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101 『理想のゴーレム』

 お昼を少し過ぎ、絶え間なく眠気が襲い掛かってくる時間。

 レイスの工房には四つの人影があった。レイス、ラフィー、シルヴィア、ルリメスの慣れ親しんだ四名だ。全員で黒い石を取り囲み、何やら難しい顔をしている。


 というのも、今日はレイスのゴーレム作製の実験のためにこの場に集まっているのだ。ちなみに店は休みだが、ローティアは部屋で眠っている。やはりハーフとはいえ吸血鬼だからなのか、日が照っている時間帯は苦手らしい。


「さて、どんなゴーレムを作ろう」


 レイスは黒い魔石を眺めながら、ぼんやりと考える。ヘルガーからは作るゴーレムの形や素材の指定などが特になかったので、悩みどころであった。


 学院の授業のためとはいえ、これまでやってこなかったゴーレム作製の実験とあってレイスの心も浮ついている。色々試したいという本音が、子どものように輝く表情から容易に見て取れた。


「師匠は何か意見あるか」


 とりあえず、この中では一番ゴーレムに対する造詣が深いであろうルリメスへ訊く。三人の視線を集めるルリメスは、顎に手を当てしばしの思考。


 そして、何か思いついたのか、カッと目を見開き――


「とりあえずどうせ作るならカッコイイやつがいいよねー!!」


 深く考えていそうで何も考えていなかったルリメスの言葉に、ラフィーとシルヴィアが揃って苦笑を浮かべる。しかし、テンションが上がっているレイスは気にならないのか、深く頷いて肯定を示す。


 適当にやって早く終わらせたいルリメスと、やる気満々のレイスの師弟コンビは、内に抱える思いは真反対だが、意見は一致していた。


「まあ形は大事だよな! カッコイイ方が生徒もやる気出るだろ、多分!」

「随分と適当だな……」

「あはは……」


 やる気満々のレイスを見て、嫌な予感が止まらないのはラフィーとシルヴィアの二人。今までの経験上、こういうときのレイスは何を仕出かすか分かったものではない。


 とはいえ、ここは工房の中なので、さすがに派手なことは起こらないだろうとは考えている。むしろ、祈っている。


「確か、訓練に使うゴーレムを作るんだろう? なら、それに適した形にすることも忘れない方がいいんじゃないか。まあ、何を想定した訓練かは知らないが……」


 ラフィーは事前にレイスから聞いた話を思い出し、ルリメスより千倍は建設的な意見を出す。その意見に分かったような顔で大仰に頷くルリメスは、普段のレイスならさぞや腹立たしく見えただろう。


「確かにそうだな」


 訓練と一口に言っても、人間を想定した訓練なのか、それとも魔物を想定した訓練なのか。種類によって、作るべきゴーレムの形は変わってくるだろう。まあ、魔物に関して言えば大きさや形が様々なので、どうしても適当に自分で形を決めなければならないだろうが。


「とりあえず人型か魔物にするか、決めないとですね」

「うーん、そうだなぁ……」


 作製できるのはレイスが想像しうるものなので、どちらにせよ制限はある。


 悩むレイスは、ふと思いつく。


 ――なら、どっちの形も作ってしまえばいいんじゃないか?


「よし、目標決定!」

「……どうするんだ?」


 微妙な表情のラフィーが訊くと、ニヤリと笑うレイス。


「変形できるゴーレムを作ろう」

「……え?」


 ラフィーとシルヴィアは「こいつは何を言っているんだ」とでも言いたげに首を傾げた。同時に、そもそもゴーレムは変形するものだったかと頭をもたげる。


「えー……何やろうとしてんのレイ君……」


 手間のかかりそうなことをやり始めようとしている弟子を見て、ルリメスは嫌そうな表情を隠そうともしない。早く終わってお酒が飲みたい人間にとっては、受け入れ難い発想だった。


