116 『撃破』
「かといって戦うのは俺じゃないんだが……」
勇ましい発言はいいが、レイスは戦えない。負担のほとんどはラフィーにいってしまう。
彼女にはいくら頭を下げても感謝しきれないくらいだ。この戦いが終わったら、何か美味しいものでも食べさせてあげよう。
……なんかフラグっぽいな。
そんなくだらないことを考えているうちに、ラフィーとゴーレムが衝突する。先ほどまでの金属音よりは鈍く、そして重々しい音が響き渡った。やはりこけおどしではなく、見た目相応にパワーも上がっているらしい。ただ、やはりこの連戦で魔力が足りていないのか、ゴーレムに先ほどまでの速度はなかった。
故に、速度だけで言えばラフィーの方に軍配が上がるだろう。ラフィーは先程から速度を活かしてゴーレムの急所である魔石を狙って動いているのだが。
「惜しいな……」
攻めきれない。
ゴーレムも己の核である魔石を守るためか、堅い立ち回りを見せている。決して攻めには転じず、ラフィーの出方に合わせて動いている感じだ。まあ、実質的に命を狙われている以上、当然のことなのかもしれないが。
とはいえ、大人しくさえしてくれればレイスたちとしても魔石を破壊したりしようとはしない。
仮にレイスが明らかに自分の命を狙ってきている相手に命までは取らないなどと言われたところで、信じはしないという事実には目を伏せることにしよう。
ラフィーも単独では魔石に攻撃を与えられないと考えたのか、ルリメスたちと連携を取って魔法による破壊を狙う。
少しでも動きを止めようと魔法を放つが、ゴーレムも先ほどのやり取りで学習したのか、周囲を覆われる前に剣の一振りですべて破壊する。
炎の槍だろうが風の刃だろうが氷の檻だろうがお構いなしだ。
「いや、それほんとずるいって……!」
魔導師泣かせの一撃に、思わず言葉が漏れる。
魔石に届くどころか、ゴーレムの身体に触れる前に無効化される始末だ。
このまま同じように魔法をちまちま撃っていたところで状況は動かないだろう。手加減をしていたわけではないが、一つ制限を外した方がよさそうだ。
「ラフィーちゃん、大きめの魔法を撃つから離れてー!」
ずっとゴーレムと近接戦闘をしていたラフィーは、ルリメスの一言に素早く後ろに下がる。
ただ、レイスとしてはぎょっとする発言だ。
「え、それ学院にも被害出ない? 俺そっちの責任は知らないぞ?」
「後で直せば問題ないでしょ」
「そういう問題なのか……?」
レイスとルリメスのやり取りを見るシルヴィアは不安そうな表情だ。
学院側に被害が出ると聞いては正常な反応だろう。
ゴーレムに対する攻撃手段が少なすぎるという問題があるとはいえ、ルリメスが杜撰すぎるのだ。
シルヴィアにはこれからもこういう考え方をしてほしくないものである。
ちなみに、ローティアは早く終わるのであればどっちでもいいというシンプルな考えだ。面倒くさがり屋とも言う。
「まあ、なんとかなるよ!」
そう言いながらルリメスは魔法を準備し始める。
これまでの比較的小規模な攻撃と違って、周囲を巻き込む威力の魔法だ。
もはや警備の人たちに自分から位置をバラしにいっている。
指示を受けたラフィーがレイスの近くに戻ってくると同時に、魔法が放たれた。
レイスには光の塊にしか見えない何かが、ヒュンと風を切るような音を残して飛んでいったようにしか見えない。
魔法はゴーレムのところまで到達するや否や、白い輝きと轟音を伴って爆発する。
たった一体のゴーレムに対してここまでするのかという攻撃だ。
一時的に音と色が失われ、レイスは表情を歪めながらも感覚が戻るのを待つ。
もくもくと立つ黒煙は、魔法の規模を表すようにレイスたちの視界を塞いでいた。
ゆっくりと晴れていく黒煙の先に目を向け、ゴーレムの姿を探す。魔法の威力を考えれば、直撃を受けたゴーレムは跡形もなく消し飛んでいてもおかしくはない。
黒煙の先にまず見えたのは、ひしゃげた銀色の大剣だった。
二本が交差するように地面に突き刺さっており、どちらもところどころが溶け、形がおかしくなってしまっている。
辛うじて剣としての体裁は失っていないが、あの状態ではとてもじゃないが武器としては使えないだろう。
そしてその先では、綺麗な銀色の甲冑をところどころ黒く汚しながらも、未だ致命傷を負った様子がないゴーレムの姿があった。
あの魔法を受けて武器を失っただけなのはさすがと言うべきか。レイスなら百回は死んでいる威力だ。
「……いくらなんでも硬すぎない?」
特に手加減せずに放った一撃の結果に苦い表情を隠せないルリメス。
魔石は死守されるだろうとは考えていたが、まさか身体にダメージが入らないとは思っていなかった。剣を盾にしていたとはいえ、異常な耐久性だ。
ちなみに、地面はゴーレムの真後ろが辛うじて無事なだけで、それ以外は穴ぼこだらけだ。
自前で修復しなかった場合の請求が恐ろしくなる被害である。
「まあ武器は失ったわけだし、いけるんじゃないか」
仕留めきれこそしなかったが、これで攻撃を防ぎづらくなったのは確かだ。
レイスの言葉にラフィーが頷き、今度こそ仕留めるべく駆け出す。
ゴーレムはラフィーの攻撃を両腕を使って防ぐが、やはり剣とは違って浅くはあるものの傷が増えていく。
そして、遂には下方からの斬り上げによって両腕を上に弾かれた。
魔石を守っていた両腕を宙に彷徨わせる形となり、胸部が完全な無防備となる。
