117 『謝罪と勧誘』
あれからウィルスにあれこれ説明をしたあと、時間もあってとりあえずは解放された。
そして、翌日。
再び学院を訪れたレイスは、目の前の光景に少々面食らっていた。
「本当にすまなかった……!」
レイスの目の前では、深く頭を下げるヘルガーの姿がある。というのも、あれから調査が進んだ結果、ゴーレムの暴走の原因が魔石にあったことが判明したのだ。
つまり、レイスの見立ては外れていなかったということだ。
そして、その問題の魔石をレイスに渡したのはヘルガーである。
何も知らずに渡してしまったのなら仕方のないことだ。不慮の事故ということになるだろう。
ただ、今ヘルガーがレイスに頭を下げているのは問題のある魔石を知らずに渡してしまったからではない。
どうやら、魔石として欠陥品と分かっていてレイスに渡したらしく、なぜあのときヘルガーが浮かない表情をしていたか納得がいったレイスだ。
本来ならゴーレムを作れずに落ち込む姿を想像していたらしいが、レイスは何故か欠陥品の魔石でゴーレムを作り上げてしまった。
羨望によるちょっとした嫌がらせのつもりが、レイスの錬金術の能力が相まってこんな事態にまで陥ってしまったという結末だ。
ひどく間抜けにも思える話だが、その結果あんな化物みたいなゴーレムが誕生したのだからまったくもって笑えない。
あのゴーレムが全力で人間に殺意を持っていたのなら、事態は更に深刻なものとなっていただろう。
自分で生み出しておいてあれだが、二度と相手にしたくないとレイスは強く思っている。
「まあ、そんなに強い悪意を持っていなかったわけですし……」
一向に頭を上げないヘルガーを見て、レイスは気遣うように言葉を返す。
こうも自分より遥かに歳上の相手に頭を下げられては、何か自分が悪いことをしたような気分になってくる。
それに、実際レイスはヘルガーに対して思うところはさほどない。
多少の悪意があったことは確かだが、恨みと呼ぶには生温い程度のものだ。調子に乗っているように見える新任に少し痛い目を見て欲しかったのだろう。
「しかしじゃな……」
ただ、悪意を持って接してしまった本人は、レイスから責められもしないことに疑問を感じていた。
こんな大事にまでなってしまったのだから、ある意味当然とも言えるが。
もっと罵倒されてもおかしくはないと思っていたために、拍子抜けと言ってはおかしいが、それに似た感覚を覚えていた。
「まあ、さすがに賠償問題とかになってきたら、俺にはちょっと厳しいですけど……」
「そこまでは迷惑をかけん。自分でなんとかする」
「だったら、俺は別に大丈夫ですよ」
元々、ゴーレムを止めるために奔走していたときもお金の心配ばかりしていたレイスだ。今回のゴーレムによる被害が自分のせいでないのなら、むしろ安心する。
最悪責任を負う気ではいたが、何もしなくていいのならそれが一番であることに変わりはないのだ
。
ヘルガーには悪いと思うが、元はと言えば魔石を渡した彼に原因があるわけなので、甘んじて受け入れてもらうしかない。
こればかりはレイスにはどうしようもなかった。
素直に謝罪を受け入れたレイスは、特に問題もなくヘルガーと別れる。
今日学院に来たのはヘルガーと顔を合わせるためでもあったが、もう一人話さなければならない人物がいる。
気を重くしながらも、レイスはその場所へ向かった。
***
見慣れてしまった扉をノックすると、すぐに中から返事がくる。特に躊躇もせず中へ入ったレイスを迎えたのは、今日彼を呼び出した張本人だ。
余裕のある笑みは変わらず、足を組んでレイスへ目を向ける。
「彼の様子はどうだったかな?」
彼とは誰のことかは考えるまでもない。元々、ゴーレムの魔石に関する情報をレイスに与えたのはウィルスなのだから。
当然、レイスがヘルガーと会う前にウィルスが彼と会話をしているはずだ。
何を話したのかはレイスが知る由もないが。
「すごく謝られました。こっちが申し訳なくなるくらいには」
