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100 『魔石?』

 試験を終え、ヘルガーの工房まで戻ってきたレイスたち。ただ、ヘルガーの表情は見るからに疲れたもので、初対面のときに感じた威圧感は今や見る影もなかった。


 椅子の上に腰を落とし、一向に動く様子がない。


 見ていて心配になってくるが、数分もすると深いため息と共に立ち上がる。


「文句の一つもない」


 ぶっきらぼうに発した言葉は、もちろんレイスに対してのものだ。


 歳の半分にも満たない相手に敵わないというのは、ヘルガーとしては複雑な心情ではある。しかし、それを嘆くにも、過剰な嫉妬を抱くにも、もう歳を取りすぎてしまっている。


 とはいえ、手放しに賞賛の言葉を送らないのは、ヘルガーの中にあるちっぽけなプライドが邪魔をするからだ。かつての生徒もいる手前、無様なところばかりは見せたくない。


 気持ちを切り替えたように見えるヘルガーに、レイスとセスも一安心する。


「さて、とりあえず授業の内容の説明をしておくぞ」

「あ、はい。お願いします」


 試験はあくまでもヘルガーが言い出したことで、本来ならこの会話が最初に交わされるはずだった。ようやく本題に入るのかと、レイスは背筋を伸ばす。


「長期休暇明けからの錬金術の授業はゴーレム作製じゃ。だから、お前さんにゴーレムを作るよう言った」

「なるほど」


 まさか初めてだとは思っていなかったが、という言葉は飲み込み、説明を続ける。


「最初のうちはゴーレム作製の手順の説明と、軽い実習から始める。最終的には、剣や魔法の訓練に使えるくらいの強度と大きさを持つゴーレムの作製が目標じゃ」


 さすがに、レイスほどのゴーレムの完成度を生徒たちに求めるわけにもいかない。ある程度反撃ができて、そこそこの強度を保つゴーレムを作ることができれば十分だ。


「お前さんには実習時の準備の手伝いと、生徒の質問対応をしてもらおうと考えておる。あとは手本を見せたり、色々じゃ」

「分かりました」


 大まかな説明を受けたレイスは、うんうんと頷く。不安はあるが、言われたことくらいなら頑張れそうだ。


「今日はもう何も無い。帰ってもいいぞ」

「はい。今日はありがとうございました」


 レイスはセスと共に頭を下げ、この場から立ち去ろうとする。


「……いや、少し待つのじゃ」


 レイスが扉に手をかけたところで、ふとヘルガーが逡巡した様子で呼び止める。しばらく渋い表情をしていたヘルガーは、やがて迷いを振り切るように勢い良く黒い石を手に取り、レイスの方へ差し出した。


「これは……」


 見覚えがあった。


 ヘルガーがここにくる直前、レイスが眺めていた黒い石だ。差し出されているということは、受け取れという意味なのだろう。レイスは恐る恐る黒い石を手に収める。


「ゴーレムを作るのは初めてだと言っていたじゃろう。不安があるようなら、それを使って、授業までに練習しておくといい」

「ということは、これは魔石なんですか?」


 確かに魔石に似た雰囲気は感じるものの、どうしてか確信を持てないレイス。手の平の黒い石を転がし、眉をひそめた。


「……ああ、魔石だ」


 歯切れが悪いものの、ヘルガーから一応の肯定が返ってくる。渡した本人がこう言っているのだから、そうなのだろう。変に疑いをかける方が、印象を悪くする。


 そう考えたレイスは、礼を言って、今度こそ部屋から立ち去った。


 ただ、立ち去るそのときまで、ヘルガーの表情が曇ったままなのが気がかりだった。




 ***




 カランと、軽快な鈴の音と共に店の扉を開く。昼下がりの店の中には客の姿はなく、カウンターでは腕を枕にしてうたた寝をしているローティアの姿があった。


 店主の帰りに気づくこともなく、すやすやと幸せそうに眠っておられる。同じくカウンターの上にいるミミは寝ておらず、レイスの姿を見ると、退屈そうに欠伸をした。


「ローティアにやる気というものは存在するのか」


 レイスは額に片手を当てて、深々とため息をつく。大方、客が来たときはミミに起こしてもらおうという考えだろう。律儀に起きているミミは、やはりローティアに対してだけはどこか甘いらしい。


