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106 『改善の策』

 ラフィーやシルヴィアに慰められまくった翌日。レイスは心を強く持ちながら、再び実習の時間を迎えていた。相も変わらず頼られる様子はなく、昨日から手持ち無沙汰の状態を継続中だ。


 かといってサボるわけにもいかず、延々と生徒たちの様子をぐるぐる見回る時間になっている。苦痛とまではいかないが、時間を無駄にしている感覚があるのは確かだった。


 そうしてレイスが半ば機械的に両足を動かしていると、リーシャがこちらに向かって控え目に手招きをしているのが見える。


 昨日、もう一度来てくださいと言われていたことを思い出し、レイスはリーシャの元へ。彼女は周囲の生徒たちが必死にゴーレムを作る中、まだ何も手につけてないらしく、魔石を握りしめたまま笑みを浮かべている。


「どうした? サボりは良くないぞ。セスも悲しむ」

「一体どう考えたら私がサボっているという発想になるんですか……」


 リーシャの実力ならば、問題なくゴーレムは作れるはず。そう思っての問いかけだった。その言葉にリーシャは浮かべていた笑みを消し、レイスへジト目を向ける。


「じゃあどうしたんだ?」


 リーシャは問いには答えず、悪戯を思いついた子どものような笑みを向ける。


「レイスさん、手っ取り早く実力を見せつけちゃいましょう」

「え?」

「魔石は持っていますよね?」

「あぁ、持ってるけど……」


 レイスがそう言うや否や、リーシャは突然「レイス先生、お手本を見せてください!」と大声で言う。もちろん、前日にリーシャが一人でゴーレムを作っていたことを知っているレイスは困惑する。


 しかし、リーシャが目線で「早くしろ」と威圧してくるものだから、仕方なく実習前にヘルガーから渡されていた魔石を取り出す。今までは使う機会がなかったものだ。


 お手本を見せろ、ということは特に説明はしなくていいのだろうか。疑問に思いながらも、慣れつつあるゴーレム作製の手順を踏んでいく。


 しんと静まり返った空間の中、図らずとも生徒たちの視線が集まる。好奇心がそうさせるのか、この時ばかりは皆ゴーレムを作る手を止めていた。


 色々な噂が流れている教師の実力は如何程かと。


 そして――


「……は?」


 誰の口から漏れた声だったかは、誰も分からなかっただろう。ただ、ほとんどの生徒は自分も似たような声を出していたであろうことだけは理解していた。


 侮っていた者もいただろう。

 見下していた者もいただろう。

 嘲笑していた者もいただろう。


 ただ、誰が想像できただろうか。


 自分とそう歳も変わらない、おまけに威厳もないような臨時教師が、及びもつかないような領域にいると。


 レイスが事も無げに作り上げたのは、昨日リーシャが作っていたゴーレムと同じ猫型のゴーレム。ただ、その動きはまるで本当に生きているかのようで、軽快に土の上を跳ねていた。


 生徒たちの視線を一身に受けるゴーレムは、器用にレイスの服をよじ登ると頭にしがみつくようにして静止する。


 レイスはそれを確認して、リーシャを見た。


「こんなもんでいいのか?」


 特に誇る様子もないレイスを見て、リーシャは今自分がどんな表情をしているのか分からなかった。


 兄から話は聞いていた。噂の幾つかも知っている。


 規格外、天才、自重知らず。


 陳腐に思える言葉を何度も――そう、何度も聞いた。


 ただ、それでも。実際に目にしたその業は、確かに規格外と言わざるを得なかった。彼を形容する言葉が、そんなものしかない。


 土でできた猫型のゴーレムが走り回るなんて、派手さの欠片もない光景だ。何も知らない者が見たなら、特に思うことはないだろう。


 だが、ここは魔法学院。


 厳しい試験を通過し、今まで知識と経験を積み重ねてきた才人が集う場所である。目の前でレイスがしてみせたことがどれだけおかしなことか、しっかりと理解していた。


 だからこそ、開いた口が塞がらない。


「もうこんなの人形じゃなくて、生命の創造に近い……」


 リーシャが半ば無意識のうちに呟いた言葉は、生徒たちの思いを代弁していただろう。大前提として、そもそもゴーレムは動き回らない。もっと正確に言うのなら、動き回れない。耐久性に優れているだけならともかく、動き回るに足る緻密な身体をまず誰も作れないのだ。


 身体に少しでも不備があれば、激しい運動によって必ず崩壊の道を辿る。ただ、レイスが作ったゴーレムにその様子は一切ない。まだ時間をかけてじっくり身体を作り上げたのならともかく、その場で一瞬で作ったゴーレムだ。


 それがどれだけおかしなことか。


「おーい、これでいいのか?」

「え、あ、はい」


 レイスは反応のないリーシャの顔の前で手を振り、確認を取る。固い声で返事をするリーシャを不審に思いながらも集中を解くと、疲れを取るように伸びをした。そして、そこで初めて自分が注目を集めていることに気づく。


