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16 『道中』

 夜も更け、王都に静けさが訪れ始めた頃。レイスは一人宿屋の一室で、明日の準備を整えていた。


「魔物か……」


 明日の目的地であるレイスの家の周辺には、魔物が存在する。ハッキリ言って、レイスは魔物が苦手だ。トラウマと言ってもいい。


 というのも、師匠との地獄の採取ツアーで、何度も危険な魔物に追い掛け回されているからだ。十代前半でそんな経験を何度もすれば、トラウマになりもする。おまけに、師匠は泣きながら逃げるレイスを見て、腹を抱えてけらけら笑っていた。


 思い出したくもない忌々しい記憶に、レイスは空笑いを浮かべる。

 しかし、幸いにも今回は一人ではない。ラフィーという頼りになる同行者がいる。


「なるべく遭遇しないのが一番なんだけどな……っと。ふー……」


 レイスは鞄に大体の必要なものを詰め終え、一息つく。治療系のポーション類はもちろんのこと、魔物を追い払うためのポーションも中に入っている。


 嗅覚が敏感な魔物には、中々の効能を発揮するのだ。もしものときには、これで多少の自衛ができる。


「後は指輪だけか」


 レイスは右手の中指に嵌めていた赤色の指輪を外した。そして、一枚の真っ白な紙を用意する。


 レイスは外した指輪を紙の中央に置くと、紺色の粉を使って、その周囲に複雑な紋様を描き始めた。迷いなく動く右手は、ものの数十秒で紋様を描き終える。


「『付与』」


 レイスは外した指輪に手をかざし、錬金術を発動する。『付与』は魔方陣を描くことで魔術的効果をアクセサリーなどに施し、魔道具を生み出す錬金術だ。


 魔道具はほとんどが使い切りのもので、一度使用するとただのアクセサリーに戻る。一度使用した魔道具にもう一度『付与』を施すこともできるが、著しく効果が下がってしまうので効率は悪い。


 今回指輪に『付与』したのは、衝撃耐性の効果だ。ある程度の攻撃ならば、指輪が肩代わりしてくれる。


「こんなもんか」


 レイスは『付与』を終えた指輪を右手の中指に嵌め直す。これで準備は完全に整った。あとはゆっくりと身体を休め、備えるだけだ。


 レイスはベッドに入り、静かに目を閉じた。




 ***




 明朝。刺すような冷気が感じられる中、レイスとラフィーは王都を出てすぐの場所で集合していた。


 レイスはいつもの鞄を肩から提げ、ラフィーは急所のみを守る軽い鎧と剣を所持している。腰には大きめの麻袋があり、そこにほかの道具が入っているのだろう。


「馬車を用意してるから、乗ってくれ」

「ああ、分かった」


 王都からレイスの家までの距離は、馬車で急いで一日かかるくらいだ。


 ラフィーには伝えていないが、シルヴィアの病状の進行を見るに、猶予は一週間あるか、といったところ。なるべく急がなければならない。


「そういえば、今更なんだけど、シルヴィアの世話は大丈夫なのか?」

「ん? ああ、私がいない間の世話はアメリアさんに頭を下げて頼んでおいた」

「なるほど。なら安心か」


 ラフィーとアメリアの関係は、ラフィーが冒険者になってからのものだ。時間にして数年もの付き合いになる。それだけ信用しているのだ。


 レイスはラフィーが馬車に乗ったことを確認して、馬の手綱を取った。


「レイス、馬にまで乗れるのか」

「……まあ、師匠が師匠だったから、雑用関係とか生活に必要なスキルはあらかた身につけたよ。望んでたわけじゃなかったけどな……」

「そ、そうか……」


 レイスはハハハと乾いた声を漏らしながら、師匠に関する苦労話を語る。レイスは師匠の話は話そうと思えばいくらでも話せるが、闇が止め処なく溢れるので自重することにした。


