107 『魔法授業?』
「なんだこれ……」
レイスは目の前に広がる光景に、軽く顔をひきつらせながら呟く。つい数十分前まではいつも通りの光景だった。いつも通りにゴーレムを作り始め、飛んでくる質問に答えながらも実習を進めていた。
しかし、今レイスの目の前に広がっているのはゴーレムを作る光景ではなく、色とりどりの魔法が飛び交う派手な光景だ。そこかしこで生徒たちが自ら作り上げたゴーレムを消し飛ばすことが繰り返されている。
錬金術の授業のはずが、いつの間にか魔法の授業に変わっている気がしてならなかった。レイスとしてはできることなら今すぐ立ち去りたい気持ちでいっぱいだ。純粋に怖い。間違って魔法が流れてきたら死んでしまう自信があった。
まあ、レイスもゴーレムを作製した際にシルヴィアとルリメスに魔法で攻撃するように頼んだが、こうも一斉にその光景を見るとなると中々肝が冷えるものがある。グラウンドには十分な広さがあるとはいえ、レイスには魔法を防ぐ術がないのだ。事故が怖くなるのは必然だった。
サボるわけにもいかないので隅の方で魔法が流れる光景を見守る。すると、生徒の一部が魔法の威力の調整を間違えたのか、ゴーレムが立っていたグラウンドの一部が抉れた。
もちろん、そこに立っていたゴーレムは跡形もなく消し飛んでいる。冷や汗が流れ、心臓が無意識に加速した。ヘルガーは慣れたように近くで見て、改善点などを指摘しているが、レイスにはとてもじゃないが真似できそうにもない。
生徒に無邪気な顔をしながら吹き飛ばされてはたまらないのだ。
「しかし、意外と壊れるもんだな……」
魔法が放たれ、その度には壊れるゴーレム。ほとんどが一撃、耐えても二回目の魔法で壊れてしまっている。当然の話ではあるが、訓練に使うのならそんな強度では話にならない。
「まあ、テストのときは金属を使うらしいけど……何使うんだろ」
近いうちにゴーレム作製のテストが行われ、その完成度でこの授業の評価がほとんど決定する。今は土を使ったゴーレムを作っているが、テストのときは金属が使用される。レイスは工房でミスリルを使って作ったが、さすがに生徒全員分のミスリルを揃えるとなると中々厳しそうだ。
そんなことをぼーっと考えていると。
「やあ」
「…………」
突然、この場にいないはずの人物が隣に現れ、レイスは不思議な表情で目を擦る。再び目を開くと、その人物は消えずにこちらを見ていた。
「あれ、どうしたんだい?」
金髪の男は楽しげにレイスに訊く。
レイスはどうやら目の前の光景は現実らしいと認め、歪みそうになる表情をすんでのところで堪える。不意打ち気味の登場だったので、危うく素の反応を見せてしまうところだった。本音を言えば、今すぐ生徒たちのところへ行きたい。
先程まで離れたいと思っていたのに、都合の良い男である。
「……こんなところで何してるんですか?」
レイスはなるべく感情を持たせずにこの学院の理事長であるウィルスを見る。
「おやおや、私はこの学院の理事長だよ。いてもおかしくないだろう?」
「確かにそうですけど……」
ウィルスの言うことは正しくはあるのだが、レイスの言いたいことはそういうことではない。そして、それが分からないウィルスではないだろう。わざとレイスが困る言葉を返しているのだ。
どう言葉を返すか迷っているレイスを見て、ウィルスはニコリと人の良さそうな笑みを浮かべてみせる。レイスにしてみれば胡散臭いにも程があるが。
「なに、新任である君の様子を見に来たんだ。調子はどうだい?」
「ぼちぼち、ですかね」
「ほう。君なら大活躍だと思っていたんだが」
ウィルスのその反応に嘘はない。レイスの実力を知るからこそ、学院に雇い入れることに抵抗もなかったのだ。無論、その実力で活躍することは間違いないと疑ってすらいなかった。
