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105 『開き直り』

コミック1巻発売中です!

「よし!」


 待ちに待った時が訪れ、レイスは気合いを入れる。今日から実習が始まるのだ。ようやくレイスの出番がやってきたというわけである。


 ここで失われた教師としての威厳を取り戻すのだ。


 ちなみに、今日という日が訪れるまでに何故かレイスとリーシャに関する噂は増え続けていた。その度にリーシャが否定するのだが、一度広まった噂は留まることを知らない。


 結果、根も葉もない話ばかりが学院に蔓延していた。


 やれ、レイスがリンフォールド家に賄賂を渡してコネを作り、学院の教師に就任しただとか。


 やれ、レイスとリーシャは付き合っているだとか。


 やれ、レイスは実力不足のただの無能だとか。


 まあ、一つ目や二つ目はともかくとして、レイスに実力があるのかという疑問が生徒たちにあるのは確かだろう。


 人が多い分、噂話というものが消えにくい環境なのは分かるが、レイスとリーシャにしてみれば勘弁願いたいものである。二人の間に大した関わりなどないし、セスという人物によって辛うじて繋ぎ止められているだけだ。


 それがなければ、どちらとも関わろうとはしなかっただろう。


 とはいえ、もう噂話はレイスたちの力でどうこうするのは不可能なレベルまで来ている。故に、レイスは錬金術の実力を以て、噂話を含めた評価を引っくり返してやろうという魂胆だ。


「やけに気合が入っとるな」

「はい、やっと役に立てると思うと!」


 レイスはやる気に燃えながらも、実習の準備の手伝いを進める。倉庫から生徒の人数分の魔石を運び出しているのだ。老体のヘルガーにとっては、身体を動かす作業を負担してもらえるだけで大助かりである。


 そうこうしているうちに授業の時間を迎え、生徒たちがグラウンドへやってくる。さすがに校内を汚すわけにはいかない。


「今日から実習に入る。手順はこれまで教えた通りじゃ。何か分からないことがあれば儂かレイス先生を呼ぶように」


 生徒からの返事と共に、実習が開始される。

 五十人を超える生徒が一斉にゴーレムを作り始めるのは、圧巻の光景だ。


「よし!」


 改めて気合を入れ、レイスはヘルガーと被らないように生徒たちを見回り始める。誰か困った人がいないか、血眼になって探す。


 ただ、さすがは魔法学院の生徒といったところか、始まってすぐ手詰まりになるような人物はいなかった。それぞれしっかりと授業に取り組んでいた成果を発揮し、慣れない手つきながらも作業を進めていく。


「生徒が優秀っていうのも案外厄介だな……」


 本当に教師なのかと疑問を呈したくなるようなことを言いながら、レイスはぐぬぬと唸る。思わずヘルガーの方に目を向ければ、ちょうど生徒の一人から質問を受けているところだった。


「このままだと俺の評価が……!」


 慌てて生徒たちを見渡していると、少し挙動がおかしい少女が一人いた。どうやら魔石に集めた土をうまく変形できないのか、しきりに首を傾げている。質問を待たずに、ここぞとばかりにレイスは少女へ近づく。


「何か困ったことが?」


 レイスは偶然を装って声をかける。少女はレイスを見ると苦笑いして、気まずそうに視線を逸らした。


「いえ、大丈夫です」


 ハッキリとした口調で少女がそう言い切るので、レイスは困惑した。困っているように見えたのは勘違いだったのだろうか。本人がそう言っている以上食い下がるわけにもいかず、レイスは大人しく再び生徒たちの見回りを始めた。


 そして、何人か困っているように見える生徒に声をかけるが、全員が最初の少女と同じように「大丈夫だ」と口を揃えて言う。


 こうも同じ言葉を繰り返されれば、レイスでも察しがつく。


 もしかして、避けられてる……?


 よくよく考えてみれば、評価がまだ存在しないのならともかく、マイナスから始まっている教師に誰が教わりたいと思うのだろうか。


 まあほとんどが嘘の噂とはいえ、レイスのことをよく知らない生徒が噂の真偽を区別できるはずもない。


 これはいわゆる『詰み』なのではと、レイスは遠い目をした。実力を見せる以前の問題だ。まず最低限の信用を得るところから始めなければならない。


「はぁ……」


 思わずレイスが絶望していると、隣からもため息が。吸い寄せられるようにそちらを見ると、物憂げな表情のリーシャの姿があった。


「どうしたんだ?」


 他の生徒から頼られることもないため、レイスはリーシャに声をかける。といっても、彼女の手元にはすでに完成された猫型のゴーレムがあった。実習に関して何か分からないことがあるというわけではないだろう。