「それはそうと、昨日シルヴィアを診てから一つ気になってたことがある」

「ん、なんだ?」

「魔力晶病って、本来ならもっと別の地域で発見された病気のはずなんだ。なのに何でシルヴィアが発症してるんだろうなって」


 レイスの記憶が確かならば、魔力晶病はもともと、王都よりも更に北東の地で発見された病だ。魔力晶病を発症した稀有な患者の例も、北東に住まう人間ばかりだった。魔力晶病は伝染病というわけでもないから、人から人へうつるわけもない。


 では、なぜシルヴィアが発症しているのか。


「シルヴィアって、北東に訪れたことってあるのか?」

「いや、ない。少なくとも、私がシルヴィアと出会って以降ではな」

「……それってつまり――」


 ラフィーの妙な言い回しに、彼女が言わんとすることを察したレイス。もともと、シルヴィアと出会ったときから二人の外見はまったく似ていないと思っていたのだ。


「まあ、薄々気づいてたかもしれないが、私たちは義理の姉妹だ」

「……どうして義理なのか訊いてもいいか?」


 もしかしたら深い理由があるのかもしれない。遠慮がありありと感じられるレイスの様子に、ラフィーは軽く苦笑。


「そんなに大した理由じゃないぞ。ただ私が、記憶を失くしたシルヴィアを助けて、身寄りがなかったから引き取っただけだ」


 平然とそう言ってのけるラフィーを見て、レイスは微妙な表情をする。


「今より若い歳でその決断は、結構大したことあると思うが……」


 ラフィーはどうも、若いうちに人格面が完成されている感じがある。レイスがこれまで出会ってきた人間の中で『誠実』という言葉が一番よく似合う人物だ。


「というか、シルヴィアって記憶がないのか?」

「ああ。どうしてシルヴィアに記憶がないのか、私にも分からないが」

「じゃあ、もしかしたらシルヴィアは北東出身かもしれないな。魔力晶病が発見されたのが北東だし」

「なるほど……覚えておく」


 思わぬところでシルヴィアの記憶の手がかりを入手し、ラフィーは神妙な顔で頷く。とはいえ、今は病を治すことが先決だ。


「そういえば、レイスの家はどこにあるんだ?」

「この街道をしばらく進むとある森の中。木造の小屋だ」

「森の中って、また随分変なところに住んでたんだな……」

「言わないでくれ。俺も自覚はある……」


 森の中で住んでいた頃と、今の生活を比較すると、断然今の方が快適と言える。自分で食事を作る必要もないし、いろいろなものが売っているし。


 森の中の家に残してきた素材さえ回収すれば、王都での暮らしが完全勝利する。


 そもそも、もともと小屋には師匠に連れられて住んでいたのだ。だというのに、当の師匠はある日突然姿を消した。


 レイスとて、好き好んで森という不便な場所に住んでいたわけではない。


 そうして、二人は時折会話を挟みながらも、馬車で家へと進み続けた。そして、森まであともう少しといったところ。


「……ん?」


 日が暮れ、視界はすでに暗くなりつつある。そんな中、手綱を握り続けていたレイスは前方を見て訝しげに目を細めた。


「あれは……人か?」


 人間らしきシルエットが、街道にポツリと浮かんでいる。人がいることは別に不思議ではないのだが、シルエットは街道の真ん中で座り込んでいるのだ。


 馬車が通ることもある街道でそんなことをするのは流石に危険だ。レイスは軽く注意をしようと、馬車の速度を緩めつつシルエットに近づく。


 すると、レイスは途中で自分の勘違いに気づいた。


「……!」


 シルエットとしか映らなかった人物をハッキリと視認して、レイスは驚く。おそらくは冒険者だろうか。身体中から血を流し、荒い息を繰り返している。


 街道の真ん中から動かなかったのではなく、動けなかったのだろう。レイスは急いで馬車を端に止めると、冒険者へと駆け寄った。

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