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119 『これからも』

「まあ、こんなもんか」


 レイスは皿に盛りつけた料理を見て、その出来に満足気に頷く。昔から日々鍛えられた料理スキルは、遺憾無く力を発揮した。


 これならラフィーたちも喜んでくれるに違いない。


「ローティア、運ぶのを手伝ってくれー」


 今日はラフィーやシルヴィアに頼るわけにいかない。


 自然と手が空いているのはローティアただ一人となる。彼女はぎゅるぎゅるとお腹を鳴らしながら、黙々と料理が乗った皿を運んでいた。


 ただ、空腹のせいか、時折口元から涎が見えそうになっている。


 レイスは限界を迎えていそうなローティアに先程味見だけはさせてあげたのだが、それが余計に食欲を促進させてしまったらしい。


 あと少しの辛抱なので、ローティアには悪いが耐え抜いてくれることを祈る。


「これで最後、と」


 食卓に料理を並べ終え、一息つく。


 肉、野菜、魚介類、麺類、果物など一通り思いつくものは揃っている。それなりの食費が財布から消えていったが、たまには贅沢をするのも悪くないだろう。


 無事に教師生活も乗り切ったことだし、羽を休めるいい機会でもある。


「おお……すごい量だな」

「これ、レイスさんが一人で作ったんですか?」

「ああ」


 運ばれてきた数々の料理を前に、姉妹は驚きを隠せずにいた。


 この中では二人も料理をする方ではあるが、それでもレイスの家事スキルには及ばないと思わされることが多い。と言っても、レイスは七年近くもずっと一人で家事をこなし続けてきたのだ。


 年月だけでいえばこの中の誰よりも長いし、上達もするという話である。別にレイスに特別料理の才能があるとか、そういうことではない。


 積み重ねてきた努力の結果と言えるだろう。


「いやぁ、さすがレイ君、すごいね!」


 昔から弟子の料理に助けられてきたルリメスは、目を輝かせて惜しみない拍手を送る。


「味見役はローティアだ」

「……抜かりない」


 テンション高めにグッと親指を立てるローティア。

 食に対する執着が凄まじい。


 そろそろローティアの限界も近いので、レイスに感謝しながらも料理に手をつけ始めた。


 レイスたちがゆっくりと食を進める一方で、ローティアの前からは次々と料理が消えていく。限界を迎えたローティアにはよくある光景だ。


「そういえば、ルリメスさんが王都から離れるって本当なんですか?」


 話題に上がったのは、レイスもつい最近聞かされたことについて。


 やはりラフィーたちも驚きが大きかったのか、関心を持っていた。


「本当だよー」

「どうしてですか?」

「ボクは元々色んなとこを回ってたからねー、本当は王都にこんなに長く留まるつもりもなかったし。十分すぎるくらいゆっくりしたからね」


 本当に毎日工房でだらだらしていたので、言葉通り心身共に休まっているだろう。ルリメスの苦労といえば、たまにレイス関係の騒動に巻き込まれることくらいだろうか。


「そうですか……少し寂しくなりますね」

「ありがとう、シルヴィアちゃん。ボクの弟子より何千倍と優しいよー」


 ルリメスは隣に座るシルヴィアにひしと抱きつき、滂沱と涙を流す。


 シルヴィアは困ったように笑いながらも、決して突き放したりはしなかった。


「あんまり重く捉えなくていいぞ、シルヴィア。どうせ戻ってこようと思えば二秒で戻ってこれるんだ」

「そういうことを言うんじゃないって。感動が薄れるでしょー!」


 仮にそう簡単に会えないとしても、今生の別れでもあるまいし、一体そこになんの感動があるというのか。不思議に思いながらも、言葉にすると怒られそうなので黙るレイスであった。