「ああ、レイスさん……まあ、少しばかり噂が面倒に思えてきまして。あからさまに嘘と分かるものはともかくとして、微妙なラインのものもありますからね……」

「それは……なんかごめん」

「いえ、別にレイスさんが悪いというわけではないので、お気になさらずに」


 どうやらリーシャもレイスと同様の悩みを抱えているらしい。


「まあ、確かに面倒というか厄介だよなぁ」


 腕を組んでうんうんと頷き、共感を示すレイス。


「というか、どうしてレイスさんの実力が疑われているんでしょうか」

「まあ、実習のときでも誰も頼ってくれないからなぁ」

「なるほど……」


 リーシャは何か考え込むように地面に目を落とす。そして、唐突にレイスへクスリと微笑みかけた。


「次の実習、また私のところに来てください」

「え、まあいいけど……」


 どうせ大した出番などないので、軽く了承する。リーシャはその返答に、機嫌良さそうに笑みを深めた。




 ***




「終わった。もうおしまいだ……」


 レイスはテーブルに突っ伏し、さながら亡者のような雰囲気を漂わせていた。暗いオーラを身に纏い、ブツブツと「もうこのままずっとぼっちで過ごすんだ……」などと呟く。


 ネガティブここに極まれり、といった感じだ。


「何があったんだ……」

「あはは……相当きてますね、これは」


 工房に入るなりレイスのそんな姿を目撃したラフィーとシルヴィア。ずっと前からその光景を見ていたであろうルリメスは、彼女たちに対してヒラヒラと手を振って歓迎を示す。


「いらっしゃい。レイ君は帰ってきてからずっとこの調子だよー。ちなみに何があったのかはボクも知らない。一々確認するのも面倒だし」


 ラフィーとシルヴィアは夕食に招かれてこの場を訪れたのだが、招いた本人がこんな状態なのはさすがに想定外だった。


「どうしたんだ?」


 項垂れるレイスの対面に腰かけ、ラフィーは問う。


「……生徒に避けられてる」

「なんでまた……」

「色々あって信用されてないっぽい……」


 もはや詳細を説明する気力もないレイスは、そんな適当な返事を投げる。


 ――大体、俺が何をしたっていうんだ。ちょっと迷って、ちょっと遅刻して、ちょっとリーシャに助けてもらっただけだろう。それだけで色々噂は立つし、避けられるって酷くないか? 俺は酷いと思う。少しくらい話を聞いてくれたっていいと思うんだよ。……あれ、なんか腹立ってきた。


 レイスはガバッと起き上がり、ブンブンと左右に頭を振り始める。


「やめだやめだ! もう知らん! 給料泥棒だろうがなんでもいい!」

「今度はやけになりはじめたぞ……」


 レイスは悩むことも馬鹿らしくなってきたのか、ついに開き直る。


 最悪、ヘルガーのサポートに徹すればいいだろう。元々補佐役として教員になったのだから、文句は言われないはずだ。レイスも望んで現在の状況に追い込まれたわけではない。これは不可抗力だ。


「逆に一切コミュニケーションを取ってくれない生徒とどう仲良くすればいいと思う!?」


 勢い良く問われて、ラフィーとシルヴィアは顔を見合わせる。

 しばらく思考を巡らせるが、中々言葉が出てこない。レイスもそれは分かっていたようで「そう! 無理なんだよ!」と叫ぶ。


 完全にテンションがおかしくなっていた。


 レイスは乱れた息を整え、天井を見上げる。その目は穏やかだった。


「なるようになるだろ」

「レイスさんなら大丈夫ですよ!」


 シルヴィアがパッと笑みを咲かせてそう言うものだから、レイスの心も癒される。これでいいのかと言われると微妙なところだが。とりあえず考えることに疲れたので、あとのことは未来の自分に任せることに決めたレイス。頑張れ、未来の自分。


 レイスが未来の自分にすべてを託している間に、シルヴィアはきょろきょろと辺りを見回していた。


「そういえば、なんだか魔力の流れがおかしい気がするんですけど……」

「ああ、まだそれあったんだ」

「あれからずっと続いてるねー」


 少し前に同じような会話をしたレイスとルリメスには、大した驚きはなかった。魔力を感じられるルリメスにとっても、もはや日常の一部と感じられる程度には慣れてしまっている。


 相変わらず害が及んでいる様子はないので、放置し続けたままだ。それでもシルヴィアには気になるのか、そわそわと落ち着きがなかった。


「ラフィーたちの方は最近どうなんだー?」

「ん、レイスのおかげでエリアルも大人しくなったし、とりあえずは平和に過ごせてるよ」

「順調なら何よりだ」


 苦労の連続のレイスにとっては羨ましい限りだ。


「まあ、レイスも何か相談があったらいつでも言ってくれ。私ならいつでも力になる」

「そうですよー!」

「助かる。そのときは存分に頼らせてもらうよ」


 本当なら悩み事なんてない方がいいのだが、そんな状況がそうそう訪れることがないのはレイスが一番よく分かっている。


 頼りになる友人の言葉に、レイスは両手を合わせて感謝。そのあと、ちょうどローティアが仮眠から起きてきたので、夕食を始めた。

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