「はは、彼も根は真面目な人だからね。だからこそ、まさかこんなことをするとは思っていなかった」
「……半分、事故みたいなものですけど」
ヘルガーを庇うわけではないが、実際事故みたいなものだったので自然と口から言葉が出た。
ヘルガーはゴーレムが出来上がると思っていなかったし、レイスはゴーレムが動き出すなんて思ってもみなかった。
思い違いがあったことは確かだ。
「まあそうだね」
「……ちなみに、生徒たちのゴーレムの被害とかの扱いってどうなるんですか?」
レイスは恐る恐るといった様子で訊く。
ヘルガーはもし賠償金を払うような事態になれば自分が受け持つと言っていたが、やはり心配なものは心配だ。
ウィルスはキョトンとした表情を浮かべたあと、気軽に笑ってみせた。
「君が何か責任を負うようなことはないから安心していい」
「そうですか……」
ウィルスの言葉に、レイスは心から安堵する。
これで最も胸に残っていた憂いもなくなったわけだ。それだけでわざわざこの場にやってきた甲斐があったというものである。
「まあ、あの穴だらけの地面はなんとかしてもらいたいところではあるが」
「それは……ほんと、申し訳ないです」
穴だらけの地面とは、もちろんルリメスが一度加減なしで魔法を放った場所だ。
あれから修復はまだなので、今日にでも終わらせなければならない。
魔法を放ったのはレイスではないが、体裁というものがある。素直に謝罪を口にし、頭を下げた。
「やはり、君の錬金術の力には驚かされるよ。大したものだ」
「ありがとうございます……?」
今回の事件に関してはレイスの才能が災いしたとも言え、あまり良い方向に転んでいなかった。それを褒められるのは、どうにも釈然としない。
とりあえず曖昧な返事をするレイスにウィルスは苦笑。
「ちなみに、あのレベルのゴーレムをもう一度作って、制御できたりはしないのかな?」
暴走の原因は魔石の不備にある。
ちゃんとした魔石を使えば、 ウィルスが言っていることを現実にすることも可能だろう。
レイスがそれを実行するかは難しいところではあるが。
「今は少し遠慮したいですかね……」
痛い目を見たばかりなので、やはりしばらくはゴーレムに関わりたくはない。
あんな強さと耐久力を誇るゴーレムを新たに作り出す必要性は特にないだろう。
「まあ、当然の回答か。……さて、今回は本当に迷惑をかけたと思う。こちらの不手際だ。すまなかったね」
「いえ、お気になさらず」
「そう言ってもらえるとありがたい」
形式的に言葉を交わす。
あとは荒らしてしまった地面を元通りにさえすれば、後腐れなくこの学院を去ることができる。
そう思ったレイスだったが。
「……君が良ければだが、ここで教師を続けてみないかい?」
ウィルスはこのときばかりは笑みを潜め、真面目な表情で言葉をかけた。思いもしなかった誘いを受け、レイスは少しの間硬直する。
ただ、優秀な人材を欲する学院としては至極当然の誘いだ。
ウィルスは臨時でレイスを雇った時点で、この交渉は常に頭の中にあった。手放すには惜しいと思うくらいの逸材である。
レイスは困ったように宙に視線を向け、中途半端な笑みを浮かべてウィルスを見た。
「すみませんが、お断りさせて頂きます。自分の店の方にも力を入れていきたいので」
こうして直々に誘ってくれるのは嬉しく思う。教師としての生活も中々悪くなかったように思えるし、新鮮さもあって楽しかったのは確かだ。
もう少しくらいならやってもいいと思える魅力はある。
しかし、性格的にも教師には向いていないとは思った。やはり生徒たちを指導し、育てることは難しい。
レイスはあくまでもただの錬金術師だ。ポーションや魔道具を作ったり、武具を加工したりしている方がしょうに合っている。
これまでがそうであったように、これからもそうして生きていくのだ。
「予想はしていたが……少し残念だよ。気が変わったら、また声をかけてくれ。私はいつでも待っている」
「ありがとうございます。また機会があれば」
レイスは最後に深々と頭を下げ、ウィルスの前から立ち去った。