「というか、そもそもできるの、それー」


 ゴーレムの変形など、ルリメスでさえ試したことのない要素だ。そもそも可能かどうかさえ分からない。やけに自信がありそうなレイスを見る限り、当てでもあるのだろうか。


 このとんでもない弟子なら有り得るかもしれないと、ルリメスは期待の眼差しを向ける。


「知らん」

「よし、帰っていい?」


 弟子の一言に期待を切って捨てられ、満面の笑みを咲かせる。


「いいわけないだろ。というか、帰る場所なんてないだろ」

「あるよっ! ボクにも酒場という帰るべきホームがあるんだっ!」


 拳を握り、涙ながらに力説するルリメスをレイスは白い目で見る。こんなダメな大人にはなりたくないと強く思った。泣き崩れるルリメスを放置し、黒い魔石と向き合う。


「でも具体的にどうするんだ? お前がとんでもないやつだとは知っているが、さすがに前例のないことをほいほいとやってのけるのは難しいんじゃないのか?」

「そうかもな。まあ知らんとは言ったけど、一応案はある。実験なわけだし、試せることは試そう」

「それもそうですね!」


 両腕を胸の前に上げて、シルヴィアもやる気を見せる。


「とりあえず素材に何を使うかな。訓練用だし、それなりに耐久性があるやつがいいだろうけど……」


  剣や魔法の訓練に使うと言っていたので、数回攻撃を受けただけで壊れてしまうようなものは駄目だろう。それに、変形がしやすいように魔力が通りやすい素材がいい。脳内で検索をかけた結果、思い浮かんだ素材は一つだけだった。


「ミスリルを使うか」


 以前、シルヴィアに杖を作ってあげたときにも使用した素材だ。魔力が通りやすく、強度もある素材といえばミスリルを置いて他にない。ミスリルならばゴーレム作製の際の細かい調整もより可能となるだろう。


 レイスは早速ミスリルを持ち出し、黒い魔石の下に置く。そして、学院で作ったときのことを思い出しながら集中する。


 すると、どんどんミスリルの形が変わっていき、やがて人型をとる。身長はレイスと同じくらいで、体格もレイスとそう変わらない。レイスが、一番再現しやすい自分の身体をベースとしたのだ。


 と言っても、レイスとは違ってゴーレムは片手に剣を持っている。


「よし、ラフィー、このゴーレムに斬りかかってみてくれ。あと、ラフィーなら壊せると思うけど、それはなしで頼む」

「ああ、分かった」


 ラフィーは腰の剣を抜き放ち、言われたとおりゴーレムに向かって構える。手加減を頭の中に置きつつ、美しい所作で袈裟懸けに剣を振るう。


 すると、ゴーレムは素早くラフィーの動きに反応し、持っている剣で受け止めた。ラフィーは続けて剣を振るうが、ゴーレムは危なげなく防いでいく。いくら手加減されているとはいえS級冒険者の攻撃を捌いているのだから、驚くべき性能だろう。


「ありがとう、ラフィー」

「もういいのか?」

「ああ」


 近接戦における性能は確認できた。


「次はシルヴィア、軽い攻撃魔法を頼めるか」

「いいんですか?」

「ああ、頼む」


 了承を得たシルヴィアは、戸惑いながらも攻撃魔法の準備をする。さすがに部屋に被害を与えるわけにもいかないので、一点集中型の水魔法だ。


 手の平の前に細い針のような水が現れ、ヒュッと空気を切る音が響いたあと、ゴーレムへと素早く衝突する。ゴーレムは多少仰け反ったものの、致命的なダメージを負った様子はない。


 レイスはそれを見て、満足気に頷いた。


「訓練用とはいえ、一体何を作っているんだお前は……」


 レイスが作り上げたゴーレムの性能を目の当たりにし、ドン引きするラフィー。S級冒険者の攻撃と魔法に耐えるゴーレムなど、一般的に見ればぶっ飛んだ性能をしているのは確かだ。


「お次はっと……」


 性能の確認を終え、レイスは次の作業へと手をつける。ここからは完全にレイスの趣味の部分だ。


 作り上げたゴーレムの身体に触れ、錬金術によって次々と線のようなものを入れていく。レイスは細かく全身を確認しながら、その作業を繰り返し続ける。


「こんなもんかな」


 最後にぐるっとゴーレムの全体を見て、レイスは頷く。そして、レイスがパッとゴーレムから離れると、ゴーレムは突然人の形を崩し始めた。


 ただ、それはゴーレムが崩壊しているわけではなく、とある形を目指して変化していっていることはすぐに分かった。まるでロボットのように、身体が組み変わっていく。


「え」


 ぼーっとレイスたちの作業を見守っていたルリメスは、目を見開く。


 人の形を失ったゴーレムは、今はレイスが学院で作ったような狼の形をとっていた。圧倒的な存在感を放つ銀色の狼は、まず間違いなく低位の冒険者ならば一瞬で倒してしまうだろう。


 もはや訓練用の人形などではなく、兵器に近い。


「えぇ……そうはならないでしょー」


 ルリメスも驚きの大変身である。ゴーレムとは一体何なのか。意味を考えたくなる存在だ。


「うおおお、これはカッコよくないか!?」


 作製者であるレイスただ一人だけ、興奮をあらわにする。確かに変形には心くすぐるものがあるが、その結果誕生したのがオーバースペックな兵器なのだから、もはや恐怖を感じるレベルだ。


