114 『飛躍』
「あれはどうなってるんだ……!?」
ゴーレムを追うために咄嗟にレイスたちも走り出すが、ラフィーたちは先程見た光景にまだ理解が追いついていなかった。
レイスのゴーレムは、完璧な偽装をしていたのだ。警備の人間の服装から、人間の肌の色、表情まで完全に再現していた。声は発せないようだが、傍から見れば人間にしか見えない。
あの姿を見てゴーレムだと疑う人間はいないだろう。
魔力を感知できても見つからなかった原因は、おそらくそこにある。レイスたちはゴーレムを見つけられなかったのではない。見つけてはいたが、気づけなかったのだ。
視界の中を堂々と歩きながら欺いてみせたその性能は称賛すべきかもしれない。
ただ、問題なのはレイスがゴーレムにそんな性能をつけた覚えがないことだ。確かに変形をできるゴーレムは作ったが、それでも文字通り形を変えるだけだ。
そこに肌の色を変える力や、服装を再現する力など存在しない。
事実、工房で実験をしていたときはミスリルの色である銀色から変わっていなかったし、人型のときも目や鼻などの器官は存在していなかった。
何故か勝手にパワーアップしているのである。
「魔力を取り込んだせいか知らんが、勝手に機能を追加してるらしい……!」
「そんなこと可能なんですか!?」
「いや、普通は無理だよー!」
「このままだと、警備の人間にもバレるぞ!」
レイスたちから逃げるように走るゴーレムは、もう警備の人間に紛れることは考えていないのか、その足取りに迷いはない。このまま隠れることなく走り回っていれば、数分も経たずに見つかるだろう。
「ラフィー、追いつけるか!?」
「っ、やってみる!」
ラフィーは地面に軽く足をめり込ませ、一気に踏み込む。S級冒険者としての実力を存分に発揮させ、四足で駆けるゴーレムの隣に張りついた。そのまま躊躇うことなく腰の剣に手を伸ばし、慣れた動作で振るう。
レイスはその光景を見て、勝利を確信した。
――しかし。
「嘘だろ……」
空を斬る音が、虚しく響く。
ゴーレムはラフィーの剣に合わせて跳躍し、華麗に刀身をかわしてみせた。おそらく、実験のときと違ってラフィーに加減はなかったはずだ。だとすれば、レイスのゴーレムはS級冒険者の全力の攻撃にも対応できるということになる。
嘘のような光景に、自然と頬が引きつった。
「おいレイス、これは話が違うぞ……!」
表情を歪めたラフィーが続けざまに剣を振るうが、ゴーレムはどれもすれすれのところで避け続ける。このまま続けたところで、当たる未来が見えなかった。
「ラフィー、下がってくれ!」
レイスはすぐに手段を切り替える。
なるべく音を立てないように剣で動きを止めたかったが、仕方あるまい。
「魔法、頼んだ!」
ラフィーがゴーレムから離れたことを確認したレイスは、魔導師三人に望みを託す。剣が避けられるのなら、魔法の物量で仕留めるだけだ。
半ば祈るように魔法が練られていくのを見守る。十秒も経たずに準備を終えた三人は、タイミングを合わせ、前を走るゴーレム目掛けて魔法を放った。
風の刃や無数の水の針などが一気に無防備なゴーレムの背中に襲いかかる。しかし、魔法はゴーレムの身体に触れた途端、まるで何もなかったかのように消えた。ゴーレム自身は何も特別な動作はしていない。
「……何アイツ?」
自分で作っておきながら、レイスは愕然と呟く。まさか、直撃して傷一つつかないなんて考えもしない。
「ボクが聞きたいよ」
「あれ、止められるんですか……?」
「……無理。帰ろう。今すぐ」
まさかの現象に真顔になるしかない。
ここに来るまでは戦力的には十分、もしくは過剰だと考えていたが、今となってはそんなことは微塵たりとも思わない。
オーバースペックにも程があるゴーレムだ。
焦燥に表情を歪めるレイスが、角を曲がった瞬間。視界の隅に、見たくなかった人間たちの姿が映る。
警備の人間たちはこちらの存在に気づいた瞬間、迷いなく甲高い笛の音を鳴らした。学院中に響き渡った笛の音は、間違いなくレイスたちの状況を悪くするものだ。
「最悪だ……!」
レイスたちは瞬間的に、なるべく見られないように顔を伏せてゴーレムの追跡を続行。その後ろから、警備の人間たちが続々とついてくる。追いながら追われるという中々お目にかかれない状況だ。