「どこに行くかは決まってるんですか?」

「まあ、南に行こうかなってぼんやり考えてるよー。王都に来る前は北の方をぐるぐる巡ってたからね」

「土産を頼んだ。できれば使える素材がいい」

「えー、まあ気が向いたら」


 あまり外に出向く機会はないため、遠方の素材は貴重だ。できることならなるべく多く回収してくれるとレイスが喜ぶ。


 とはいえ、ルリメスは気が向くままに行動する性格だ。あまり期待はしていない。


「ゴーレムの方はどうなったんだ?」

「なんか俺が補佐役を務めてた先生が渡してくれた魔石が悪さしてたらしい」


 レイスはそう言って、鞄から黒く染まった魔石を取り出す。

 あれから学院側がわざわざ送ってくれたのだ。


 レイスとしてもできれば欲しいとだけ伝えていたので、まさか本当にくれるとは思ってもみなかった。


「え、手元に残すの、それ?」

「確かにちょっと怖いな……」


 ルリメスとラフィーが明らかに嫌そうに黒い魔石を見る。まあ、この場の誰にとっても嫌な思い出しかないので仕方ないのかもしれないが。


「研究対象としては興味深くはあるからな。もう絶対に素材には使わないよ」

「ああ、できればやめてくれ……」


 恐らく、今回一番苦労したであろうラフィーが苦い顔で頷く。

 あのゴーレムともう一度戦うのはS級冒険者とはいえ勘弁願いたいらしい。


 まあ、斬撃のほとんどが効かない相手だ。無駄だと分かっている攻撃を誰も繰り返したくはないだろう。


「ということは、レイスさんが責任を負うことはなかったんですね」

「そういうことだな。本当に助かった」


 破産を前にしたレイスの焦りようを見ていたラフィーとシルヴィアは、揃って苦笑する。レイスとしては死活問題だったので余裕など一切なかった。


「教師はもう終わりなのか?」

「ああ、そうだな。向こうはまたいつでも来てくれって言ってたけどな。ただ、間違いなく俺は教師は向いてない」

「そうですか? レイスさん、錬金術を教えた経験って割とあったんじゃなかったでしたっけ?」

「まあ、教えたことはあるけど、それは一対一だからなぁ」


 複数人に教えるのと一対一でじっくり教えるのでは根本的にやり方が違ってくる。

 生徒に合わせて教え方を変えるなんて器用な真似はレイスにはできない。


「これからじっくり店の方を頑張っていくつもりだよ」


 また店の経営の方に力を入れていき、ゆくゆくは新商品なども開発したい気持ちがある。まだまだやれることはたくさんあるのだ。


 ゴーレム騒動の苦労を労いながらも、そのままレイスたちは雑談を続けた。本人によるとすぐには戻らないらしいので、ルリメスも酒を飲みながら上機嫌に会話に参加する。


 料理が消える頃にはルリメスの顔は真っ赤になっており、明らかに呂律も回っていなかった。


「レイくんはもっどボクをだいじにしゅるべきだよー」

「あー、そうだな」

「ひょんとにおもってるー? ねぇ、レイくんー」

「思ってる、思ってる。俺は師匠が大事だぞー」


 ルリメスは酒瓶を片手にレイスを軽く睨み、片腕をブンブンと振って激しく主張する。


 今日くらいはいいかと好きに酒を飲ませたはいいが、やはりというか酔いつぶれてしまった。

 まああとで適当にポーションを飲ませてやれば問題はないが、面倒な絡みがあるのだけは避けられない。


「師匠もこんな状態だし、今日はもう終わりにするか……。来てくれてありがとな、二人とも」

「いや、こっちこそ呼んでくれてありがとう。料理、美味しかったぞ」

「とっても美味しかったです! では、また!」


 二人の姿が消えたのを見届け、レイスはルリメスを背負った。むにゃむにゃと眠そうな声を耳元に感じながら、階段を登る。


「おもっ……」


 まともに意識があったなら怒鳴られそうなことを言いながら、レイスはルリメスをベッドまで運んだ。

 一息つくと、幸せそうに寝息を立て始めたルリメスを見る。


 あともう少しすれば、いざというときに師匠に頼れない状況も出てくるわけだ。


「……気合い入れて頑張っていくか」


 パチンと両頬を叩き、レイスはやる気を入れ直した。






 ***






 早朝。



 朝の凍りつくような寒さを感じながら、レイスは店の扉を開けた。


 片手に箒を持ち、白い息を吐きながら店の前のゴミを片付け始める。習慣づいた動作を数分で終えると、店の中へ。


 両手を擦り暖を取ると、まだ誰も立っていないカウンターに視線が向かう。


「あいつ、まだ起きてないのか……」


 ため息をつきながらもレイスは二階へ上がり、またもや慣れた様子で扉を強くノック。


 苦しげにも聞こえる間延びした声を確認して「早くしろ」と言葉をかけた。


 店の方へ戻ると、商品の補填を始める。


 足りないものをメモしながらじっくりと確認し、素材部屋の方へ。


 メモに目を落としながら保管されたポーションを回収し、足りないポーションがあれば即座に作製する。


 問題なくすべて揃ったことを確認して、再び店の陳列棚へ。種類毎に分けて、ポーションを並べる。


 その頃にはローティアも準備を終えたのか、頭に眠ったままのミミを乗せながらカウンターで目を擦っていた。


「寝るなよ、ローティア」


「……うん」


 力ない返答に不安になりながらも、レイスは店の外へ。扉にかかった掛け看板の文字を『営業中』にして、気合を入れる。


「さて、今日も頑張るか」


 こうして何度でも、自重を知らない錬金術師の朝は始まるのだ。

これにて完結です。二年半近くお付き合い頂き、ありがとうございました。

とはいえ、コミックスの方はまだ続きます。

5月12日に2巻が発売しますので、是非ともよろしくお願いいたします。

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