とはいえ、本人の口から自分は大活躍していますと言うはずもない。ましてやレイスは自分を雇っている相手に対してそんなことを言う性格でもないのだ。
「色々とやりにくいこともありまして。まあ、お給料の分は精一杯働かせて頂きます」
「そうしてくれると助かるよ」
レイスの無難な対応に苦笑しながらも、ウィルスは一言そう返した。
ウィルスはそこで一度レイスから視線を切ると、作製したゴーレムに魔法を放つ生徒たちを見る。そして、もう一度レイスを見た。あまりにまじまじと見られるものだから、レイスも怪訝な表情が出てしまう。
「なんですか?」
「いや、なんでもないよ」
なんでもないとは口では言っているものの、その表情は何か良いことを思いついたというものに他ならなかった。嫌な予感を覚えながらも、この場でそれを教えてもらえるはずもない。
そこで、生徒の一人がレイスを呼ぶ。この場を抜け出すにはちょうどいい口実だ。
「呼ばれているので、失礼します」
「ああ、邪魔したね」
レイスは一礼して、逃げるように呼ばれた方へ駆け寄った。そこに居たのは、完成したゴーレムを前にするリーシャだ。あのお手本以来、一切リーシャに呼ばれていなかったので、随分と珍しい。
「どうしたんだ?」
「ウィルスさんと話しているとき、とても嫌そうにしていましたから」
「え?」
予想だにしない言葉に面食らう。
思わず先程のウィルスとの会話を振り返るが、そんなに嫌そうな顔をした覚えはなかった。もしかして無意識にやってしまっていたのだろうかと、不安になる。
「……俺、そんな態度してた?」
「いえ、表向きは全然普通でしたけど、嫌そうなのは分かりやすいくらい伝わってきます」
「何それ怖い。貴族はデフォルトで心が読めるのか?」
まさかの標準機能に震えるレイス。
心を見透かされる感覚はあったものの、まさかそんな簡単に分かるはずがないという常識的判断を下していたのだが。
「四大貴族ともなると、色々な場に出ますから。嫌でもそういったスキルは身につきますよ」
「セスにはないぞ、そんなの……」
「兄さんにも多少はありますよ。……多分」
少々頼りない兄を思い浮かべ、曖昧な返事になる。レイスもセスがそういった器用なことができるタイプに思えなかった。
「てことはあれか、あの人にもバレてるってことか?」
「まあ、ウィルスさんであれば気づいていないはずがないと思いますけど……」
「それが分かった上で俺に話しかけてきてるとか性格悪すぎない? どうせバレてるなら今度から隠さずに嫌そうにしていいかな」
「結構図太いですね」
四大貴族相手にここまで言えるのはレイスくらいのものだろう。リーシャは真剣に悩んでいるレイスを呆れたように見る。
「というか、ウィルスさんと知り合いって本当だったんですね」
「別に俺が望んで知り合ったわけじゃないけどな。たまたまだよ」
「そんな偶然で知り合える相手でもないと思うんですけど……」
「まあ、そうかもな」
もっともな言葉にレイスは軽く頷く。そして、ふと思い出したように手を叩いた。
「そうだ、あのときはありがとな」
「あのとき? ……ああ、手本を見せてもらえるように頼んだときですか?」
「あれのおかげで状況が変わったからな」
あのときは突然の事でまったく意識していなかったが、家に帰ってからようやくリーシャに助け舟を出されていたことに気づいた。
「いえ、私にとっても必要なことでしたし、お互い様ですよ」
「そうか」
あれ以降、流れる噂のほとんどは否定され、耳にしなくなった。レイスが望んだ通りになったといえる。おかげで教師らしい生活を送れているわけだ。
「あとは特に何かしなければ、平穏に過ごせると思いますよ」
「だといいな」
苦笑しながら答えるレイス。
これまで色々なことに巻き込まれたので、どうしても何か起こらないか疑い深くなってしまう。
「?」
首を傾げるリーシャを見て、レイスもまた何も起こらないことを願った。