 レイスは無言でローティアに近づくと、その無防備な額に向けて渾身のデコピンを放つ。パチンと乾いた音と共に狙い通り直撃したデコピンによって、ローティアは跳ね起きた。


「おはよう」


 額を押さえながらも、何が起こったのか分からないでいるローティアへ笑顔を向けるレイス。ローティアはビクリと肩を震わせ、バツが悪そうに視線を逸らした。


「……おはようございます」


 何故か敬語で返すローティアは、忙しなく移動するレイスと頑なに目を合わせようとしない。そんな二人のやり取りを眺めるミミは、ひどく呆れたため息をついた。


「従業員さん、真面目にやりましょう」

「……はい」


 レイスはわざわざ同じ敬語を使い、ローティアへ圧力をかける。本当ならこんなことはしたくないが、そう簡単に気を緩めてもらっても困るのだ。


「あ、そういえばローティアってゴーレム作ったことある?」

「ゴーレムはない……」

「そっか、了解」


 疑問符を浮かべているローティアを置いて、工房の中へ。


 中では相変わらずぐでーと身体を伸ばし、気ままに過ごしているルリメスの姿があった。


「おかえりー。どうだったー?」


 弟子の帰宅にもルリメスの姿勢は変わらず、間延びした声に出迎えられる。


 鞄を下ろし、中から黒い魔石を取り出したレイス。テーブルの上に顔を乗せているルリメスの前に、黒い魔石をコトリと置く。


 ルリメスは瞳を大きくして、目の前の黒い魔石をしげしげと観察した。


「なにこれ、拾ってきたのー?」

「子どもじゃあるまいし、そんなことはしない」

「じゃあどうしたのこれ」


 ルリメスはツンツンと黒い魔石をつつき、小首を傾げる。


「授業でゴーレム作るから、その練習のためにって貰ったんだよ。俺、今までゴーレム作ったことなんてないから」

「そういえばそうだったねー。ボクが離れてからも作ってなかったんだ。……てことは、これ魔石?」

「魔石らしい」

「ふーん……」


 ルリメスもレイスと同じく違和感を覚えているのか、わずかに怪訝な表情を見せる。しかし、深く考えるのも面倒なのか、すぐに黒い魔石への興味を失った。


「うーむ、今日はどこの酒場へ行こうかー」


 自然と思考は毎日の楽しみである飲酒へ向かい、想像を膨らませる。ちなみに、酔い過ぎて出禁になった酒場が三つあるので、最近は飲む量に少しだけ慎重になってきているという裏話がある。


 レイスは真性のアホだと思っているが、当人にとっては死活問題らしく、珍しく真剣な表情で悩んでいた。どうか別のことで真剣に悩んで欲しいものだと、弟子であるレイスは思うばかりである。


「そうだ師匠、そのうちゴーレム作製の手伝いを頼むかもしれないから、そのときはよろしく」


 うんうんと唸っているルリメスへ一方的に言うと、渋い表情が返ってくる。


「いやー、そんな適当なことを言われても、ボクにも予定ってものが……」


 もっともらしいことを言っているが、要は面倒なのだ。日々の生活を知っているレイスにはお見通しなので、逃がすことはしない。


「どうせ暇だろ」

「……ボクは弟子に心を抉られて悲しいよ」


 えんえんとわざとらしく泣いてみせるルリメス。レイスは面倒そうに「はいはい、師匠は忙しいネー」と適当にあしらう。


 ルリメスに対する扱いが日に日に雑になってきているレイスであった。 


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