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103 『失敗』

明日、コミック1巻がガンガンコミックスUPより発売となっております。

是非ともよろしくお願いいたします。

「それで、どこに行きたいんですか?」

「ヘルガーさんの工房なんだけど」

「分かりました」


 リーシャは軽く頷いてみせ、迷いなく歩き始める。レイスとは違い、リーシャは校舎の構造はしっかりと把握している。


 頼りになる友人の妹の背を追って、レイスもまた歩き始めた。


「…………」

「…………」


 チラチラと生徒たちの視線に晒され、その度に居心地の悪さを感じながらも、レイスは無言で足を進める。ただ、人の少なさもあってか、ずっと無言でいるのにも気まずさが感じられた。


「やっぱり似てるな」


 咄嗟に話題として出たのは、どちらも知っているセスに関わること。


「兄と、ですか」

「ああ。髪とかそっくりだから、見たらすぐに分かった」


 リーシャは口許を緩めて、満更でもなさそうに己の灰色の髪を指で少し掴む。双子とまではいかないが、整った顔立ちもよく似ていた。


 セスが女装をすればこんな感じなのだろうかと一瞬考え、レイスは寒気でぞくりと肩を震えさせる。


「セスとはやっぱり仲が良いのか?」

「仲は良いと思います。喧嘩はしたことないですし」

「まあ、あいつが喧嘩してるとこなんて想像つかないしなぁ」


 顎に手を添え、優男といった印象が拭えないセスを思い浮かべた。彼が妹に怒鳴っている姿なんて、まったく想像がつかない。


「……レイスさんは、兄さんのことをどう思ってるんですか?」


 不意に、リーシャが試すようにレイスを覗き見る。レイスは彼女の瞳を見て、ウィルスと相対しているときと同じような感覚を覚えた。こちらの心を見透かすような、無遠慮とも思える瞳。


 良い気分はしない。何故急にそんな目を向けてくるのかも分からない。


「良い友達だと思ってるよ。困ってたら助けてくれるし」


 レイスが困惑しながらもありのままの答えを返してみせると、リーシャはぱちくりと可愛らしく目を瞬かせ、元の雰囲気へ戻った。


 じろじろと不思議そうにレイスを眺め、クスリと微笑む。


「本当に変わっているんですね」

「どういうこと……?」

「いえ、なんでもないです。レイスさんは変わらずそのままでいて頂ければ。これからも兄さんのことをお願いします」


 リーシャの応答にますます混乱し、レイスは小首を傾げた。その間にもリーシャはずんずんと先に進むので、一旦思考を放棄して着いていくことに集中する。


 やけに上機嫌なリーシャが何を考えているのか、レイスにはまったく分からなかった。




 ***




「ここがヘルガー先生の工房です」


 案内された先にあった覚えのある光景に、レイスは安堵から大きく息を吐き出す。あのまま彷徨い続けるという最悪の事態だけは免れた。


 遅刻は回避できなかったが、たどり着けないよりは遥かにマシだろう。


「ありがとう。本当に助かった」

「はい。次は迷わないよう気をつけて下さいね。授業楽しみにしてます」

「まあ、あんまり期待しないでくれよ」


 最後に一礼して、リーシャは立ち去る。

 品行方正な少女とは彼女のような人間のことを言うのだろうと、レイスは漠然とそう思った。


「さて、と」


 レイスは扉に向き直り、軽くノックする。入室を促され中に入ると、怒りを堪えるように口端を震えさせるヘルガーの姿があった。


「初日から遅刻とはいい度胸じゃ……」

「すみませんでした……迷ってしまって」


 反論の余地もないほどレイスが悪いので、素直に頭を下げる。こういうときは下手に反抗をしないことが大切なのだ。レイスの飾らない態度が功を奏したのか、ヘルガーはため息をつくだけで普段の表情に戻る。


「今日から授業じゃ。まだ実習には入らんが、今のうちに慣れていた方が色々とやりやすいじゃろう。まあ基本的には儂が授業を進めるんじゃから、そう気張らんでもよい」

「はい。お願いします」


 レイスが本格的に頑張らないといけないのは実習が始まってからだ。準備の手伝いや生徒の補佐など、できることはいくらでもある。


 故に、本来なら実習が始まる辺りから授業に参加すれば済む話なのだ。とはいえ、生徒と顔を合わせて、場の雰囲気に慣れておくことも大事だ。


「……それで、どうじゃった」

「どう、とは?」


 珍しく口ごもるヘルガーの言葉の意図を把握しかねる。ヘルガーは思わず訊き返したレイスと何故か顔を合わせようとはしない。


「魔石を渡したじゃろう」

「ああ、使わせて頂きましたよ。と言っても、結構燃費が悪いゴーレムができちゃったので、成功とも失敗とも言い難い感じですけど」


 レイスは後頭部に手を置き、恥じるように笑う。対するヘルガーは不可解なものを前にしたような表情でレイスを見た。


「あの魔石で完成したじゃと……? そんなはずは……」


 何かぼそぼそと呟き始めるヘルガー。

 あの魔石がどうかしたのだろうかと、レイスは不思議に思いながらヘルガーの言葉を待つ。しかし、ヘルガーは一人で納得してしまったのか、頭を振って魔石のことを頭から追い出す。


