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108 『ばったり』

 これでここに来るのは二度目だろうか。

 出来れば来たくはなかったが、呼び出されて来ないわけにもいかない。立ち去りたい気持ちを抑え、レイスは顔を上げて目の前で椅子に腰掛けている人物を視界に捉える。


 ウィルスは、待っていたと言わんばかりにもはや見慣れてしまった笑みを浮かべた。


「なんでしょうか」


 リーシャからの話を聞いて、以前よりもずっと居心地の悪さを感じる。どうせ内心がバレているのなら気を張って隠そうともしたくないが、最低限の礼儀というものがある。雇われの身というのも辛いものだ。


 変なところで世知辛さを感じながらも、思考はこの場に呼び出された理由を探す。特に何かした覚えはなく、実習も順調に進んでいるはずだ。仕事ぶりに問題があるとは思えなかった。


 心当たりがない分、不安を感じる。


「何故呼び出されたのか分からないという顔をしているね」

「……まあ、そうですね」

「そんなに身構えなくてもいいよ。少し頼み事をしたいだけだ」

「頼み事ですか」


 あまりいい予感はしない。

 つい最近、面倒なことは起こってほしくないと願ったばかりだ。


「君に、学院の設備の整備をしてほしい」

「整備……といいますと?」

「そのままの意味さ。例えば、最近錬金術の実習で荒れてしまったグラウンドの整備とか」


 レイスは魔法が飛び交う光景を思い返し、確かにグラウンドの一部が抉れていたことを思い出す。レイスの錬金術を以てすれば、あの程度のものなら修復することは可能だろう。


 可能だが、それは元々レイスに任された仕事ではない。あくまでも錬金術の授業のサポートがレイスの業務だ。それ以外の仕事を割り振られるのは、あまり良い気分はしない。前回、この場に来た際に事前通告があったのならともかく、後出しのように言われても困るだけだ。


 自然と渋い表情になってしまう。


 やれと言われればやるが、それで他の仕事も割り振られ始めたら嫌だというのが本音だ。断ってしまおうかという考えが頭をよぎると同時。


「ああ、報酬はそれなりに出すから安心してくれていい」

「やります」


 即答だった。


 うだうだと頭の中を巡っていた考えは一瞬にして消え去り、脳内には別途報酬の四文字が踊る。先程まで感じていた不安が嘘のようだ。今のレイスならウィルスに満面の笑みを向けることも容易だろう。


 なんと言われようと、お金の力はすごいのだ。


「ははは、随分と意志決定が早いね」

「これも生徒に気持ち良く学院で学んで欲しいが故ですよ」


 全くの嘘ではないが、八割は口からでまかせを言っているだけである。レイスは別に本職の教師ではないので、そこまで徹底して生徒のことを考えているわけではない。もちろん仕事である以上、全力を尽くす所存ではあるが。


 結論。


 お金の力はすごいのだ!




 ***




「よし」


 実習が終わり、程よい疲労感に包まれた身体を動かす。今日からウィルスに頼まれていた学院の設備の整備を始めるのだ。さしあたって、レイスは例に挙げられていたグラウンドまで足を運んでいた。


 実習を繰り返す度にグラウンドは荒れ、今では全体的に凹凸が目立っている。一つを修復するのに時間はかからないが、グラウンド全体となると結構な時間を食うだろう。


「これは今日だけじゃ終わりそうにないなぁ」


 とはいえ、今日中にすべて終わらせろなんて無茶なことは言われていないので、程々のペースで進めていけば問題ないはずだ。


 青空の下、たった一人で黙々と作業を進める。

 時折雲の合間から覗く太陽が肌を焼くが、夏の暑さはすでに終わりを迎えていた。


 程よい気候は、レイスに清々しい気分を与えてくれる。


 穴を塞いでは平らにし、塞いでは平らにし――という同じ作業を淡々と繰り返す。元々、錬金術でポーションを作るのも同じ作業の繰り返しなので、こういった雑務はそこまで嫌いではなかった。


 たまにはこういうゆったりとした時間も悪くないのではという気さえしてくる。


「ふぅ……」


 一つ息を吐き、疲労が溜まった身体を労る。今頃校内では生徒たちが授業を受けていると考えると、なんだか不思議と得をしたような気分になってくる。


 さて続きをしようかと、足を前に出そうとして、ふと気づく。


「……結局、次の実習でまた抉れないか」


 特に何も考えずに修復していたが、よくよく考えてみれば次の実習でまたこの場所を使うのだ。修復しておいて損はないが、何度も繰り返すのは手間だろう。グラウンドに関しては、テストが行われる直前から始めるのが効率的に考えて良さそうだ。


