心配もない。


 比較的、安心して身体を休めることができる。


「ラフィーは無事かなぁ……」


 木の幹に身体を預け、ボソリと呟く。時間的にはそろそろラフィーの方の戦闘が終わっていてもおかしくはない。


「もう少ししたら、探しに行くか」


 深く息を吐いて、体力の回復に努めるレイス。


 ――そんな彼の身体を、唐突な振動が襲った。




 ***




「ふむ、突然の魔物の出現、か……」


 報告に上がった情報に、興味深げに目を細める男。彼はこの国に四家ある大貴族の内の一つの現当主である。


 名を、ウィルス・レディウム。レイスのエリクサーを求めた数多くの人物の内の一人である。


 もっとも、本人にエリクサーの購入は断固拒否されたので、結局は顔合わせしかできなかったのだが。


 とはいえ、今ウィルスの頭を悩ませているのはレイスのことに関してではない。


 つい最近になって、王都に近い森に魔物が現れた件についてだ。被害が報告され始めて間もないというのに、怪我人の数は中々のものだ。


 おそらく、それだけ魔物の数が多いということだろう。


「まったく、王家がゴタついているこの時期にまた面倒な案件が……」


 悩ましげにため息をつくウィルス。本来ならこういった案件は王家に取り次いで対処の方法の確認を取るのが通例だ。


 しかし、今の王家は何かと忙しい。そのため、今回の件についての対処は手が空いていたウィルスに一任されたのだ。ウィルスとしてもこれ以上、被害が拡大するのは望ましくない。


「とはいえ……」


 この突然の魔物の出現が、ただの低級な魔物の集まりならばいい。報告にあるブラッドウルフなど、その他のD級、C級の魔物なら対処は容易である。


 だが、報告の一つにB級冒険者のパーティがやられたとあるのだ。B級ともなると、ベテランと呼ばれる領域だ。そう簡単にやられはしない。


「最低でも、A+以上はいると考えるべきかな」


 A+とは、A級の魔物よりも強く、S級の魔物よりは弱いという意味だ。最近、王国外で現れたA+の魔物は、A級冒険者五人によって討ち取られた。


 五人で倒せるとなると何とかなりそうにも思えるが、そのうち二人は死亡している。圧倒的な強さを持つA級五人で挑んでも、死者が出たのだ。


「指名依頼を出して……最悪、私が向かうか」


 ウィルスはA級とS級の何人かに依頼を出すことを決断。それでも魔物の排除が困難なようなら、自身が出向くことも手段の一つとして考える。


 普段は戦闘などまったくしないが、ウィルスは戦える。その実力は、S級にも引けを取らないほどだ。


 立場が立場なので実力を披露する機会は中々ない。それでも、訓練を欠かしたことはなかった。


「さて、善は急げだ」


 ウィルスは、指名依頼のための依頼書作成に取りかかった。


 ――どこぞの錬金術師が、まさに今、森の中にいるとは知らずに。

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