「これでっ!」
ラフィーはそのままゴーレムの懐に力強く踏み込むと、剣の切っ先を勢いよく魔石に向かって突き出した。
吸い寄せられるように加速する切っ先が、魔石に触れた瞬間。
ガキンと何かに弾かれるような音と共に、ラフィーの腕に硬い感触が伝わる。
想定外の衝撃に指先が痺れ、危うく剣を落としてしまいそうだった。
驚愕に目を見開く。
――貫けなかった。
もしかしたらと、どこか頭の隅では考えていた。
だが、まさか弱点に攻撃が通用しないなどとは誰も思うまい。
絶好のチャンスを逃してしまったことを悔しく思いながらも、ラフィーは一度体勢を立て直すためにも下がる。
「本格的にどうすればいいか分からないな」
腕に伝わった硬い感触を思い返し、苦笑いを浮かべるラフィー。
アレを貫けるかと問われると、自信は持てなかった。
「……こうなると、俺が直接魔石に触れるかでもしないと無理かもな」
レイスならば、核である魔石にさえ触れられれば錬金術によってゴーレムの全機能を停止させることも可能だ。
というか、残っている手段がもうそれくらいしかないだろう。
今のゴーレムならば、ラフィーと共に近づいてもう一度魔石に触れることも不可能ではないはずだ。
「もう一回魔法をぶっ放せばなんとかなりそうな気もするけどねー」
「……そうしよう、いい加減疲れた……」
物騒なルリメスの発言にローティアが真っ先に肯定する。
確かに思っていたよりも長引いているので、いい加減に終わらせたいのはレイスも賛成だ。
その方法については、もう少し協議を重ねたいところではあるが。
「あれをもう一回とか、ここら辺がすべて消し飛ぶんじゃないか? 本当に直せるレベルに留まるのか?」
「まあなんとかなるんじゃない。……多分だけど」
「おい」
修復不可能なレベルまで吹っ飛んだ場合、苦労するのはルリメスだ。これまでは大して何もせずに過ごしてきたが、働いてお金を返す羽目になるだろう。
レイスは自分の師匠がそんなことをしている光景が欠片も想像できなかった。
酒を飲んで酔いつぶれているイメージしかない。
「ラフィー、頼めるか」
「分かった。まあ、魔法で消し飛ばすよりは私が頑張る方がいい」
「何もできない立場としては心苦しいところではあるんだが……任せた」
ラフィーがレイスの一歩前に出て走り出す。
今日、もう何度見たかも分からない光景だ。
「いい加減、お前も止まれよ……!」
お蔵入りになったときは確かに悲しかったが、ここまで動いたらもう十分だ。早急に機能を停止させて二度と動き出さないようにする。自分が作ったものに恨み辛みは持ちたくないが、こればっかりは仕方あるまい。
レイスの目の前で、ラフィーとゴーレムの交戦が始まる。
ゴーレムの魔力も限界を迎えているのか、明らかにラフィーの動きについていけていなかった。
精彩を失った動作では、もはや魔石を守ることさえできない。
「今、だッ!」
ラフィーの合図が飛び、がら空きになったゴーレムの懐に迷わず飛び込む。
魔石を阻むものは何もなく、剥き出しの結晶に手を触れさせた。
ほんのりと温かい感覚を覚えながらも、魔石の機能を停止させるべく働きかける。抵抗はあるが、さすがに直接手を触れさせているのでレイスの方が有利だ。
しかし、諦めが悪いこのゴーレム、最後の最後まで抵抗を続ける。
「こいつ……!」
魔石が急激に熱を持ち、身体から段々と力が抜けていく。
レイスはすぐに自分の魔力が吸収されていることに気づいた。
意味を持たない無機質な音が、まるで咆哮のように鳴り響く。
「仮にも俺はお前の作り手だぞ、おい……! もうお前の負けだよ!」
レイスは魔力を吸収されつくす前に、力を振り絞る。
己を奮い立たせるように声を発すると同時に、手に触れる魔石が大きく震えた。
紫色に輝いていた魔石が黒く染まり、糸の切れた人形のようにゴーレムが地面に倒れ伏す。
「……さすがに……終わったよな?」
疑い深く見守るが、倒れたゴーレムが動き出す様子はない。
大きく息を吐いて、レイスもまた地面に座り込んだ。
疲れが溜まっているせいか、動く気力がもうない。
「ようやく終わったな……」
「あー疲れたー!」
「お疲れ様です……」
「……帰れる」
ようやく終わりを迎えたことで、四人からも安堵の表情が窺える。周辺の地面が酷い有様であることを除けば、まあ問題はないだろう。
レイスは立ち上がり、地面に倒れ伏したままのゴーレムを見下ろす。
正確には胸に埋め込まれた黒い魔石を、だ。
レイスの考えでは、暴走の原因は恐らくこの黒い魔石にある。
断言はできないが、魔力の吸収などという普通の魔石にはあり得ない力を持っていたことからも、その可能性は高いだろう。
「まあ、調べれば分かることか」
ひとまず今は地面の修復を急がねば。
「師匠、魔法を解除してくれ」
「はーい」
ルリメスの指の一振りで、周囲を取り囲んでいた土の壁がなくなる。
その瞬間、無数の視線がレイスたちに突き刺さった。
「あ」
ゴーレムに集中するあまり、警備の人間の存在がすっかり頭から抜け落ちていたレイス。
警備の人間の中から、まるで代表するように金髪の男が歩み出てくる。
「さて……どういうことか、説明してほしいんだが」
ウィルスがいつもの笑みを浮かべるのを見たレイスは、深くため息をついた。
どうやらもう少しだけ、気の休まらない時間が続くらしい。