「師匠! 魔法でゴーレムを囲って攻撃してみてくれ!」

「え、これ以上何かするの……?」

「頼む、これで最後だ!」


 手を合わせてお願いされ、気が進まないものの弟子の希望を叶えるルリメス。彼女がパチリと指を鳴らすと、ゴーレムは周囲を水の球で囲われた。


 ルリメスが人差し指を下に振った途端、一斉に水球が動き出す。宙を駆け巡る数々の水の球が、容赦なくゴーレムを襲う。


 しかし、ゴーレムは襲いかかってくる水の球を俊敏な動作で避けていく。見た目と同じく獣のような速度と反応だ。遂には一発も当たることなく、ルリメスの魔法をやり過ごしてみせた。


「……どう? 完璧じゃない?」

「いや、まあ確かに出来は良いけどな……」

「Sランク以上の魔物とでも戦える性能を持った訓練用ゴーレムって、一体どこを目指しているんですかね……」

「ボクはもう弟子が何をしたいのか分からないよ」


 実験で作り上げた訓練用ゴーレム(兵器)の出来栄えに満足しているのは、どうやらレイスただ一人のようだった。


 思ったような反応を得られなかったレイスは、少し不満げだ。


 とはいえ、レイスは年頃の男の子ならば変形するゴーレムの魅力に必ず気づいてくれると信じている。


 まだ見ぬ生徒にしてみればそんな謎の信頼を置かれても困るだけなのだが。


「というかレイ君、そのゴーレムを学院に持っていくつもりなの?」

「え、何か問題あるか」

「いや、まあもう勝手にすればいいと思うけど……まずそのゴーレム、学院まで持っていけるのー?」


 ルリメスに問われ、レイスは考える。


 ゴーレムが原動力としているのは、魔石に含まれる魔力だ。当然、魔力が尽きればゴーレムも活動を停止し、再び魔力が注がれるまで動かなくなる。


 そして、たった今レイスが作り上げたゴーレムの性能は破格だ。つまり、その性能の分だけ多く魔力を消費するわけである。


 そんなゴーレムの魔力をレイスの魔力量で賄えるかというと、試さなくても分かることだ。


 まるでレイスの思考を読んでいるかのようにタイミング良く、凛々しく四足で立ち上がっていた狼型のゴーレムがくずおれる。


 そこに先程まであった威圧感は欠片も存在せず、物言わぬ亡骸のような雰囲気だけが漂っていた。喜びが大きかった分、レイスは動かなくなったゴーレムを呆然と見つめる。


「……師匠に魔力を注いでもらってから学院に向かうのは?」

「まあボクはそれでもいいけど、どっちにしろ魔力は定期的に補給しないといけないし、多分学院でそんなことをできるレベルの魔導師はいないと思うなぁ。だからといって、魔力が切れる度にボクがわざわざ学院に行って魔力を補給するわけにもいかないでしょー」


 ルリメスの言うことはもっともで、兵器レベルのゴーレムの魔力を補給できる人材などそういるはずもない。加えて、部外者であるルリメスが学院に自由に出入りすることは不可能だ。


 例え出入りが自由だったとしても、ルリメスの性格からしてそんな面倒なことをする可能性はゼロだが。


「……つまり、こいつはここでお蔵入りってことか?」

「あー、まあ、そうなるねー……」


 さすがにレイスが可哀想になってきたのか、ルリメスは気まずそうに頬を搔く。


 せっかく作り上げたゴーレムだが、この場所で眠らせる以外に道はなかった。レイスは明らかにどんよりとした雰囲気を纏う。


「ま、まあそう落ち込むなレイス。言ってくれれば、また手伝うから」

「そうですよ、レイスさん! 任せて下さい!」


 ラフィーとシルヴィアは焦ったように腕を振り、慰めにかかる。レイスは悟ったような笑みを浮かべ、力なく首を横に振った。


「ありがとう、二人とも。……でもいいんだ、俺はリキッド一号と別れを済ませる」


 レイスは慈しみ深く、ゴーレムの身体に手を触れさせる。まるで長年飼っていた愛犬を失ったかのようなリアクションだが、作製してからまだ一時間すら経っていない。


「……いつの間にか変な名前つけてるし」


 何故か変な劇のようなものを見せられているルリメスは、レイスに聞こえないようにぼそりと呟いた。

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