 空を見上げると、まだ日が照って青い。日没までにはまだ時間があるだろう。


「別のところに行くか」


 ウィルスから渡された学院の見取り図を見る。そこには学院の設備に関する情報が載せられており、整備が必要な場所も記されていた。


 見取り図を見るだけでこの学院がどれだけ広いのか分かる。すべてを回るのは難しいだろう。とりあえずは、グラウンドから近い場所に行くことに決める。


「えーと……」


 あまり決められた場所以外に足を運ばないため、見取り図と周囲を交互に見ながら進む。


「ここか」


 レイスは実験室と書かれた教室の前にたどり着く。恐る恐る扉を開くと、鼻につく独特の薬品臭が漂ってくる。黒いカーテンで閉じられた室内は光が乏しく、レイスは手探りで明かりを探す。


 慎重に進んでいると、目の前に何かあることに気づいた。


「おおっ、結構すごいな」


 ガラス張りされた棚の中に大量の薬品が収められている。その他にも魔道具らしきものがいくつも並べられていた。どれも価値あるものだろう。


 下手に壊しでもしたら後が怖い。


 レイスは早く明かりを探そうと振り返ろうとしたところで、ふと背後に気配を感じた。


 その直後、肩に何かが接触し――


「……誰ですか?」


 ヌッと暗闇から出てきた人の顔に、レイスは喉の奥から這い出そうになる悲鳴を必死に堪えた。嫌な汗がブワッと湧き出し、一瞬の間呼吸も忘れて目を見開く。


 しかし、目の前に出てきた人の顔に見覚えがあることに気づいた。


「……ニコラさん?」


 長い金色の髪と青色の目が特徴的な少女だ。あまり顔を合わせてはいないが、それでも記憶から消えたわけではない。キャラの濃さはレイスの知り合いの中でも上位に位置するだろう。


 彼女はレイスを見てキョトンとした表情をする。


「あれ、レイスさん? どうしてこんなところに?」

「それを訊きたいのはこっちもなんですけど……」


 建築及び魔道具作製の技術者であるニコラがなぜ学院にいるのか。


「俺はちょっと事情があって一時的にここで雇われてます」

「へー、そうだったんですね! 私も依頼でここに来てるんですよ」

「依頼?」

「はい。魔道具の点検、及び修復ですねー」


 つまるところ、レイスと似たようなことを依頼されているわけだ。ウィルスがレイスとニコラが知り合いであることを知っているわけがないので、まったくの偶然だろう。


「もしかしてシルヴィアちゃんと一緒だったりします……?」

「そんなに期待を込めた目で見ているところ悪いんですが、シルヴィアは一緒じゃないですよ」

「なーんだ」


 相変わらずのニコラの様子にレイスは苦笑。


「ここの点検はもう終わったんですか?」

「いえ、今からやるところでしたよ」

「そうだったんですか。俺も頼まれてるので手伝いますよ」

「それじゃあ、お願いします」


 とりあえず光源がないと始まらないので、二人で協力して明かりをつけることに成功する。そして、二手に別れて棚の両端から魔道具に不備がないか調べ始めた。


「レイスさんはどうして学院へ? お店の方はどうしたんですか?」

「まあ、色々ありまして……今は店番は任せて、友人の紹介で学院で働いてますね」

「はあ」


 ニコラはイマイチ納得がいっていない様子だが、賠償金を支払ってお金が足りないからなどと正直に話すわけにもいかない。というか、レイスの心情的にも知り合いにそんな話をしたくない。


「ニコラさんは最近どうなんですか?」

「まあ、この学院での依頼が割の良いお仕事ですからねー。順調といえば順調かもしれません」

「まあ、確かに」


 同じ仕事を引き受けている身としては、共感はできる。教師の仕事とは別に報酬が支払われるというのに、その額も中々のものだったのだ。それを確認したときのレイスの目は、これでもかというほど光り輝いたものだ。


「デイジーも最近順調みたいですよ」

「あー、この前行ったときに珍しく自慢してきましたよ。あのときのデイジーちゃんの可愛さといったら……はぁはぁ」

「あ、はい」


 レイスは息を荒らげ始めるニコラの方をなるべく見ないようにしながら点検を進める。


 デイジーも変わらず苦労しているようだ。是非とも頑張って欲しい。

 疲れた表情のデイジーを想像し、レイスは密かにエールを送った。

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