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104 『気になること』

本日、コミック1巻の発売日となっております!

よろしくお願いいたします!

 レイスの挨拶によるざわつきはすぐに収まり、粛々と授業が開始された。基本的にはレイスが関与する余地はなく、前に立つヘルガーがゴーレムの作製に関する手順をテキストを使いながらも説明している。


 空調設備の整った教室の片隅で、椅子に腰かけながらレイスはぼんやりとヘルガーの授業を聞く。レイスにとってはテキストを開く必要性すらないほど当たり前のことばかりだが、何も知らない生徒たちは必死にヘルガーの言葉に耳を傾けていた。


「ゴーレム作製において必須なのは魔石じゃ。これはゴーレムの動力源であり、活動の核となる。魔石が壊れる、もしくは魔力が尽きるとゴーレムは活動を停止する」


 授業の途中で出てきたその言葉を聞いて、レイスは工房に放置されたままのゴーレムのことを思い出す。今でもあの変形に未練はあった。諦めきれずにあれからどうにかして活動させる方法を考えてはいるが、有効な手段は未だに思いつかない。


 生徒たちとあの感動を共有することができれば、きっと下がってしまった評価も取り戻せるだろうと信じているので、どうにかしたいところだ。


 レイスがヘルガーの授業を聞きながらずっとそんなことを考えていると、唐突に鐘の音が鳴った。どうやら授業の終わりの合図らしく、ヘルガーが次回の授業内容を簡潔に告げている。


 ヘルガーから授業の終わりが告げられは、次の授業までの休憩時間に入る。生徒たちは思い思いに休憩時間を使い始めるが、半数以上がレイスを見てヒソヒソと話し始めるか、リーシャのところに詰め寄るかのどちらかだった。


 レイスとしてはもっと別のことに時間を使ってくれと声を大にして叫びたいところだ。生徒たちに囲まれているリーシャも対応に困っているらしく、苦笑しながらも次々と飛んでくる質問を捌いている。


 レイスとしてもどうにかしてあげたいのは山々だが、これ以上何かすると事態が余計悪化しそうなのでそれははばかられた。


 結局、心の中で頑張ってくれと応援することに留め、教室を立ち去った。




 ***



 散々な一日目を終え、夕日が顔を出した頃に工房に戻ったレイスが目にしたのは、椅子の上で足を組み、訝しげな表情をしている己の師匠の姿だった。ルリメスはレイスの帰宅にも気づいた様子はなく、時折唸っては首を傾げている。


「何やってるんだ師匠」

「あ、おかえりー、レイ君。なんかね、魔力の流れが若干おかしくてさー」

「魔力の流れ?」


 魔導師でもないレイスには分からない感覚だ。だが、ルリメスの様子から嘘ではないことは分かった。


「魔力の流れがおかしいと何か悪いのか?」

「いや、別に悪影響を及ぼしてるわけじゃなさそうなんだけど……うーん、なんて言えばいいかなぁ。喉に刺さった小骨みたいな感じ?」

「それ、結構な違和感じゃないか」


 実際に喉に小骨が刺さったことなどないが、言い回しとしてはなんとなくだが想像がつく。ルリメスがしきりに周囲を気にかけていることからも、それは察せられた。


「レイ君は学院の方はどうだったのー」

「うんまあ、ぼちぼちかな……」


 あまり詳しく話したい内容でもなかったので、適当に言葉を濁す。初日から迷って遅刻した挙句、それが初対面の生徒たちにもバレましたなどとは口が裂けてもルリメスには伝えられない。向こう一年はこのネタでイジられる確信があった。


 故に、この話題を誤魔化すためにも、ちょうどよく転がっている先ほどの話題を掘り返すことに決めるレイス。


「それよりも師匠、その魔力の流れの異変は調べられないのか?」

「うーん、異変って言っても、そんなに大きなものじゃないからねー。多分、並みの魔導師なら気づきもしないレベルだよ。だから調べるのは難しそうかなー」


 レイスには分かりようもない感覚だが、ルリメスはどこか不自然さを感じていた。まるで自分たち以外の見えない誰かが、この場で魔力を操っているようだ。魔力が本来行くはずもないところへ寄り道をしているような、そんな感覚。


 ただ、店番をしているローティアはもちろん、ミミも何か魔法を使っているわけではない。結局、何が原因で魔力の流れがおかしくなっているのか、分からずじまいだ。


「悪影響がなさそうなら別にいいんじゃないか」

「んー、まあそうだねー」

「んじゃ、俺はデイジーのところに行ってくる」




 ***




 久しぶりのように感じられる薬品臭が鼻をつく。慣れていない人なら顔をしかめてしまいそうなその臭いを気にした様子もなく、レイスはカウンターへと進んだ。


 見慣れた青い髪の少女が、レイスの姿を見て物珍しげに目を瞬かせた。


「あら、珍しいわね」

「まあちょっと時間空いたし、たまにはな」

「忙しいんじゃないの?」


 レイスとデイジーが顔を合わせるのは『王竜祭』以来だ。あのときに眠っていたデイジーには何があったのか詳しく話してはいないが、それでもレイスが大変な状況に置かれていることだけは理解していた。