「まあ、いい。……ある程度自己紹介はしてもらうじゃろうから、そのつもりでの」

「はい……」


 結局どんな意図を持った質問だったのだろう。少し気にしながらも、レイスは自己紹介の内容を考え始めた。




 ***




 ゴクリと無意識のうちに喉を鳴らす。自覚できるくらいに、心臓は平常時より加速していた。今朝の視線を思い出し、逃げ出したい気持ちが湧き上がってくるのを抑えつける。


 ヘルガーが隣で何か喋っているのが聞こえるが、言葉の意味は捉えられず、ただの音として右から左へと流れていく。


 魔法学院の教室は、レイスの想像よりも大きかった。精々集まっても三十人程度だろうと考えていたが、この場にはざっと五十人以上はいるだろう。それだけの数の視線が自分の方に向いていると考えると、緊張を覚えるのも仕方のないことだった。


 何人か、今朝に見た生徒もいる。彼ら彼女らはレイスを見て、随分と驚いていた。レイスは緊張を抑えるためにも唇を湿らせ、軽く息を吐く。


 それだけで、いくらか心臓の鼓動が落ち着いた気がした。


「今日から臨時の教員となるレイス先生じゃ」


 ようやく、ヘルガーの言葉を拾えるくらいには余裕ができる。タイミング良く、自己紹介に入るところだった。レイスは一歩前に出て、改めて生徒を見渡す。


 すると、生徒の中にリーシャの姿も見つけた。彼女もレイスに気づいたようで、会釈をしている。


「えー、今日からお世話になるレイスです。この場に立つ以上、精一杯伝えられることは伝えていこうと思うのでよろしいお願いします」


 当たり障りのない挨拶をすると、ささやかながら拍手が返ってくる。レイスはひっそりと噛まなかったことに安堵した。


 拍手が止むと、生徒の中から姿勢良くピンと手が上がった。


「質問、いいですか?」


 レイスの記憶が確かなら、今手を上げている少女は今朝リーシャの周囲にいた生徒のうちの一人だ。レイスがヘルガーへ視線を向けると、彼は許可を告げるように頷く。


「どうぞ」


 レイスがそう言うと、少女は好奇心に満ちた目を輝かせる。


「今朝、廊下で何をしてたんですか? あと、リーシャさんとはどういう関係なんですか?」


 ぐっと言葉を詰まらせ、思わず表情を歪めそうになるレイス。しかし、すんでのところでそれだけは堪えた。随分と痛いところを突く質問だと、他人事なら褒めていただろう。ただ、この場においてそれはレイスを追い詰める一手にほかならない。


 というか、一体どういう考えで『どういう関係』なんていう言葉を使っているのか。レイスとしては言葉選びに抗議を入れたい気分だ。


 そういえば、リーシャがあとで自分から説明しておくと言っていたことを思い出し、レイスは思わず彼女を見る。すると、リーシャは苦笑を浮かべて視線を逸らしていた。


 説明し忘れたのか、それとも何か手違いがあったのかは知らないが、何か誤解されていそうなのは間違いない。


 それもそれで問題だが、何より今朝廊下で何をしていたかという質問に馬鹿正直に答えると、出会って早々にレイスの株が暴落する事態に繋がりかねない。


 無難に仕事をこなしたいレイスとしては、その状況は避けたかった。


 何故か分からないが、ただ挨拶をしただけで追い詰められている。質問なんか受け付けるんじゃなかったと、レイスは内心で吐き捨てた。


 いいだろう、やってやると覚悟の決まった瞳で質問を投げてきた少女を見る。恐らく、少女としては最初の質問は割とどうでもよく、リーシャとの関係の方が気になっているのだろうが、レイスがそんなことを察せるはずもない。


 今のレイスの気分は魔王に挑む勇者だ。


 知らないうちに魔王に仕立てあげられている少女としてはいい迷惑である。


「せ、生徒の顔を見ておきたいと思いまして。ちなみにリーシャさんとはただの顔見知りです」


 レイスの言葉を聞いて、生徒たちはざわつき出す。レイスが心配していた質問の答えなどどうでもよく、生徒の関心はレイスがリーシャと顔見知りという点に集まっていた。


 それもそうだろう。


 学院に通っている生徒ならともかく、外部から臨時で雇われた教員が四大貴族と顔見知りなのだ。おまけに、歳は生徒たちとそう変わらないときている。生徒たちの関心を集めるには十分な情報だろう。


 ちなみにレイスはざわつきに対して、質問の答えが雑すぎたかとヒヤヒヤしている。


「迷っておっただけじゃろう」


 生徒のざわつきなどよそに、ヘルガーが横から真相を告げる。レイスは信じられないとでも言いたげに目を見開き、ヘルガーを見た。


 突然の裏切りだ。


 結局、初日から校内で迷った四大貴族の顔見知り臨時教師という情報過多の称号がレイスに与えられた。本人が望むものではないことは言うまでもないが。


 レイスの教師生活の幕開けは、こうして失敗に終わった。

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