「どうするんだ!?」
切羽詰まった表情のラフィーが訊く。
実際のところ、早く何か手を打たない限り人の数によって追い詰められるだろう。
レイスは身体能力向上のポーションを口に含みながら、必死に思考を巡らせる。ただ、焦りのせいか悲劇的結末しか思い浮かばなかった。
「破産は嫌だ破産は嫌だ破産は嫌だ」
「レイ君が壊れたロボットみたいになってる!」
「現実に戻ってきてください!」
ルリメスとシルヴィアの必死の呼びかけに、レイスは辛うじて意識を繋ぎとめる。その直後、レイスたちの目の前でまたもやゴーレムの形が溶けていく。
そのまま人の形へ変わったゴーレムの外見は、最初に遭遇したときと同じ警備の人間のものだ。おそらく、この混乱に乗じて警備の人間の中に紛れてしまうつもりだろう。
状況は完全に不利だ。
レイスは背後に迫る警備の人間たちを見て、決断する。
「くそっ、囲いこまれる前に今は一度隠れよう。ゴーレムならまた魔力感知で探せる! 魔法で霧でも起こしてくれ!」
「分かりました!」
レイスの指示に従い、シルヴィアが水魔法で即席の霧を発生させた。周囲が白一色で覆われ、何も見えなくなる。その隙にレイスたちは校舎の中へ逃げ込み、階段の陰に隠れた。
「はぁ……」
壁に身体を預けて大きく息を吐き、荒れた呼吸を整える。夜の冷たい空気が容赦なく肺に突き刺さる感覚。レイスは胸を押さえて、苦々しい表情で天井を見上げた。
外からは一定の間隔で短く笛が鳴り響き、うるさいくらい人が走る音が聞こえてくる。窓の外にチラリと目をやれば、霧に惑わされた警備の人間があっちじゃないそっちじゃないと忙しなく会話を交わしていた。
一先ずは時間を稼ぐことに成功したと見ていいだろう。
「逃げられたはいいが……あのゴーレム、どうするんだ?」
誰もが抱いていた疑問をラフィーが投げかける。S級冒険者の身体能力と剣技を以てしても掠りすらせず、熟練の魔導師三人の魔法は傷一つつかない。
おまけに人間に擬態する力まで持っている。
訓練用のゴーレムとして作ったはずが、もはや実戦に投入してもまったく問題ないレベルになってしまった。
何かしら策を講じなければ、あのゴーレムを止めることは難しいだろう。
「とりあえず、ゴーレムの居場所だけ常に把握しておこう。このまま逃げられても困るしな」
「ボクがやっておくよ」
「助かる。……さて、どうするか」
あのゴーレムを正攻法で倒すのはほぼ不可能と考えていい。もっと規模の大きい魔法を放てば倒せるのかもしれないが、それでは学院側にも被害が出てしまう。
人数をかけて抑え込むというのが現実的な手段かもしれない。それをするには、学院側に協力を呼びかけなければならないだろうが。
まあ嫌がってはいるものの、レイスはそれもありだと考えている。今回のゴーレムの暴走は故意ではないし、詳しく調べれば何か原因が分かるかもしれない。
それでもレイスの責任になるのなら、そのときはそのときだ。ウィルスの様子を見るに、もう少しくらいなら教師を続けることができるだろう。それで弁償すればいい。
問題があるとすれば――
「一回逃げちゃったからなぁ……」
恐らくは不審人物の侵入と警備の人間は考えているだろう。顔までは見られていないかもしれないが、人数くらいは把握されているかもしれない。
まあそれでも事情を説明すれば協力してくれるかもしれないが、そうしているうちにゴーレムに逃げられる可能性が高い。あの機動性だ。油断したら一瞬だろう。
「ん……?」
あれこれとレイスが考えていると、魔力を探っていたルリメスが突然首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「魔力が急に消えた」
「消えた? 見失ったとかじゃなくて?」
「うん。スイッチでも切り替えるみたいに、急に」
魔力が消えることは普通は有り得ない。
人間なら生きている限り体内を魔力が循環しているし、ゴーレムでも魔石の魔力を消費し続ける。
それが消えるということは――
「魔力切れ、か……?」
「かもしれないねー」
だとするなら、話は簡単だ。
魔力が消えたところまで出向いて、動かなくなったゴーレムを回収すればいい。
「……行くしかないか」
「えぇ……」
レイスの言葉に、ローティア以外の三人が頷いた。