 故に、ここ最近はあまり顔を合わせることはないだろうと考えていたのだ。


「まあ、そこそこだな」

「ふーん、相変わらず店は繁盛してるみたいだけど」

「と言っても店番は任せっきりだし、俺自身は別のことに手を焼いてるよ」

「何、また何かやらかしたの?」


 一切の迷いなく、条件反射のようにデイジーが訊く。


「いや、なんでやらかしてることが前提なんだ……」


 レイスは自身の散々な評価に思わず口を挟む。確かにやらかしてはいるものの、まだ内容は何一つ語っていない。断言されるには早い段階だ。


「逆になんでやらかしてないと思われてると思ってるの」

「頭が痛くなるような言葉はやめてくれ」


 冗談抜きの真顔で言ってくるものだから、レイスも切実にお願いする。そろそろ知人が自身に抱く評価を覆したいと思えてきた。


「で、何をやったのかしら」

「いや、魔法学院で臨時の教師をやることになったんだけど……初日から校内で迷って遅刻した。おまけに、それが生徒にバレた」

「バカじゃないの」


 バッサリと言い捨てるデイジーの言葉が、刃のようにレイスへ突き刺さる。久しぶりに遠慮のない言葉を聞いたせいで、余計にダメージが大きい。


 レイスとて、できることなら完璧な教師デビューを果たしたかった。


「どうしたら挽回できると思う?」

「それをどうして私に訊くのかしら……」

「いやだって師匠とかに話したらなんか弱み握られたみたいで嫌だからさ。デイジーなら、内容がどうであれその場でズバッと意見を言ってくれるだろ?」


 豆腐メンタルのレイスではあるが、さすがに長期的にダメージを受け続けるより、その場で会心の一撃を受ける方がよっぽどいいのだ。どっちにしろダメージを受けるのなら、一回で済ませた方が治りは速い。


 迫られる二択が酷すぎること以外は完璧な選択だろう。


「挽回って……それはもう、錬金術でどうにかするしかないんじゃない?」


 レイスの錬金術の腕をよく知るデイジーは、最も簡単な解決法を示す。要は、敬意を抱くに値する姿を見せればいいのだ。


 まあ、その後の立ち振る舞いで評価が覆る可能性は大いにあるのだが。その点には触れず、デイジーは伝える。


「ってことは、実習が始まるまで耐え忍ばねばいかんのか……」

「そこはあなたのミスなのだから仕方ないわ」


 レイスにしてみれば、それを言われると耳に痛い。

 とはいえ、実習が始まるのはそう遠い話でもない。そこで実際に錬金術ができることを生徒にしっかりと示すことができれば、現状を打破することも可能だろう。


「頑張るか……ありがとう、デイジー。そういえば、デイジーの方は最近どうなんだ?」


 レイスが自分の店を始めてから、デイジーの店の手伝いや錬金術を教えることはできていない。故に、レイスは彼女が今どれだけ成長しているのかまったく知らない。一応、渡した資料はそのままなので、独学自体は可能であるが。


「見てみる?」

「おっ、ならお手並み拝見といこうかな」


 自信ありげに言ってみせるところを見ると、やはり錬金術に関する勉強は怠っていなかったのか。レイスはデイジーの背を追って、久しぶりに店の奥の素材の管理部屋へと足を踏み入れる。デイジーが数ある素材の中から取り出したのは――


「ラム草、か」

「ええ、そうね」


 レイスの独白に肯定を返す。

 いつぞやは、このラム草を使ってレイスが錬金術に関する解説をしたものだ。そのときは、デイジーは数分の時間をかけて中級の効能のポーションを作り出した。あれから時間が経ち、デイジーの腕前はどれほどのものとなっているのか。


 懐かしく思いながらも、レイスは見守る。


「ふぅ……」


 集中を高めるためか、デイジーは深呼吸を一つ。

 そして、レイスと出会ったときと同じく、一つ一つの工程に対し丁寧に錬金術を使用する。レイスのように一瞬とまではいかないが、それでも以前見たときよりもずっとその動作は自然なものとなっていた。それだけで、彼女が必死に努力を重ね続けてきたことが分かる。


 それから二分ほどして、デイジーの目の前に一つのポーションが出来上がる。デイジーは自身で確認することはせず、出来上がったポーションを迷いなくレイスへと手渡した。レイスはその意図を察する。


「『解析(アナライズ)』」


 手渡されたポーションを調べる。

 レイスの目に映った結果は、デイジーの努力の結晶と言えるだろう。


「上級ポーション」


 自然と、結果を口にしていた。

 作製する時間こそ大して変わっていないが、効能はしっかりと上がっている。中級から上級。変化は小さいと思われるかもしれないが、一年も経たずにこれをやってのけたのは十分に驚くべきことだ。


 店の経営もあって毎日長くは錬金術の勉強に割けないはずなのに、レベルアップを果たしたのは彼女の錬金術に対するひたむきな姿勢によるもの。


 誇らしげなデイジーの笑みを見て、レイスもまた笑みを浮かべた。


「あなたに追いつく日も、いつかは来るかもしれないわね」

「かもな。その日を楽しみにしとくよ」

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