「え、何……?」


 今まで話しかけても軽く受け流されていた生徒たちに一斉に見られている状況に、レイスは肩を縮ませて戸惑う。思わずリーシャを見ると、彼女は苦笑を浮かべていた。


「周囲の反応は想定通りなんですけど……ちょっと私がレイスさんのことを甘く見てたかもしれません。今、ようやく兄さんの気持ちが分かった気がします……」

「何、どういうこと……?」


 リーシャが兄への共感を得る中、レイスは困惑を隠せずにいるのだった。




 ***




「あの、形状変化が思うようにいかないんですけど……」

「ああ、なら一度、作りたいゴーレムの形を地面にでもいいから描いて、それを見ながらやってみるといいよ。多分、何も見ずにやるよりはずっと楽になるから。それでも難しいようなら、また呼んで」

「ありがとうございます!」


 レイスからの助言を受けた少年は元気良く礼を述べると、早速言われたことを実行に移す。その間にももう一人、少女がレイスの名を呼んでいた。


「形自体はできるんですけど、すぐ崩れちゃって……」

「形を作れるなら、作り上げるときに『圧縮』が甘いのかもしれない。もう少し強く意識するだけで変わると思う」

「分かりました、やってみます!」


 少女への助言が終わると同時に、また別の生徒からお呼びがかかる。前日とは大違いの忙しさに、レイスは困惑する暇もなく働いていた。リーシャに言われてゴーレムを作ってから、生徒からの質問が留まることを知らない。


 レイスとしては暇を持て余すよりはよっぽどいいので、次々と投げかけられる質問に快く答えていた。学院に来てようやく教師らしさというものを発揮できている。その事実に喜びを感じ、休むことなく動き続ける。


 そうやって駆け回っていると、すぐに実習の終わりの時間が訪れた。昨日は終わりまでの時間が長く感じたというのに、今はあっという間だ。


「次の実習では本格的に訓練用のゴーレムの作製に入るから、そのつもりでの」


 ヘルガーからそう告げられると、生徒たちはぱっとレイスを見る。視線に込められた意味は明瞭で、ヘルガーはため息をつきながらもレイスへ魔石を手渡した。


「おそらく、お前さんに手本を見せて欲しいんじゃろう。だからといって劇的に何か変わるということはないんじゃが……まあ、気持ちは分からんでもない」

「なるほど」


 大してよく分かっていないが、レイスはとりあえず頷き、魔石を受け取る。ゴーレムの作製を見たいというのなら、お安い御用だ。


 訓練用のゴーレムの手順としては、以前ラフィーたちに協力してもらったときを参考にすればいいだろう。まあ、今回はさすがに変形するゴーレムを作ったりはしないが。


 レイスは以前と同じく、剣を持った人型のゴーレムを作り出す。もちろん、材料はミスリルではないので耐久性に関しては大きく劣るが。


「よし、それじゃあ、誰か魔法で攻撃してみるんじゃ」


 ヘルガーのその言葉に、次に視線を集めたのはリーシャ。彼女はこの学年でもトップクラスの魔導師だ。レイスはリーシャに吹き飛ばされたときのことを思い出し、身震いする。


 リーシャは視線の意味を理解し、一歩前に出てゴーレムに右手を向けた。魔力を練り、魔法を行使する。


「【ウィンド】」


 鋭い風の刃が発生し、ゴーレムに向かって素早く飛んでいく。レイスのゴーレムならば回避することも可能だが、今は動くことはしなかった。そのまま無防備なゴーレムに風の刃は直撃。


 しかし――


「無傷……?」


 呆然と呟いたのは、魔法を放った本人であるリーシャだ。


 いくらレイスが規格外であろうと、土を材料にしたゴーレムに魔法が直撃して、傷一つも入らないなんて想像もつかない。それは見ていた生徒も同様であったのか、一様に驚愕の表情を浮かべている。


 魔法を放ったのがリーシャ以外だったのならまだ驚かずに済んだかもしれない。何せ、彼女は同年代の中でも抜きんでて優秀なのだ。それは彼女の同級生たちが一番よく理解しており、だからこそ彼女の魔法が通用しなかったことの驚きは大きい。


 本人も少しは自信があったのか、じっとレイスの顔を凝視している。


「どうなってるんですか、あのゴーレム……」

「いや、見ていた通り普通に作ったゴーレムだけど」

「普通のゴーレムって知ってますか? そもそも普通って言葉の意味分かりますか? 少なくとも私は土でできた『普通の』ゴーレムが魔法を受けて無傷だなんて思いません」

「なんでちょっと怒ってるんだ……?」


 普通のという部分を強調して言うあたり、たっぷりと皮肉がこもっていることは間違いない。レイスは真顔で詰め寄ってくるリーシャに軽く恐怖を感じ、一歩身を引いた。


 レイスたちの会話を尻目に、最後に生徒たちはヘルガーを見た。


 すなわち、自分たちにもこんなものを作らせるのか、と。


 ヘルガーは渋い顔をして首を横に振る。


「心配せんでも、こんなレベルのものを要求したりせんわい」


 その一言に、生徒たちはブンブンと音が聞こえてきそうなくらい勢いよく首を縦に振るのだった。

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